『どうする家康』瀬名と信康に漂う不穏な空気、非業の死を遂げる2人の描き方

2023年5月27日(土)6時0分 JBpress

 NHK大河ドラマ『どうする家康』で、新しい歴史解釈を取り入れながらの演出が話題になっている。第19回放送「お手付きしてどうする!」では、武田信玄との激戦で大きな犠牲を払い、ショックを受けた徳川家康が美しい侍女のお万に介抱されて心を許し、妊娠させてしまう。子ができたのはめでたいことだが、正室の瀬名(築山殿)は怒り心頭で・・・。今回の見どころについて、『なにかと人間くさい徳川将軍』の著者で、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)


「伊賀越え」の前に気になる瀬名と信康の運命

 徳川家康が直面した「三大危機」とされているのが、「三河一向一揆」と信玄との「三方ヶ原の戦い」、そして本能寺の変後の「伊賀越え」である。

 今回の大河ドラマ『どうする家康』では、家康の生涯における重要なイベントについては、2回分の放送を使うこともある。「三河一向一揆」は第8回放送「三河一揆でどうする!」と第9回放送「守るべきもの」にて、「三方ヶ原の戦い」については第17回放送「三方ヶ原合戦」と第18回放送「真・三方ヶ原合戦」で取り上げている。

「三大危機」のうち2つが終わった今、本能寺の変後の「伊賀越え」 についても盛り上げてくれそうだが、その前に気になることが・・・という視聴者も多いはず。そう、家康の正室である瀬名(築山殿)と、家康の嫡男である信康の運命である。

 今回の『どうする家康』では、家康と瀬名(築山殿)を仲むつまじい夫婦として描いている点が序盤から注目された。というのも、史実において、瀬名は家康の命令によって、嫡男の信康とともに“非業の死”を遂げたとされている。

 果たしてどう描かれるのか。第19回放送「お手付きしてどうする!」では、いよいよ不穏な空気が流れ始めてきた。見どころポイントを解説していこう。


キーパーソン五徳の「告げ口癖」が大問題に

 家康はなぜ、自分の妻と子を処断しなければならなかったのか。キーパーソンとなるのが、信康が正室として迎えた五徳(徳姫)である。

 五徳は信長の長女で、信長と家康が同盟を強化するにあたって、家康の嫡男である信康との婚姻が進められることとなった。永禄10(1567)年のことである。

 しかし、この信康と五徳の折り合いが、あまりよくなかったらしい。信康や信康の母である瀬名(築山殿)がいかに悪行を行っているかという「十二ヶ条の訴状」を、五徳が父の信長に対して送っている。

 そのなかには「武田と内通している」というものもあり、信長としても見過ごせずに、家康に処断を命じたとされている。もっとも、近年では「信長に命じられて泣く泣く」ではなく、家康自身の判断で行われたともされている。いずれにしても、五徳が信長に送った「十二ヶ条の訴状」に元凶があったことには変わりはなさそうである。

 一説には、訴状を受け取った信長が、酒井忠次を呼び寄せて真偽を確かめたところ、「その通りだ」と返答したことが引き金となった、ともされている。もし、ドラマでこの説をとるとすれば、大森南朋演じる酒井忠次が、なぜそんな迂闊なことを言ってしまったのかは気になるところだ。

 五徳については幼き頃に、信康とケンカする場面が第13回放送分「家康、都へゆく」で描かれている。そこで五徳は瀬名から謝るように促されても無視。こう言い放っている。

「父上に言います」

 これは、五徳の「告げ口癖」の伏線だといえるだろう。そして、今回の第19回放送「お手付きしてどうする!」では、五徳はあからさまに瀬名への不快感を示している。

 五徳は、夫の信康といる岡崎城から瀬名に出て行ってもらおうと、家康のいる浜松城に行ってほしい、と本人に談判。有村架純演じる瀬名が「私は邪魔か?」と問うと「わたくしは母上を思って・・・」と否定しながらも、「正直に申してほしいのじゃ」と言われると、信康を引き合いに出して、こう言っている。

「母上は少々お優しすぎるかと存じます。母上がそばにおられることで、信康様にはいつまでも甘さが抜けません」

 ストレートな妻に、信康が思わず「五徳・・・」と絶句しているのがなんとも情けない。結局、ドラマの終盤で瀬名はしばらく岡崎に留まることを決意する。

 不満を持った五徳が兄の信長へと働きかけるのに、そんなに時間を要することはなさそうだ。そう感じさせるシーンだった。


築山殿の悪評を生かしてお万のキャラを確立

 最初の正室を死に追いやった家康を正当化するためだろう。瀬名こと築山殿はことさら性格の悪い人物だとして描かれてきた。徳川家に関与した女性のエピソードを収載した『玉輿記』では、次のように書かれている。

