シングル女子、老後はどこに住む?地方出身バリキャリ、60歳定年で親元にUターン予定。東京にいる理由もないし、燃え尽きて「健康的に暮らしたい」

2024年5月24日(金)12時30分 婦人公論.jp


写真提供◎photoAC

昨年は、モトザワ自身が、老後の家を買えるのか、体当たりの体験ルポを書きました。その連載がこのほど、『老後の家がありません』(中央公論新社)として発売されました!(パチパチ) 57歳(もう58歳になっちゃいましたが)、フリーランス、夫なし、子なし、低収入、という悪条件でも、マンションが買えるのか? ローンはつきそうだ——という話でしたが、では、ほかの同世代の女性たちはどうしているのでしょう。今まで自分で働いて自分の食い扶持を稼いできた独身女性たちは、定年後の住まいをどう考えているのでしょう。それぞれ個別の事情もあるでしょう。「老後の住まい問題」について、1人ずつ聞き取って、ご紹介していきます。

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前回「田舎で一人暮らしの老母が心配、地方出身シングル女子の迷い、実家に戻るか東京に残るか、それが問題だ」はこちら

外資系企業勤務のバリキャリ、ケイさん


地方出身女子の場合、定年で実家のある地方に戻るか、東京に残るかで悩む、というケースを前回(第7回)、紹介しました。戻るも残るも一長一短。それぞれにメリット・デメリットがあります。決断に悩む女性も多いでしょう。

そんな中、60歳定年を前に、定年後は実家のある地方に戻る、とすでに決意した女性もいます。九州出身のケイさん(仮名、58歳)がそうです。来年秋には両親の敷地内に自邸を完成させようと、これから工務店を決めるところです。

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「戻って家を建てるって決めたんです。来年10月に竣工させる予定です」

こう朗らかに宣言するのはケイさんです。外資系企業の部長。バリバリに働いています。日本の子会社でなく、海外の本社採用なので、定年は60歳。役員になるとその後も働くことになりますが、ケイさんは先手を打って、すでに本国にいる直属の上司に「60歳で辞める」と宣言してあります。辞めたら転職もせず、すっぱり東京の生活を閉じて、実家のある九州に戻るといいます。実家の敷地内に、ケイさんの独り暮らし用に、平屋の家を注文建築で建てる計画です。

家を建てて引っ越し、退職まではリモートで


「平屋の2LDK+Den(収納)で、南側には大きなテラスも作ります。居室の一つは寝室。もう一つは客間で、和室にして障子と琉球畳を入れます。収納も充実させて。LDKを広めにして、20〜25畳くらいかしら。リビングの段差はおしゃれなんだけど、ルンバも使えないし、20年後を考えて諦めました。バリアフリーにします。全体で25〜30坪かな」。ケイさんは楽しそうに、新居の間取りやこだわりについて話します。

テイストはアジアン・モダン。旅行好きのケイさんの、最近のお気に入りのエリアは東南アジア。今の都内のマンションもそうしていますが、新居でも「アジアンテイストの家具を置いて、インドネシアやベトナムで買った絵を飾るつもり」。ケイさんは料理が得意で、コロナ前は友人を招いてホームパーティーをしていました。そのためレシピ本や、ベトナムなどで買ったかわいい食器を大量に持っています。新居には、厳選した食器と本だけ持って行くつもりです。

新築の予算は2000万円でしたが、最近、工務店と話したら、資材価格も人件費も上がっているので2300万円と言われました。大手ハウスメーカーの説明も聞いたところ、予算は4500万円! 100平米超で「あれもつけてこれもつけて」と設備ももりもり。「私は独りだって言ってるのに」。そんな広くても掃除が大変なだけだし、老後の1人住まいには高すぎで、ハウスメーカーは向かないと思いました。なので、地元の工務店2社のどちらにするか、いま思案中です。

「工期は5ヵ月って言われたので、来年の5月には着工しないと。今年の秋口には図面の打ち合わせを始めて、プランを詰めるって言われたから、あら、もう、工務店を決めて契約しなくちゃ! 引っ越すまで、あと2年もない、もう断捨離も始めなくちゃ! うちにあふれてるモノを、捨てるか、メルカリで売るか、しなくちゃ」

