高橋大輔が「滑走屋」で見せた新たな一面、今までのショーにない複雑なフォーメーションはどのように生まれたのか?

2024年5月17日(金)8時0分 JBpress

文=松原孝臣 撮影=積紫乃


リスペクトを大切にしたい

「滑走屋」の特色の一つに、スケーターたちが織り成すフォーメーションがあった。高橋大輔が鈴木ゆまに依頼した理由の中にも、鈴木が主宰する「東京パノラマシアター」の『青い鳥〜7つの大罪〜』を観たときの、集団が個々の動きをしつつも決してぶつからないで踊りを展開していくシーンがあった。

 鈴木は言う。

「滑走って、ダンスよりもさらに図形的だと思うんですね。ダンスはけっこういびつな動きができるんですけれど、滑走は滑り出すとわりと曲線だったり直線だったりするじゃないですか。それをいかすために、皆さんの動きを整理してある程度形づけた方がうまくいくんじゃないかなと思って、図形をリンクの中に描いていきました。ただ、構図をあらかじめ作ったというわけではありません」

 ではどのように構図は形作られたのか。

「ストーリー性のお話と関連すると思うんですけれど、『CRY ME A RIVER』で言うなら、海原や濁流を作るためにはどういう構図でいったらそう見えるのかというように1曲1曲のストーリー性を明確に作ると、ここで必要な立ち位置は何か、人間関係の分かるフォーメーションは何かが見えてくる。だから構図を作ったというよりはいつの間にか構図になっていたという感じです」

 複雑なフォーメーションや今まで見られなかったような振り付けが「滑走屋」を今までにないアイスショーとして特徴づけていたが、その中にはスケーターが他のスケーターと組んで踊る場面もあった。公演には、国内外の大会で実績を持ちアイスショーも経験してきた「メインスケーター」と、学生を中心とする「アンサンブルスケーター」が出演した。その中にはアイスショーが初めてのスケーターも少なくはなかったことを考えれば、ハードルは決して低くはない。

「まず、人と踊ることも初めての選手が多かったですし、ふだんより暗い照明だったと思うんですね。でも、世界観や振り付けを伝えている中で、照明や振り付けの理由付けをきちんと話していたので、難しいことだったけれど一生懸命乗り越えようとしてくれました。

 福岡のリンクに入ってから、みんな客観的にひいた位置でリンクを、照明を見る機会があったんですけど、なるほどこういう空間なんだ、こういう照明の中で滑るんだって彼らが一つ一つ感動してくれて、大変だけどやってみたいという前向きな気持ちをみんなが持ち寄って挑戦してくれて出来上がったのだと思います」

 終始穏やかに、楽しそうに振り返る。ただ、その内容の濃密さからすれば常に順調だったというわけではないだろう。

 ジャンルを問わず、中心的立場にいる人が思うように進まず苛立ちを見せることは珍しくない。でも、公開練習をはじめ、諸所で感じられたのはそれとは無縁の雰囲気だった。

「たぶん、私自分のカンパニーで振り付けしているときはもうちょっと感情的かもしれません。それはたぶんダンスだからです。自分がダンサーだから、ダンサーに対してはこうやってよ、なんでやらないのってアクティブに働きかけることがあります。でも私はスケーターじゃないし、スケートはできないし、そこの距離感を大切にしたい、リスペクトを大切にしたいと思っていたんですね。振り付けのときも『こうして』という言い方をなるべくしないようにして、『これこれこうでこういう風にできますか。可能ですか』というスタンスを心がけました。だから感情的になったりいらいらする理由がないんですね。

 構成をがらっと変えたいときもあって、福岡に入ってからの本番中、ラストの『Do it』を変えました。みんなが最後に出てくる前、もう一つ早く出てきてみんなで一周してからそれぞれの立ち位置につくところですけれど、みんなと一体感を共有してからそれぞれの場所、それぞれの人生に向かっていった方がもう一段階上に行くと思ってそうしたいと思いました。だけどスケーターではないのでスピード感や距離感は分からないから『1回先に集まることはできますか』という言い方をするわけです」


出会いの感謝と奇跡

 その『Do it』もまた意味づけはされていた。

「大輔さんと出会って5年くらいなんですけれど、『Do it』はその5年の間に彼がシングルスケーターから哉中ちゃんと組んで、そして彼に憧れてついてくる若手のスケーターがいるという等身大な作品にしたいなと思っていました。大輔さんが最初一人で出てくるんですけど、哉中ちゃんとの出会いがあって、そこに友野(一希)くんという大輔くんの背中を追っている選手がいて、村上佳菜子ちゃんというスケーターでありながらテレビでも一緒に活躍する存在があったり、出会いの感謝と出会いの奇跡、それに対する敬意ということがエンディングのコンセプトであることをみんなに伝えました。

 出会いがあり、ときに別れがあるかもしれない、でもつながって今という瞬間を謳歌して楽しむ、みんなと共有したいということを伝える。だからスケーターがいろいろなところでいろいろ違うことをしていても、大前提の大きな枠組みをみんな共有していたので、まとまりがあった一つのナンバーになったのではないかと思います」

「滑走屋」を包む雰囲気に話は戻る。

「やっぱり大輔さんの存在も大きかったかな。細かなところでみんながどうしたらいいか、彼が冷静に指示してくれていたので、そういう背中を見て、私も落ち着いていこうという気持ちがありました」

 一緒につくりあげる中で、高橋の新たな一面も知ったという。

「なんていうかな、どこまでもあきらめないし、追求力がすごいなと感じました。陸の振り付けを氷の上でするので、たぶんやりにくいところがあったんですよ」

 鈴木の振り付けを、高橋と村元が氷上に落とし込んでいく作業を担っていた。

「やりにくいと出てくる言葉があって、『ここの振り付け、ちょっとトリッキー』って言うんです。優しいので、やりにくいとか振り付けを変えて、とは言わずにそう言うんです。振り付けを変えようと言ったことは一回もなくて、トリッキーなんだよねって言いつつそのニュアンスができるかどうか、自分の中で挑戦し続けて、結果的にできてしまうんですよね。不可能を可能にする力というか、あきらめないで追求するのがすごい能力だなと思います。しかもそれを自分だけのものにしないで周りのみんなを巻き込んでやっていく。みんなに対する気配りがすごい。

 どうしてもあそこまでのキャリアがあると、自分は偉いとか才能があるって思っちゃう人がいると思うんですけど、いつも彼が口にするのは『自分なんてすごくないから』。若手のスケーターさんとかスタッフの私たちにもほんとうにフラットで、そこに器の大きさを感じて、だからこそみんな彼の思い描く世界についていこうと思ったんじゃないかな。そういうところは新しい発見でした」

 ひと息のあと、付け加えた。

「あとは揚げ物が好き、唐揚げが好きということ。とにかく唐揚げ。これはどうでもいいですよね(笑)」

 開幕とともに多くの反響を引き起こし、終幕を迎えた「滑走屋」は、だがはたから見れば危機に直面することもあった。それを乗り越えた背景には、鈴木のこれまでのキャリアがあった。(続く)

筆者:松原 孝臣

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