M-1グランプリ ヤーレンズのオチでも話題!『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』老人で生まれ、若返っていく男の物語。人生の目的とは何か?

2024年2月8日(木)7時30分 婦人公論.jp


写真提供◎photoAC

1989年に漫画家デビュー、その後、膠原病と闘いながら、作家・歌手・画家としても活動しているさかもと未明さんは、子どもの頃から大の映画好き。古今東西のさまざまな作品について、愛をこめて語りつくします!今回はM-1グランプリ2023の決勝戦、ヤ—レンズのネタのオチとしても話題になった『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』です。(写真・イラスト◎筆者)

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理系人間の夫も没頭する名作


「えっ。また見てるのこれ?」
「うん。なんか面白いし、落ち着くんだ」

私の夫は、この連載の為に担当編集からお勧めされた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』にはまりっぱなし。繰り返し、既に7〜8回は見ているんじゃないか。私もこの映画は大好き。見るたびに新しい発見があり、どのパートも面白い。が、彼のハマりっぷりは普通でない。

我が夫は医師で理系人間なので、文学や映画の鑑賞はかなり苦手。色んな名作を見せようと試みたけれど、大抵は(1)「寝る」、(2)「これ誰だっけ」と、クライマックスでにべもない質問をする(ストーリーの把握ができない)、(3)突然DVDをテレビに切り替え、深夜のお笑い番組を見始める(鑑賞の暴力的放棄)といった形に終わるのが常。

その夫がここまで没頭するのだから、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は名作に間違いなし! 一体、この作品の吸引力はどこにあるのか。

老人で生まれて、若返っていく


本作は「老人で生まれて、若返っていく」と言う奇天烈な話。スコット・フィッツジェラルドの短編がもとになっている。

そもそも「若返り」という言葉には人類史以来の魅力があるだろう。今や「再生因子」や「幹細胞」を含む化粧品や医療の広告が花盛り、女性ならば誰もが皺に悩み、フェイスラインの崩れを防ぐために努力をするだろう。

でも「老いることなく死ぬまで若い姿のままなら幸せ」なのか? さらには「若返っていったら幸せ」なのだろうか? そんな人類普遍の「生老病死」の問題を含んでいるから、この物語はこんなにも面白いのだろう。

しかしこの映画は難解ではないし、説教臭くもない。むしろかなり笑え、共感できる。 

主人公ベンジャミンは難産の末に生まれ、母親を死に追いやってしまう。そこまでして生まれてきたのに、見た目は今にも死にそうなジジイ。健康状態から「すぐに死ぬだろう」と言われてしまう。そんな!長生きで元気なジジイもババアも、一杯いますよ!

思い余った父親は彼を憎み、海に捨てようとするのだが、殺しきれずに、彼を老人ホームの入り口に置き去りに。一応深刻なドラマとして描かれているのだが、私と夫は笑ったり、絶句したり、興奮しっぱなし。

そもそも「老人の姿で生まれ、忌み嫌われる赤ん坊」が、なかなか可愛いのだ。私が「ジジイ好き」なせいもあろうが、新生児って元々皺くちゃでジジイっぽいし。見ていて全然違和感覚えません。

なもんで、何の罪もないのに実の父親によって海に捨てられそうになるシーンでは「やめて、信じられない!」と、自然な叫びが漏れてしまいます。そのくらいベンジャミンに感情移入しちゃったんでしょうね。

人間結局、「姿」「年齢」「肌の色」などで差別されたり忌み嫌われたりするのが常。可愛くないだけで、実の父親にさえ捨てられたり、じろじろ見られたり。エピソードのいちいちが「ありそう」な話なので、感情移入せずにはいられません。

麦は踏まれて強くなる


幸運にもベンジャミンは、老人ホームを切り盛りする子どもが産めない体の心優しい黒人女性クイニーに拾われ、育てられることになります。とはいえ普通の子どもとは違い、死を待つ老人さながらに、車いすや杖を使って動くだけなのですが。

熱心なクリスチャンのクイニーが出入りする教会に2人がいくシーンは忘れられません。

ここの宣教師が半端ない。クイニーが不妊を告白すると、「この罪深い女は、その罪故に不妊」といいきり、彼女にとりついた悪魔に出ていくようにと祈ります。そして1人で立つこともできないベンジャミンには「神の技で立てる」と無理やりに歩かせようとし、倒れると「立て、立て!」と強要し続けます。

「ひどい、ひどすぎる!」
あんなひどい描写、見たことないですわ。この映画のコンプライアンス、どうなってるんですか!?