ケイさん、なんともほんわかしています。仕事となると、めちゃくちゃ切れ者のバリキャリなのですが、自分ごとは後回しのようです。定年そのものは2026年の3月ですが、先に家を建てて引っ越しを済ませ、退職までの半年弱はリモートで働くつもりです。今も在宅ワークがメーンで、出社日は月に2日から週1日程度。このくらいの頻度なら、九州から飛行機で通えると目論んでいます。

リタイア生活は犬と、家庭菜園などモノ作りを楽しみに


ケイさんの実家があるのは、九州の県庁所在地の市郊外。空港からはタクシーで1時間強。最寄りのJR駅からもタクシーで約10分。父(86)も母(84)も元気で、介護認定も受けず、いまだに運転もしています。

「田舎だからどこに行くにも車が要る」と言いつつ、ケイさん自身はタクシーで済ませるつもりです。実はケイさんは運転免許を持っていません。高校の途中でアメリカに留学し、帰国後は東京の大学に入り、卒業後も東京で働いてきました。車は不要でした。いまさら運転は恐いので、免許は取りません。電動自転車があれば日常生活は不自由しないと、ケイさんはみています。スーパーもすぐ近くにあり、歩いても行けます。

ケイさんはエネルギッシュで快活で、見た目は40代で通用します。60歳で退職したとして、まだ何かできそうです。九州で何をするんですか?

「健康的な生活がしたいなと思って。もともと元気なんですけど、ちょっと疲れちゃったので。仕事を辞めたら、一戸建てで犬を飼います!」

実家ではかつて犬を飼っていました。近所からもらってきた雑種犬です。このところ、ケイさんは自分でも保護犬を飼いたい、と思っていました。でもいま住んでいる都心のマンションは管理規約で小型犬しか許されていません。ケイさんが飼いたいような雑種の大型犬は飼えません。そもそも、仕事が忙し過ぎて、犬の面倒どころか自分のケアもする暇がないくらいです。犬と暮らすのは「老後の夢」でした。

それに、「野望があるんです」と、ケイさんは微笑みます。実家の敷地内の小さな家庭菜園で、自分の食べたい野菜作りにチャレンジしたい、というのです。商売ではなく、自分が食べる分だけ、作ってみたい。獲れたての島野菜や、京野菜の万願寺唐辛子なんかを肴に、週末には、ゆったりと晩酌をしたい。それが、ささやかな「老後の野望」だそうです。

「最近、モノを作ったり、育てたりするのが楽しいんです」。コロナ下ではミシンを買いました。通勤時間が浮いた分、自分で考えてギャザースカートなど洋服を作ってみました。そんな手仕事も、時間ができる退職後にはもっと楽しめるでしょう。なんとものんびりしたリタイア生活になりそうです。


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東京に住まなくてはいけない理由はない


ケイさんは地元に戻ってから仕事をする気はありません。九州で遠隔でもできるような業務を、いまの会社から引き続き業務委託で頼まれるなら、続けるかもしれません。品質管理的な業務なら、出社しなくても可能です。でも、基本的にはいったん、まっさらにするつもりです。あまりに今までの仕事がきつかったからです。いわゆる「燃え尽き症候群」でしょう。

これまでケイさんは、何社も転職して渡り歩いてきました。いまの会社には7年在籍しています。60歳を過ぎても会社に残るのは後輩にとってよくない、そろそろ後進に譲るべき時期だ、と、ケイさんは言います。退職を宣言した直属の上司には、「私の後は、AさんかBさんですよね」と、引き継ぐべき相手も伝えてあります。徐々に、後進に責任のある仕事を任せて成長を促し、自分の退社準備を密かに始めています。

東京生活が長いと、地元に知り合いも友だちもいない、という人も多いはず。その点どうなのでしょう。「あっちにも友だちはたくさんいるんです」。中学校までの友だちで、地元に残っている人も、老後は地元に戻ると言っている人もいます。高校の仲間は男女ともに仲良しで、これまでも東京や九州で毎年のように同窓会を開いてきました。途切れず関係が続いていて、ケイさんのUターンをみな楽しみに待ってくれているそう。東京の友人には、九州に戻っても遊びに来てね、と声を掛けてあります。かつての留学先のホストファミリーも、遊びに来てくれると言ってます。