「生まれつき性格が悪く、嫉妬深き女(生得悪質、嫉妬深き御人也)」

 また、こんな逸話もある。家康が正室の築山殿ではなく、身分の高くない侍女のお万と関係をもったときのことである。築山殿は「怒りのあまりに、お万をまる裸にしてしまい、庭木にしばりつけた」という逸話が残っている。

 今回の第19回放送「お手付きしてどうする!」では、まさに、このお万に家康が手を出してしまう話が、メインエピソードとなった。お万はかつて自分に仕えていたこともあり、正室である瀬名の感情は千々に乱れることになる。

 ドラマでは、瀬名は家康にビンタしているが、それでも怒りはおさまらずに「お万と直接、話します」と、家康のもとから立ち去ってしまう。立ち去り際に、こんなセリフを言っている。

「お万もぶってしまうかもしれません」

 これは前述した「築山殿がお万に折檻をした」という逸話がもとになっている。ドラマではお万が、周りの侍女に「木に縛り付けてほしい」と頼み、築山殿が登場すると、涙を流して「折檻してほしい」と言い出した。

 こうして、さりげないシーンも、文献をもとに新解釈を行っているところが『どうする家康』の見所の一つだ。お万の自己演出を見抜いた瀬名は、こう応じている。

「これでは、うちの殿などひとたまりもあるまい。見事じゃ。それもおなごの生きるすべじゃ。私は嫌いではないぞ」

 後世に残る眉つばものの悪評をうまくシナリオに取り入れて、お万の悪女ぶりの演出へとつなげている。


家康のトンデモ逸話を「庶民の噂話」とする新解釈

 今回の放送分では、他の箇所でも、後世に残る逸話をさりげなく生かす場面が見られた。

 ドラマでは、家康の不始末が家臣たちにも知られることとなり、松重豊演じる石川数正からは「何を考えておられるんじゃあ!」と一喝されてしまっている。酒井忠次は「気を緩めるゆとりなぞありませんぞ」として、その理由をこう話した。

「この遠江の民は、殿をバカにして楽しんでおります」

 ここで庶民たちが、家康のことを噂するシーンが流される。そこでは、こんな言葉が飛び交っていた。

「家康はな、信玄が恐ろしくて馬上でクソをもらしておる。〈焼き味噌だ〉とごまかしよる」

 この逸話は聞いたことがあるという人もいるはず。筆者は前回の記事で「裏づける史料はない」とばっさり切り捨てた。『どうする家康』でも家康が漏らすシーンは出てこなかったので、スルーするかと思いきや「庶民の噂話」というかたちで生かすとは驚いた。

 また、家康にまつわる庶民の噂話として、柴田理恵演じる老婆もこんな話で場を盛り上げた。

「三方ヶ原から負けて逃げ帰るときに、うちの団子、ぜーんぶ食っちまってな。だから、わたしゃ、銭払えー、って追っかけて行って、銭ぶんだくってやったんだわ!」

 実は、これも「信玄に大敗した家康は、浜松城へと逃げ帰る道中で腹が減って、茶店で小豆餅を食べた。すると、そこに武田軍の追手がやってきたため、家康は代金も払わず慌てて逃げてしまう。しかし、その茶店の老婆があとを追いかけて家康に追いついて、銭を取った」という逸話に基づいたもの。この逸話を受けて、実際に浜松には「小豆餅」「銭取」という地名があるくらいだ。

 こうした今に伝わる「真偽が怪しいエピソード」は、どちらかというと、創作で使わないように気をつけることがある。だが、今回のドラマでは、野菜の捨ててしまいがちな部分を美味しく調理するがごとく、うまくシナリオに取り入れている。

 確かに、この類の落語のような歴史人物のよもやま話は、庶民の噂話で広まったのかもしれない。見事な処理の仕方だなと感心させられた。

 ラストシーンでは、眞栄田郷敦演じる武田勝頼が千代(古川琴音)に「三河を手に入れる。狙うは岡崎。松平信康、そしてその母、築山殿じゃ」と指示を出す。

 どうやら瀬名や子の信康が「武田に内通している」という疑いは、勝頼が仕組んだものだったらしい。

 次回が来てほしいような、来てほしくないような展開だ。今後も注目したい。


【参考文献】
大久保彦左衛門、小林賢章訳『現代語訳 三河物語』(ちくま学芸文庫)
大石学、小宮山敏和、野口朋隆、佐藤宏之編『家康公伝〈1〉〜〈5〉 現代語訳徳川実紀 』(吉川弘文館)
太田牛一、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
中村孝也『徳川家康文書の研究』(吉川弘文館)
平野明夫『三河 松平一族』(新人物往来社)
所理喜夫『徳川将軍権力の構造』(吉川弘文館)
本多隆成『定本 徳川家康』(吉川弘文館)
柴裕之『青年家康 松平元康の実像』(角川選書)
二木謙一『徳川家康』(ちくま新書)
菊地浩之『徳川家臣団の謎』(角川選書)

筆者:真山 知幸

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