「勉強したかったわけではない」留年を繰り返した息子の言葉に、お金をドブに捨てた気分に。働きながら夜間の短大に通った、昔の自分に援助できたなら

2024年5月26日(日)12時30分 婦人公論.jp


息子は留年を繰り返し、7年かけてやっと卒業…(写真はイメージ。写真提供:photoAC)

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何がしたいの?


大学の授業料が高くなっていると聞く。受験料や入学金も同様だろう。若い頃、私は4年制の大学に行きたかった。

しかし父親が亡くなった時、妹たちはまだ中学生と小学生。母は着物を仕立てる内職をしていたが、コンスタントに注文があるわけではなく、収入は微々たるものだった。

だから私は夜間の短大に進み、昼間は常勤のアルバイトをして家にお金を入れながら卒業した。

それから25年後。私はシングルマザーとなった。息子は他県の大学へ入学し、仕送りの日々。大学は山間部にあり、バイト先もあまりないようで、月収の半分を送る月もあった。

息子は留年を繰り返し、7年かけてやっと卒業。最後の2年間、頭に来た私はもう仕送りもしなかった。

後年息子は、勉強したいことがあって大学へ行ったわけではない、と言った。私は長い間、ドブにお金を捨てていた気になったものだ。

それからさらに33年後。今度は息子の子どもが大学受験を迎える年頃になった。孫も大学に行きたいとは言っているが、何を勉強したいとか、どこの大学へ行きたいとかいうわけでもないらしい。

息子が働く会社はいつどうなるかわからない状態だし、その妻は体が丈夫でなく、仕事もきつくて不安定。でも、行きたいと言われれば行かせてやりたい親心だってわかる。だから祖母としても、無理しない程度に援助してあげたい気持ちはある。

と思いつつ、本当のところは自分自身のためにそれをしたかった。正直言って、子や孫に夢を託す気持ちはまったくない。できることならあの頃の私に援助してあげたい。

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