ケイさんの趣味はワインと旅行です。休みのたびに海外に行っています。毎度、良いワインを買ってきて自宅のワインセラーにストックします。もちろん東京に拠点があったほうが、成田も羽田も近くて便利でしょう。でも、九州からも海外便は出ていますし、なんなら東京でホテルに前泊すればいいだけです。

つまり、東京に住まなくてはいけない理由は、ケイさんにはないのです。東京に未練は?「ありません、住む場所としては。友だちもいるので遊びに来るとは思いますけど。」。東京にこだわらないなら、むしろ、海外とか、郷里以外の場所に住んでもいいのでは? 「最初に、東京を出てもいいかも、って思ったときは、葉山はどうかと考えたんですよね」。コロナでリモートワークが可能になった、2020年の秋頃のことでした。犬が飼えるのと、葉山に移住した知り合いがいたからです。

そんな時でした。母が突然、「離婚する!」と言い始めたのは。これが、ケイさんが実家に戻ることを考えるきっかけになりました。

将来は同じ敷地内に弟夫婦が住む予定


もともと両親は夫婦仲が良かったのですが、コロナの時期に、母が離婚する、と騒ぎだしました。ケイさんはあわてて事情を聞きました。「お母さん、どうしたの」。どうやら母は、父の浮気を疑っていたのです。ケイさんが父を問い詰めると、「本当にありえない」と一蹴。

結局は誤解だったと分かり、今となっては笑い話です。でも当時、母は真剣に離婚を考えていました。リモートワークが可能になったので、ケイさんはひんぱんに実家に帰りました。父にも事情を聞き、両親の仲を取り持ちました。

「母があの時離婚する、って言い出さなかったら、もしかしたら実家に戻らずに別の所に住んでいたかも」。それまでは、夫婦2人で元気に暮らしているからと、ケイさんは心配していませんでした。両親は大丈夫と思って、放っていました。でもこの騒動で、親の老いを実感し、「Uターンだな」と決心しました。

老後の住まいが親元でいいのか——東京を離れると決める前、ケイさんも改めて考えました。犬が飼えて、弱ってきた親の近くにいられる以外にメリットがあるのか? 結果、地元が「いいな」と思えました。魅力の一つが「天気が良いこと」。「天気が良くて、冬が寒くならない。日照時間がすごく長い。それに、東京や他の土地に比べて地震もあまりない」。ケイさんの実家のエリアは、九州でも地震が少ないそうです。

それに、妹と弟とも近くなれます。彼らは、それぞれに家庭を持って、九州の別の都市に住んでいます。すでに相続の相談もしました。親に万一のことがあった場合、相続財産は本来、きょうだい3人で均等に分けます。でも、本家である実家の家と土地は、相続できる子のいる弟に継承させることに。弟は定年後、子どもも独立した後に、いまは両親が住んでいる実家を受け継いで、夫婦で住むつもりと言っています。

となると将来は、同じ敷地内の別棟にケイさんが、母屋に弟夫婦が住むことになります。「そうしたら、一人で暮らしていても安心でしょう?」。でも、弟が継ぐ土地に姉が平屋を建てて住んで、問題はないんですか? 「大丈夫、大丈夫。きょうだい仲いいし、うちの土地広いから」。実家の土地は、畑と先祖代々の墓があるほど広く、かつては借家も建っていました。その家屋を解体して更地にしてある場所に、ケイさん邸を新築する予定なのです。


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マンションは買っていたが他の投資はしていない


ちなみに、新居の建築費はどこから捻出するのでしょう。退職金? 貯蓄? いいえ。実はケイさん、2008年に自宅マンションを都内に購入していました。タワマンの低層部、約62平米、1LDK+Denです。住宅ローンは34年ローンで、金利は低く、固定金利で1%台です。返済額はいま月12万8000円。管理費等が4万円もするので、毎月の住居費は約17万円かかります。

この自宅が、業者に聞いたところ、買った時より6〜7割高く売れそうとのことでした(さすがタワマン!)。まだローンは20年近く残っていて、残債もあります。それでもここを売れば、売却益が出て、新居の建築費2300万円は賄えるのではないか、とケイさんは計算しています。売買のタイミングが合わなくても「つなぎ融資」を使える、新たに住宅ローンを組まなくても大丈夫、とも言われました。金銭的には心配していません。

