ジャニーズのスキャンダルを「知らぬふり」、私が目撃したTV局の忖度の瞬間

2023年5月21日(日)6時0分 JBpress

(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 ジャニーズ事務所の創業者で前社長のジャニー喜多川氏(2019年死去・享年87歳)による所属タレントへの性加害について、藤島ジュリー景子社長が動画と文書を発表して公式に謝罪したのは、5月14日の日曜日の夜のことだった。

 奇しくも、同事務所所属の松本潤が主演の徳川家康を演じる大河ドラマ『どうする家康』の放送が終わったあとの夜10時台のNHKニュースが一報を伝えていて、驚かされた。大河ドラマには、やはり同事務所所属の岡田准一が家康の盟友、織田信長役で出演している。


海外メディアによって白日の下に晒された日本の恥部

 ジャニー喜多川氏による所属タレントの性被害については、今年3月にイギリスの国営放送「BBC Two」がゴールデンタイムに『Predator:The Secret Scandal of J-Pop』(邦題「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」)と題する1時間のドキュメンタリーを放送して波紋を広げると、4月には日本外国特派員協会で、ジャニーズJr.(Jr.とは10代が中心のCDデビュー前のタレントの総称)に所属していたカウアン・オカモト氏が記者会見を行なって、中学校を卒業する直前に「ジャニーさんに口淫されました」と赤裸々に告白している。

 この問題を、日本のメディアが全く報じてこなかったわけではない。一部の雑誌、あるいはジャニーズ事務所に所属していた人物やジャーナリストがまとめた単行本で、ジャニー喜多川氏の性的虐待が伝えられていた。

 1999年には『週刊文春』がこの問題を取り上げた。ジャニー氏と事務所は文藝春秋に名誉毀損の損害賠償を求めて提訴するも、ジャニー氏の性的虐待を認めた東京高裁判決が2004年の上告棄却によって確定している。これについては、藤島ジュリー景子社長は公表した文書の中で、当時すでに取締役であったにもかかわらず「知らなかった」としている。

 ここへきて、いわばしがらみのない“外圧”によって日本の恥部に焦点が当てられ、様々な問題が噴出してきているわけだが、その中のひとつに日本の報道機関の姿勢を問うものがある。

 20年も以前に訴訟で性被害が認定されていながら、これだけ問題が大きくなるまで、どうして日本の新聞やテレビはこの問題を報じてこなかったのか。芸能界は性被害の実態になぜ、正面から向き合ってこなかったのか。そこに報道機関が見て見ぬふりをしてきた忖度があったのではないか。

 ならば、私がかつて民法キー局に出入りして働きながら、そこで見たことを披露しよう。


「じゃ、やらないということで」

 あれは平日の昼頃のことだった。翌日発売の写真週刊誌の早刷りを手にした男性がやって来て、午後のワイドショーのチーフ・プロデューサーに声をかけた。

「これ、今日の番組でやらないよね」

 そう言って、写真週刊誌を広げて見せる。そこにはジャニーズ事務所に所属するアイドルグループのメンバーが、海外旅行をしている姿が写っていた。同伴者の女性には目線が入っている。

 いつもは号令けたたましいチーフ・プロデューサーの態度がいきなり仰々しくなったので、それが“偉い人”であることは側から見ていてもすぐにわかった。それも「制作」と呼ばれるドラマやバラエティー番組の制作部門の人間であったことは、あとになって知った。

「あ、いや、どうかな…」

 しどろもどろにチーフ・プロデューサーは、その日の曜日担当のチーフ・ディレクターを呼んだ。ワイドショーのように毎日放送される帯番組では、曜日ごとに担当スタッフが班分けされていて、チーフ・ディレクターがその日の放送を差配する。放送内容はプロデューサーが知らないはずはないが、あえて担当を呼んで説明させる。

