ジェーン・スー 既婚の女友達が「恋愛がしたい」と言った。あのジェットコースターに、再び乗りたくなった気持ちはわからなくもないけれど…
2025年4月23日(水)13時30分 婦人公論.jp
イラスト:川原瑞丸
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「冷蔵庫の中」。既婚の女友達が「恋愛がしたい」と言ったのを聞いたスーさん。同世代の恋愛に思いをめぐらせて——
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冷凍庫の中
既婚の女友達がふと、「恋愛がしたい」と言った。18歳からの付き合いなので、とんだ不届き者だと断罪するような仲ではない。
実行するか否かの話ではないのだ。恋愛特有のドキドキとか、ワクワクとか、ああいった心の不整脈を懐かしく思う気持ちを口にしているだけ。
いまのパートナーと私は復縁組なので、シーズン2を始めるにあたり、ドキドキもワクワクもそれほどなかった。感慨深さは異様にあった。それが中年というものだと納得している。
静かに再び始まった付き合いに、なんの文句もない。夫と平和に暮らす女友達だって、そうだろう。しかし、金輪際ごめんだと、ほうほうの体で降りたあのジェットコースターに、再び乗りたくなった気持ちはわからなくもない。当時はアレが「いまそこにある現実」だったが、いまの私たちにとってアレは「懐かしの非現実」だ。賢い中年女ならこんなことは絶対に思わないだろうけれど、残念ながら私たちは迂闊なのだ。
否応なしに別のジェットコースターに乗せられているのが中年の現実だ。ドキドキするのは本物の不整脈のせいだったり、尿意で目が覚めた夜中に老後資金の不安に苛まれるからだったり、あまりにもシビア。だから、当時は現実だと思っていた、しかしいまよりずっと非現実的だった「こんなに悲しいなんて、死んじゃうかもしれない」が懐かしいのだ。いまの「死んじゃうかもしれない」は、もう少しリアリティを帯びている。
未来のことは誰にもわからないから、まだ起こってもいないことにあまり心を奪われないほうがいい。と同時に、ある程度予測できる事態には、多少なりとも備えておくのが大人の嗜みだとも思う。いつ死ぬかわからないから思う存分自分らしく生きたい気持ちと、自分らしさはいったん脇に置いて、不安のない安全な日々を優先したい気持ちがせめぎ合う。
アイスが入っていないから
いや、違うな。こと恋愛ジェットコースターに関しては、そんな高尚な話ではない。ダイエット中、無性に甘いものが食べたくなるような、ある種の飢餓感に襲われているだけだろう。実行に移さないのは責任感が強いからではなく、単に女友達の家の冷凍庫にも、私の家の冷凍庫にも、アイスクリームが入っていないからだ。アイスクリームが入る場所を作らないように生きてきたがゆえでもある。気が変わったからとコンビニに買いに行くのも面倒だ。暖房が利いた冬のぬくぬくした部屋で「アイス食べたいなー」とボヤくのみ。
アイスを買いに、果敢に行動する者もいる。某既婚者専用マッチングアプリの登録者は30万人を超えているし、パートナー以外との恋愛について屈託なく語る人は男女問わずいる。最近は女性から聞くことのほうが多い。
「自分がやられて嫌なことはしない」が、学校で習った倫理や道徳だ。しかし、パートナーも適当に遊んでいることを把握しているカップルもいる。自分の血肉を作る栄養素はパートナーで、アイスクリームはあくまで嗜好品。そういう合意が秘密裡に存在する。
私と女友達だって、冷凍庫にアイスクリームが入っていたらわからない。「食べちゃうかもねえ」と言いながら、二人ともジャージのままソファに寝転んでいる。アイスクリームの自然発生を願う気持ちと、そんな珍事は起こらないでくれと祈る気持ちがせめぎ合う。