マンションは買っていたものの、ケイさんは他の投資はまったくしていません。株も、投資信託も、NISAも何もしてません。家計簿ももちろん付けていません。「お金のことって、よく分からなくて〜」。余ったお金は、定期にもせず、普通預金にずっと入れっぱなしです。お金のことを考えるのが苦手で、何に投資したら良いのか、調べる暇もありません。お金はあれば使うけれど、本人的には、あまり散財した記憶もありませせん。

では老後のお金の計算は? 「してません」。厚生年金にはずっと入ってきましたが、外資系なので退職金はあまり期待できません。老後、いくら年金がもらえるのか、それで暮らせるのか、計算したこともないし、全然わかりません。でも家を建てて、家庭菜園で自給自足するなら、さほど多額の現金は必要ないのでは、と思っています。

以前勤めていた会社で「401k」(現在のiDeCo)に入らされたので、それは続けています。別の会社では「持ち株」を買わされました。退職時に売却しなくて良かったので持ち続けています。ただ、購入時より価格が下がっており、どうしたらいいか分からないので、放置したままです。(いまお金が必要でないならば、へたに損切りしたりせず、そのまま放置しておけばいいだろうと、モトザワは個人的には思います。)プライベートなお金に疎いのは、仕事が忙しい「ワーカホリックあるある」ですね。

60歳定年で転身決意は次の選択肢を広げる


Uターンすることで少しだけ心配なのは、両親が安心しすぎてがっくりきちゃうんじゃないか、ということ。「今までは基本的に、料理するのも何でも、全部自分たちだけでやっていた。気が張っていたのが、私が帰ったら気が抜けちゃうんじゃないかと。大丈夫とは思うけれど」

なので、実家の隣に住んでも、心を鬼にして、両親には今まで通り、自分たちの分は料理をしてもらおうと思います。それでも夜ご飯は両親の家で一緒に食卓を囲むなら、お互いに安心です。犬を飼うのも、親のことを考えた面もあります。「きっと、私より父になつく」と予想できるほど犬好きの父は、犬を散歩に連れて行くでしょう。それは親の健康のためにもいいかなと思っています。


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親元に帰ってあげたいと思いつつも、東京のいまの暮らしを捨てられない、という人は多いのではないでしょうか。その点、東京に未練がない、と言い切れるケイさんはあっぱれ、です。友だちが遊びに来るからいい、地方からでも海外にも行ける、という指摘はその通り。東京にいたって、それほど頻回にはイベントごとはしませんから。とはいえ、ケイさん本人も「健康的な暮らしがしたい」と自覚している通り、いまが体力的にも精神的にもギリギリで、ほぼ燃え尽き寸前だからこその決意、かもしれません。

ケイさんがUターンできるのは、いくつかのラッキーが重なったおかげです。1、両親ともに今も元気なこと。要介護状態でないので手間もお金もまだかかりません。2、実家に、家を建てられるだけの土地が余っていること。3、きょうだい仲が良く、実家の敷地に自分の家を建てても文句を言われないこと。4、東京で購入していたマンションが高値で売れそうなので、老後に借金を抱えずに済みそうなこと。5、地元が、田舎とはいえ日常生活に困らない程度にインフラが整っており、災害等で帰宅困難な地域でもないこと。5などは偶然です。

老後の家計を考えると、東京で正社員として稼いで、定年後は地方に住む、というケイさんの選択は、経済合理性が高そうです。生涯をかけた出稼ぎみたいなものですね。車のガソリン代を除けば、地方での日々の生活費は、東京より安いでしょう。熱心に投資運用をしていなくても、ある程度は年金で賄えるかもしれません。さらに親元ならば住居費もかかりません。濃密な人間関係は懸念材料ですが、Uターンも含めて地方移住は、今後、もらえる年金が不透明な中での、老後の暮らし方の有力な候補に違いありません。

それに、すぱっと60歳定年で転身する、という早めの決断は、次の選択肢を広げます。例えばケイさんが、もし、万一、地元に戻って5年後に、再び東京や海外でバリバリ働きたいと思ったとしても、まだ65歳です。おそらく人生の再立て直しが可能でしょう。これが、地方に戻るのが70歳だとしたら、5年後でも75歳。その年齢から、再び県外に出るなど路線を変更するのは、かなり厳しいでしょうから。

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