これは名品か?それとも迷品か?サントリー美術館の知られざる秘蔵コレクションが勢揃い

2024年4月25日(木)12時0分 JBpress

「生活の中の美」を基本理念として美術品の収集に励んできたサントリー美術館。国宝・重要文化財に加え、約3000件のコレクションのなかから、これまで展示機会が少なかった作品など、"メイヒン"が一堂に会する 「サントリー美術館コレクション展 名品ときたま迷品」がスタートした。

文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部


名品か、迷品かは鑑賞者が決める

 海外から世界的名画が来日する大型展は楽しいものだが、むしろ美術館の所蔵品を主体にした自主企画展にこそ「美術館の底力」が表れる。どのような意図や方向性をもってコレクションを形成してきたのか。そのコレクションをどう活用するのか。学芸員の企画力や展覧会にかける熱意はどれほどのものか。コレクション展は様々な力が垣間見えてくる貴重な機会である。

 サントリー美術館で開幕した「サントリー美術館コレクション展 名品ときたま迷品」。テーマは「メイヒン」。メイヒンと聞いてまず思い浮かべるのは、国宝や重要文化財に指定されるなど誰もが芸術的価値を認める「名品」だろう。

 だが、これまでほとんど注目されてこなかった知られざる「迷品」に心奪われることもある。「名品」と「迷品」を分ける明確な基準などはないし、有名な「名品」よりも「迷品」のほうが自分にとってはメイヒンだということも少なくない。そんな生涯のメイヒンとの出会いこそが、アート鑑賞最大の喜びだと感じる。


「学芸員のささやき」に注目を

 1961年の開館以来、「生活の中の美」を基本理念として収集活動を行ってきたサントリー美術館。本展では国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》や重要文化財《泰西王侯騎馬図屛風》といった評価が定まった名品はしっかりと見せつつ、これまでほとんど展示されてこなかったメイヒンを取り上げていく。

 出品作は漆工、絵画、陶磁、染織と装身具、茶道具、ガラスと多岐に及ぶ。出品作には通常の作品解説に加えて、「学芸員のささやき」と題したキャプションが付けられたものが多く、これを読むのが楽しい。作品の秘められたエピソードやマニアックな情報が紹介されており、メイヒンの意外な一面が見えてくる。この「学芸員のささやき」が本展鑑賞の醍醐味といえる。

「学芸員のささやき」とともに、気になる作品をいくつか紹介していきたい。

《御簾綾杉蒔絵結文形文箱》は手紙などを収める文箱。手紙を折りたたんだ結文をかたどった形状が洒落ていて、手前半分に薔薇が、奥半分には葵葉の模様が施されている。なぜ葵なのかというと…。

「葵模様の「葵(あふひ)」は「逢う日」との掛詞。きっと、手紙の送り主に逢えるようにと、強くて重い願いが込められているのでしょう」

 重要文化財《佐竹本・三十六歌仙絵 源順》は、歌人・源順の深く歌想を練る姿を描いた肖像画。《佐竹本・三十六歌仙絵》は平安時代に選ばれた36名の歌人の肖像に各人の和歌と略伝を書き添えた上下2巻の巻物だったが、大正時代に歌人ごとに切断されてしまった。分断後、それぞれの所蔵者は趣向を凝らした表装を仕立てることを競い合ったという。

「《源順》の表装は、旧蔵者であった明治から昭和の実業家で茶人の高橋箒庵の意向によるものと思われ、和歌に詠まれた「水のおも(面)に」にちなんで、流水を想起させる墨流し模様の紙を用いています」


江戸〜明治時代のファッションアイテム

 江戸〜明治時代の簪や櫛を集めたコーナーも興味深い。一風変わった個性的なデザインの品が多く、こうしたファッションアイテムで江戸の娘たちは自分らしさの表現を楽しんでいたのだろう。《銀珊瑚入梅花鈴付びらびら簪》は、簪の先に鎖や短冊、鈴、花形、蝶鳥形などの飾りを吊り下げた華やかな一品だ。

「小さな鈴が連なり、これをつけて歩けば可憐な音を聞かせてくれます。こうした趣向は天明年間(1781〜1789)頃から流行し、主に未婚の女性、なかでも裕福な商人の娘たちの間で流行したといいます」

《平四目紋革羽織(一番組よ組)》は、江戸に48あった町火消のひとつ「よ組」が使用していた火事装束。素材に革が使われているのが興味深い。

「「よ組」は江戸の神田周辺を担当した町火消。江戸っ子気質で威勢がよく、喧嘩騒ぎも起こしています。本作はそんな「よ組」をまとめていた頭取が着用したものとみられます。19世紀中頃の短い期間、町火消では頭取のみに革羽織の着用が認められていたので、その頃作られたものなのでしょう」


メイヒン鑑賞の楽しみは尽きない

 変わり種では《織部唐草梅花文井戸車》。江戸時代後期に作られた織部風の井戸車(滑車)で、中央には軸を通す正方形の穴が開いている。

「本来水を汲み上げるための実用品。しかし後に茶人に見出され、井戸車としての役割を終えたものが釜の下に敷く釜敷などとして使われるようになりました」

 海外で生まれたガラス工芸品もユニーク。ドイツ製《鹿形パズルゴブレット》はワイングラスに大きな鹿形のガラス細工が付いており、グラスの縁に口をつけてワインを飲もうとすると、鹿細工が邪魔になって飲むことができない。どうしたらワインを飲めるのだろうか。

「台座の付け根に空いた小さな孔を塞いで鹿の口を吸うと、中央の管の中をワインが上昇し、飲めるようになっているのです。笑い声のなか、ああでもない、こうでもないと悪戦苦闘する姿を宴会の余興としていました」

 挙げ始めるとキリがないくらい、個性的なメイヒンにあふれた展覧会。サントリー美術館が誇る約3000件のコレクションには、まだまだメイヒンがあるのではないか。第2弾、第3弾の開催を期待したい。

筆者:川岸 徹

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