「これは、芸能デスクから上がってきていないので、いまのところ予定はありませんが…」

 写真週刊誌を見た曜日担当が言った。すると今度は、芸能担当のデスクが呼ばれる。

「これはまだ見たばかりで取材もできていないし、番組でやるという指示もありませんので…予定はないです」

 やたらに仕切りたがる芸能デスクだったが、そう殊勝に答えると、チーフ・プロデューサーが言葉を次いだ。

「…と、いうことだそうです」

 そこで写真週刊誌を持ち込んだ男性が言った。

「じゃ、やらないということでいいね」


「次は朝の番組だな」

 誰が番組の責任者なのかはっきりしないような回り持ちの確認作業で、いつの間にかジャニーズ事務所のスキャンダルは「やらない」ということになっていく。

「次は、朝の番組だな」

“偉い人”はわざわざそう呟いて、次の部署に移動していく。

 果たして、彼が事務所に忖度したものか、あるいは何らかの要望があったのか、そこは定かではないが、人気アイドルを多数抱えて、視聴率を稼いでくれるジャニーズ事務所には、それだけの力があった。情報番組や報道に携わる局員もサラリーマンだ。自身の高給の礎でもある。逆らって左遷させられても、面白くはない。下請けや派遣ならなおさらだ。


第一線のジャニーズ事務所所属タレントが「知らなかった」はずはない

 ジャニー氏の性加害について事務所が言及したことで、テレビ報道も触れないわけにはいかなくなった。NHKでは報道番組の『クローズアップ現代』でも特集が組まれた。だが、その報道の仕様も当たり障りのない言い訳程度のもので、私がかつて見た状況と変わっていないような気がしてならない。

 4月に日本外国特派員協会で記者会見した元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏は、2012年にジャニーズ事務所に入って2016年に退所するまで、ジャニー氏から15回から20回の性被害を受けたと語っている。報道がなされていれば、たぶん入所はなかったとも語っている。

 自分以外にジャニー氏から性被害を受けたとはっきり分かるのは3人。ジャニー氏のマンションに泊まって被害を受けるのだが、そこにいたことのある100人から200人のほぼ全員が受けているはずとの見解も示している。泊まりにいかないと売れない、という認識がジャニーズJr.の間で共有されていたともいう。

 また、『文春オンライン』がこのところ続報している記事では、ベルトを3本巻いて寝ることや蹴飛ばすことによって、ジャニー氏からの性的虐待を防ぐことができる方法を先輩から後輩に伝えられていたことや、BBCのドキュメンタリー番組では、「これを我慢しないと売れないから」と言われたとの被害者の証言もある。

 まして、ジャニー氏による性的虐待が最高裁で認められたのは20年前のことだ。それ以前から、そしてそのあとも、ジャニー氏の性加害は常態化していたと考えるのが自然だ。それをいまも第一線で活躍する同事務所のタレントたちが「知らなかった」というのも考え難い。


さらに問題が拡大しそうな気配

 ジャニーズ事務所のタレントは、民放の報道番組のキャスターとしても活躍している。それも1人や2人ではない。それがこの問題について言及しないのは不自然だ。

 まして、NHKが受信料で制作する大河ドラマの主演と重要な役どころにジャニーズ事務所のタレントを当てて、放送を続けている。ひょっとしたら彼らも、被害者なのかもしれない。それで黙っているのだとしたら、こんな不幸なこともない。あるいは、性被害の実態を知りながら沈黙を貫くのだとしたら、もはやそれもひとつの罪だ。

 この重大な問題に言及することなく、NHKがドラマは別ものとして放送を続けるのであれば、違和感を覚える。ニュースや報道番組と、ドラマでは姿勢が異なるとなると、性犯罪に対する認識が甘すぎるとしか言いようがない。それも海外メディアからまた諌められるようでは、恥の上塗りだ。かつて私が目の当たりにしたように、局内の力関係が複雑に働いているのか。

 ジャニー氏による所属タレントへの性加害。その中でも特別の扱いを受け、周囲から「あいつだけは、可哀想だ」と囁かれるタレントが、いま大河ドラマで活躍するタレントと同世代の中にいることを、私はかつて耳にしたことがある。その真贋が明らかになるのも、そう遠い日ではないような気がしている。

筆者:青沼 陽一郎

JBpress

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