でも、彼はそれをきっかけに立ち、歩けるようになっていくんですが。人間の成長に時にはつらい経験も必要かも。やはり、「麦は踏まれて強くなる」(By 『はだしのゲン』)は真実みたいです。

少年が成長していく様


デイジーと言うかわいい女の子の友達もできます。結局はベンジャミンの見かけ故に差別する母親に引き離されるのですが…。

私たちはベンジャミンの体験を通して、「普通の人たち」がいかに残酷かを知ることになります。ベンジャミンに優しくしてくれる人は、いつも「世間からはみ出したり、差別されたりしている」人たち。つまり黒人であるクイニー、もうすぐ死んでいくしかないピアニストの老女、社会的にはあぶれものの、貨物船の入れ墨だらけの船長さん…。

けれどそんな出会いの中でベンジャミンは若返っていき、労働に耐える肉体を得て、ついにロスト童貞をします。このシーンを見た時の楽しさ、心躍ることと言ったら!

何十年も前に付き合った元彼のことを思い出しながら、「当時は不満もあったし、全然ロマンチックでなくてがっかりもしたけど、あの拙さが素晴らしかったんだ」と私は大笑いしながらも胸が熱くなりました。

「少年が成長していく様」「子どもが世界を知っていく姿」が実にリアリティに溢れているので、この奇天烈な設定を納得させ、私たちの心を捉えるのだと思います。だから多くの人が「これは実話? 若返っていく病?」と誤解し、Yahoo!知恵袋に質問したのでしょう。

勿論これは序章にすぎません。やがてベンジャミンは船乗りになると決意。愛するデイジーやクイニーとも離れて旅に出ます。男子の青春がついに開幕!って感じですね。

ストーリーの交差でしかない私たちの人生


大人になっていく狭間でベンジャミンは人妻と切ない恋をし、真珠湾攻撃に巻き込まれて仲間を亡くし、その後美しい青年の姿になって帰郷。幼馴染のデイジーと再会します。

でも、華やかなダンサー生活に埋没していた彼女とベンジャミンの会話はすれ違うばかり、1度はもう終わったと思われた2人がやがて心をかわすのは、デイジーがダンサー生命を絶たれた時でした。

私自身も「死ぬかも」と思った難病に罹患して死を意識したときに今の夫に会い、結婚しましたが、愛とか優しさって、健康すぎる体や若さの外側にあるのかもしれません。幸運すぎるときは、その価値に気付けない。そして、老いていくとき、若さを失っていくことはある意味救いなんじゃないかと、私たちはだんだん気づかされていくんです。

起承転結もなく、まとまりのないストーリーの交差でしかない私たちの人生。実はこの映画自体がそんな形をとっています。色んな魅力的なエピソードと人物が描かれ、ベンジャミンの人生と交差するけど何れは別れていきます。

最後、ピカピカの少年になったベンジャミンが、老人性認知症で自分が誰かもわからなくなっていく様は圧巻。あふれる涙を抑えることはできません。

がんばって成長して、でもやがて老いて死ぬしかない人間。何のために大きくなるのか?何のために生まれてきたのか? 結果だけ見たら何にも残らないかもしれないけど、美しい愛ややさしさの想いで、心を躍らせた色んな体験が出来たら、人生はすばらしいじゃん?

若返ったベンジャミンと老いた恋人デイジーはそれぞれに死んでいきますが、人生が交差して愛し合うことが何て素晴らしいんだろうと、私たち1人1人の小さな人生がすごく愛しくなってしまうんです!!

「もう1人の自分」を見つける筈


私自身、これからも可能な限りの老化防止の美容法にはまったりするでしょうが、結局はありのままの生老病死を受け入れていくことが美しくて大切なんだなという気分になってくる。色んな出来事が私たちの人生にとてもよく似ていて、自分の人生と重ねないでいられない映画。

私たち自身の人生は「歴史と何の関係もない、泡のような何にも残せない人生」かもしれない。でも、それでいいんですきっと。本当に色んな人が、この映画の中に「もう1人の自分」を見つける筈。

この年のアカデミー賞では、13部門もノミネートされながら3部門の受賞に終わっていますが、未明のシネマニア賞(そんなの誰もいらないけど)なら、13部門全部受賞です!


写真提供◎photoAC

P.S. ちなみにブラッド・ピットはアイドル俳優でなく名優だったんだと、初めて実感させてくれた映画でした。おすすめ!!

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