「『8番出口』じゃあるまいし…」ホラーみある殺風景な通路、薄暗い“幻の成田空港駅”のホームをこえて…“ナゾの終着駅”「芝山千代田」には何がある?
2025年5月19日(月)7時10分 文春オンライン
空港第2ビル駅にやってきた。言うまでもなく、成田空港の第2ターミナルに直結する駅だ。JR、また京成の空港線の駅のひとつで、終点・成田空港駅のその手前。
電車の中からしてデカいスーツケースを抱えた外国人観光客で溢れかえっていて、空港第2ビル駅、つまり第2ターミナルの地下も外国人ばかり。空港で働く人も外国人が多い。最近では羽田空港を発着する国際線が増えているが、やはり日本の空の玄関口の筆頭は成田空港なのである。
……と、成田空港について語ってみたが、今回の目的地はここではない。空港の外れ、その隣接地に位置しているナゾの駅・芝山千代田駅だ。

成田空港のちょっと先…“ナゾの終着駅”「芝山千代田」には何がある?
芝山千代田駅は芝山鉄道という第三セクターの駅だ。東成田〜芝山千代田間、わずか1駅間2.2kmを結ぶ小路線。そういうわけで、東成田駅まで歩いていけるという空港第2ビル駅にやってきたのだ。
東成田という駅もまた、芝山千代田駅に負けず劣らず、だいぶ謎めいている。
乗るお客と降りるお客で改札口が分けられている空港第2ビル。その降車口の目の前の小さな通路の入口に、東成田駅の案内看板が掲げられている。東成田駅までは500mとある。
そこを歩けばいいのなら、そこらへんの地下鉄の駅とさして変わらない……ように思える。乗り換えに500mくらい歩かせる地下鉄駅、東京にはいくらでもありますからね。
ところが、この通路が徹頭徹尾、どこまでいっても殺風景の極みなのだ。もちろん商業施設なんて気の利いたものがあるわけでもなく、ただただひたすら同じ形式の通路がまっすぐに。
ところどころに今回の目的地である芝山町、また成田空港のポスターが貼られていて、あとは管理用の扉がぽつぽつと。非常口灯の緑の明かりが怪しく感じられてくる。
「『8番出口』じゃあるまいし…」殺風景な通路を歩いていくと…
監視カメラがバッチリと歩くこちらを見張っていて、聞こえてくるのは自分の足音だけだ。途中、東成田駅まで○○メートル、といった案内表示があるのだが、もしもこの数字がずっと変わらなかったらどうしよう……などとおかしなことも考えてしまう。
何年か前に流行った8番出口じゃあるまいし。途中、ひとりの男性とすれ違ったが、まったく殺風景で変わらない通路の中で、ひとりだけとすれ違うというのもまた怖い。
で、どれだけ歩いたのだろう、一度だけ角を曲がって東成田駅に着いた。実際には500mだから10分もかかっていないのだが、だいぶ長く歩いた気分になる。同じ500mも、景色次第では1kmにも2kmにも感じられるということなのか。
真っ暗なホーム、目をこらすと“懐かしいフォント”で駅名が…
ようやく東成田駅に着いても、不気味なのは変わらない。小さな改札と比べて異様に広く、そして薄暗いコンコース。その中に掲げられている年季の入った公告看板。
地下のホームもひとけがなくて不気味そのもの。隣には現在使われていない真っ暗なホームもあった。目をこらすと、成田空港駅という駅名標が残っていた。
東成田駅は、成田空港が開港した1978年に成田空港駅として開業した。当時もターミナルビルに直結していたわけではないのだが、幻の成田新幹線が頓挫した中にあって、唯一の成田空港アクセス駅だった。
1991年に現在の成田空港駅が開業するとお役御免。ただし廃止されることはなく、東成田駅に改称して空港職員など関係者が使う駅として続いている。
いまでも通勤時間帯にはそれなりの利用があるようだ。が、空港唯一のターミナルだったころと比べればさすがにだいぶ小規模。不要なホームが放置されるがままになっている。
まあいずれにしても北海道の秘境駅などと比べればよほどお客の多いちゃんとした駅なのだ。不気味だなんだとケチをつけてすみません。
ロケーション抜群な「芝山千代田」のホームに降り立つ。フェンスの向こうには…
そして、東成田駅からひと駅だけ乗った先にあるのが芝山千代田駅だ。東成田駅は地下にあるけれど、電車に乗って少しすると地上に、さらに高架へと駆け上ったところで芝山千代田駅に到着する。
空港の敷地とA滑走路から飛び立つ飛行機が間近に見える、なかなかロケーションの優れたホームだ。ただし、やってきた電車がそのまま折り返していくだけだから、1面1線、最もシンプルな構造のホームでもある。
高架のホームから階下に降りる。空港の敷地と高架の線路の間には道路が通っている。道路の向こうにはフェンスが張られていて、どうやら空港敷地との間を隔てているようだ。
といっても、そのフェンスの向こう側も公道の一部。路線バスなどはそこを通っているし、近くの空港関係ビルもフェンスの向こう。そことは地下通路で繋がっていて、時折行き来する人の姿もあった。
