今も惹かれる奇才・ビアズリーの魅力、映画『サスペリア』手塚治虫『MW』にも登場、退廃的かつ淫靡な描写
2025年2月28日(金)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
19世紀末に世界中を騒然とさせた英国の画家オーブリー・ビアズリー。初期から晩年までの挿絵、直筆の素描、ポスター、同時代の装飾品など、約220点の作品を通してビアズリーの芸術を展覧する「異端の奇才——ビアズリー」展が開幕した。
一向に衰えないビアズリー人気
持病の肺結核が悪化してわずか25歳で夭折。画家として表舞台で活躍した期間は5年程度しかない。だが、オーブリー・ビアズリー(1872-1898)が残した作品が放つ輝きは、一向にかすむ気配がない。今も圧倒的な妖しさをたたえて、見る者を惹きつけている。
ビアズリーの作品が受け継がれるべきものであることは、没後127年が経過した日本で大回顧展「異端の奇才——ビアズリー」展が開催されることからも明らか。ビアズリー人気は一過性のブームではなかったと、時の精査が証明している。
オーブリー・ビアズリーは1872年、英国ブライトンで生まれた。家計を支えるために16歳から事務員として働き、夜はロウソクの光をたよりに絵を描き続けた。精緻な線描、そして大胆な白と黒の色面からなる独特な画風は、健康的とはいえない制作環境の影響を受けて生まれたといわれている。
世紀末の退廃感や妖気を孕んだ幻想的な絵。ビアズリーの作品はラファエル前派の画家エドワード・バーン=ジョーンズに絶賛され、編集者たちの目に留まる。彼らは本の挿絵を安く発注できる画家、いわば「金のかからないバーン=ジョーンズ」を探していた。そのお眼鏡にかなったビアズリーは本の挿絵を手がけるようになり、芸術雑誌『ステューディオ』創刊号では「新進の挿絵画家」としてビアズリーの特集が組まれた。
ビアズリーの人気を決定づけたのは、オスカー・ワイルド著『サロメ』英訳版の挿画だろう。背徳の世界を妖艶に描き、世界に衝撃を与えた問題作。人々はワイルドの物語とビアズリーの挿絵が絶妙に絡み合った、淫靡な世界に夢中になった。そんなスキャンダラスな一冊とはつゆ知らず、海外文学の名作のひとつとして、思春期にうっかり手に取ってしまったという人もいるのでは。記者もそのひとりだが、衝撃の記憶は今も残っている。
ビアズリーの代表作『サロメ』
簡単に『サロメ』について紹介したい。物語のベースは新約聖書。「兄から王座を奪ったヘロデ王。兄嫁ヘロディアスを自分の妻にするが、その行いを洗礼者ヨハネに糾弾されたため、ヨハネを投獄してしまう。ヘロデ王は自身の誕生日の宴で、ヘロディアスの娘サロメに舞を披露させ、一同を喜ばせた。王はサロメに“褒美になんでもやろう”と言い、サロメは母にそそのかされ“ヨハネの首を”と答えた。ヘロデ王はその言葉に戸惑いつつもヨハネを殺させ、サロメは盆に載せられたヨハネの首を受け取った。サロメはその首を母親に手渡した」
そんな聖書の物語をワイルドは、官能的かつ悪趣味ともいえる邪悪な物語に書き換えた。サロメはヨハネ(物語ではヨカナーン)に狂おしく恋する少女という設定で、ヨハネに恋情を拒まれたため、首だけでも手に入れ、接吻し、愛撫したいと願う。ワイルド版では、サロメは母の思惑に従って行動する気の毒な少女ではなく、倒錯的で危険な女に変貌している。
手塚治虫もオマージュ
ワイルド版『サロメ』の物語に賛否両論わき起こったのは当然だが、ビアズリーの挿絵は高い評価を受けた。「物語よりも挿絵が素晴らしい」と絶賛する声も多数。20世紀に入ってからもビアズリーの挿絵はクリエイターたちに愛され、オマージュ作品が後を絶たず制作された。
有名なところでは、ダリオ・アルジェント監督のカルトホラー『サスペリア』(1977年)。舞台はドイツにあるバレエの名門校。極彩色のサイケな校内に飾られた、ビアズリーのモノクロの絵が美しい。『サロメ』の挿絵から《ヨカナーンとサロメ》《サロメの化粧Ⅱ》《踊り手の褒美》が用いられている。
日本では手塚治虫『MW(ムウ)』。主人公・結城と神父・賀来が肌を重ねるシーンの描写が、ビアズリーの挿絵に置き換えられている。こちらは『サロメ』の《孔雀の裳裾》《クライマックス》が登場。小学館ビッグコミックス版では第1巻84ページ。「手塚先生もビアズリーを敬愛していたんだろうな」と想像が膨らんでいく。
展覧会に「18禁部屋」が登場
さて、東京・三菱一号館美術館で開幕した「異端の奇才——ビアズリー」展。世界有数のビアズリー・コレクションを有するヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)から150点が来日。これに三菱一号館美術館や国内美術館の所蔵作品などを加え、展示総数は約220点を数える。初期から晩年までの代表作が網羅されたビアズリー展の決定版といえる内容だ。
『サロメ』に関していうと、展覧会では1894年の初版本に掲載された13点の挿絵のほか、ボツになった当初の表紙案と挿絵3点も公開。前述した『サスペリア』『MW』の登場作品も含めて、『サロメ』の挿絵の魅力をあますところなく堪能することができる。
ほかの出品作では、『サロメ』後に制作された『リューシストラテー』が興味深い。古代ギリシャで戦争が絶えなかったころ、リューシストラテーが女性たちに性生活のストライキを呼びかけ、戦いをやめない限り男どもと共寝しないと宣言する話。ビアズリーは本書のために挿絵8点を制作しているが、刺激が強過ぎて100部しか出版されなかったという。
実はビアズリーは『サロメ』で時代の寵児となったが、著者のオスカー・ワイルドが男色の罪で有罪になったため、ビアズリーも同じ嫌疑をかけられた。結果として、ビアズリーは男色ではなかったが、騒動により多くの仕事を失ってしまう。ビアズリーは生活の糧を得るために、露骨に性的な絵を手がけるようになる。
困った時の「エロ頼み」。本展では「18禁部屋」が設置され、子供の目を気にせずに鑑賞することが可能。現代の目ではそこまで際どい描写とは思わないが、「こっそり隠れて見る」という行為はビアズリーの見方としてふさわしいようにも感じる。
「異端の奇才——ビアズリー」展
会期:開催中〜2025年5月11日(日)
会場:三菱一号館美術館
開館時間:10:00〜18:00(祝日を除く金曜日と会期最終週平日、第2水曜日、4月5日は〜20時)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし、2/24、3/31、4/28、5/5は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://mimt.jp/ex/beardsley/
筆者:川岸 徹