フェンス沿い、つまり空港の敷地に沿った道をさらに歩いてゆくと、ANAやJALの整備施設のようなものが見えたり、大きなトラックが盛んに行き交っていたりして、この一帯も空港に紐付くエリアなのだということがよくわかる。
芝山千代田駅から少し先にはコンビニもあって、空港関係者と思しき人たちが昼食を買っていた。さらに奥には物流倉庫のようなものもあり、空港内には貨物や整備のエリアがあるようだ。
こうしたことから考えると、芝山千代田駅もその本質は東成田駅とほぼ同じ。空港利用者(つまり飛行機のお客)には無縁でも、空港関係者にとっては通勤に欠かせない駅なのだろう。
「芝山千代田」の“空港駅じゃない方の顔”
が、さすがにそれで終わっては尻切れトンボにもほどがある。芝山千代田駅があるのは千葉県山武郡芝山町と成田市の境界あたり。芝山町内にある駅は芝山千代田駅だけだから、町の玄関口という役割も持っている。
その証拠というべきか、駅の北側(つまり空港敷地とは反対側)にはロータリーがあって、客待ちをしているタクシーもあった。バス乗り場もいくつか設けられていて、どうやら芝山町内のあちこちへと通じる路線バスが出ているらしい。
もちろん駅前広場から周囲を見渡しても、目立つのは物流関係の事業所など。だから空港の隣接地という性質はまったく変わらない。
それでも、少し駅前から離れたところまで歩けば一戸建ての大きな住宅がいくつか並ぶ一角があって、その奥には田園地帯が広がっている。芝山千代田駅からものの数分、ときおり上空に飛行機が飛ぶくらいなもので、のどかなものだ。まだ空港がなかった頃のこの一帯は、どこを見渡してもこうした里山だったのだろう。
人口約6500人の小さな町の“里山だった頃”
芝山町は、下総台地の真ん中に広がる人口約6500人の小さな町だ。町の中心は芝山千代田駅から離れた南のはずれ。古代には墳墓が多く築かれ、埴輪がたくさん発掘したことから「はにわの町」などと謳っている。
また、芝山仁王尊の門前町という一面もあって、成田山新勝寺に伍するほどの参拝者を集めていたこともあるという。ただ、基本的には周辺一帯と同じく丘陵地に広がる農村で、いまでもスイカなどの生産が盛んなのだとか。
そうした町に隣接するように成田空港ができたのが、1978年のことだ。そうした事情からいまでは工業団地なども形成されている。
また空港南端の隣接地には航空科学博物館もある。飛行機のしくみやら歴史やらを学べ、シミュレーターの体験もできる博物館。芝山千代田駅から歩いて30分ほどだが、だいたいの人はクルマで行くようだ。
つまり、芝山千代田駅は実に空港らしい光景と、それとは正反対の昔からあった里山風景が混然としてせめぎ合う、そういう中にある駅なのである。
ちなみに、芝山千代田駅から空港のA滑走路を挟んだ西側には、成田市の「三里塚」と呼ばれる地域がある。三里塚、古くは下総御料牧場が現在の空港敷地内にかけて広がっていた。
昭和初期にはサラブレッドの育成も手がけており、イギリスから輸入した種牡馬・トウルヌソルは初代ダービー馬のワカタカなど、またダイオライトは三冠馬セントライトなどを輩出した。いわば日本の近代競馬の原点の地。いまも、成田空港周辺には競走馬関連の牧場が点在している。
そんな御料牧場も、終戦直後に敷地の一部を払い下げ。焼け出されたり外地から引き揚げてきた人々がこの一帯に開拓民として入植したという。
そうした土地に空港ができることが決まったのが1960年代後半。戦後、新天地として見知らぬこの地にやってきて荒れ地を耕し、生活をつないできた人々にとっては、わずか20年で命の土地が取りあげられる。これが長きにわたる三里塚闘争、成田闘争のきっかけになった。
こうした歴史を伝える「空と大地の歴史館」が、航空科学博物館の隣に建っている。芝山千代田駅周辺に見られる空港と里山のせめぎ合い。それはこの地域の歴史そのものでもあるのだ。
芝山鉄道線内で気をつけたい“あること”
ともあれ、芝山千代田駅である。この駅が開業したのは空港開港から四半世紀ほど経った2002年。2019年には駅のすぐ近くに「空の湯」という温泉施設ができた。さらに東側では新滑走路の建設も決まっている。空港と里山のせめぎ合いは、これからもまだまだ続きそうだ。
芝山千代田駅にやってきて折り返す電車は、通勤時間帯を除くと1時間に1本ほど。そのすべてが芝山鉄道線から京成線に直通し、京成成田駅までを結んでいる(通勤時間帯には京成上野方面に直通する電車もある)。
だから、わざわざ東成田駅の殺風景な通路を歩かなくてもいいのだ。京成成田駅を使って帰ろうと思う。なお、芝山鉄道線内は交通系ICカードが使えない。東成田〜芝山千代田間は220円。久しぶりに、券売機できっぷを買いました。
写真=鼠入昌史
(鼠入 昌史)