「無理無理、無理だって」関係者は到達不可能と断言、辿り着ける道はなく市の観光係は存在も知らない…岐阜県の深い谷底にある幻想的すぎる“幻の滝”を探索してみた
2025年5月29日(木)7時0分 文春オンライン
少し前のこと、岐阜市のある市議会議員さんからメッセージをいただいた。
「昭和63年に発行された岐阜県のガイドブックを入手し、そこに載っていた本巣市の乙姫滝を見に行こうと思ったのですが、危険だと知り引き返してきました。本巣市の観光係に電話で確認したところ、滝の存在も知らないようでした。もしもご存知であればと思い、DMさせていただきました」
ガイドブックの画像も添付されていた。
“伝説にいろどられた森をハイキング”
“乙姫滝伝説・蛇池伝説”
と、紹介されている。乙姫滝伝説というのが気になったが「戦国時代にまつわる乙姫滝」としか書かれておらず、伝説の内容には触れられていなかった。
市の観光係すら知らない“幻の滝”
私はこのメッセージをもらうまで、乙姫滝の存在そのものを知らなかった。おそらく、岐阜県民でも乙姫滝のことを知る人はほとんどいないだろう。メッセージは「知っていますか?」と尋ねるかたちで書かれていたが、私は「行ったことないんですか?」という挑戦状のようにも感じた。
まず手始めにネットで調べてみると、本巣市のホームページに記載があるのを見つけた。名勝を紹介するページがあり、市指定の名勝が1件のみ存在している。それが、乙姫滝なのだ。そこには、乙姫滝伝説の内容が記されていた。
〈落差20m程の清々しい滝。戦国時代、斎藤道三に破れた土岐頼芸の軍勢は、ここを通り越前の一乗谷へ逃れたが、その落武者の一族がこの地に住みついた。その一族の娘がこの滝で姿を消し、暫くすると1匹の白い鰻が現れた。ある日照りの年、滝に雨乞いをしたら、白い鰻が現れ、間もなく雨が降り出したので以後乙姫滝と呼ぶようになったという。〉
戦国時代から伝わる伝説があり、本巣市が指定する唯一の名勝である乙姫滝。かつてはガイドブックのトップを飾っていたにもかかわらず、今となっては市の観光係にさえ知られていない。興味を持った議員さんは危険だからと行くのを断念した滝。これは“伝説の滝”であると同時に“幻の滝”と呼んで差し支えないだろう。

こんな滝が身近にあることを知ってしまうと、気になって仕方がない。すぐにでも行きたい衝動にかられたが、危険を伴う道のりや、周辺が私有地であることを知り、そわそわとした状態が続いていた。
いざ出発!
所有者の許可を取るなどの準備を整え、普段から険しい道を探索している仲間も集め、総勢3名で現地に向かった。事前に地図や航空写真を見て調べたところ、滝まで行く道は、ない。車道から近いところで川に下り、川沿いを上流に向かって歩けば滝に着くのではないかと考えていた。
車を置いて早速歩き始め、川に下りる。道らしい道はないが、数百メートルほど斜面を歩くと、ほどなく川面に近づいた。
すると、意外なことに人工的な建物が現れた。同じ形をした小屋が、いくつか建っている。
全体的に廃れており、使われている様子はない。なかには倒壊してしまっている小屋もある。
小屋の中を覗き込むと、年代物の冷蔵庫や炊飯器が転がっていた。どうやら、かつてのバンガローのようだ。
ここから乙姫滝を目指して川沿いを歩いて行きたいところだが、道らしい道がない。幸い、川に沿って涸れた水路があったため、この水路を歩くことにした。
しばらく歩くと、水路の先に取水口があり、そこで終点となってしまったが、この付近に斜面を登る階段が設置されていた。
単管で組まれた階段は、建築足場のような仮設感があるが、人為的に設置されたものであることは明らかだ。周辺の状況から推測すると、かつてはバンガロー周辺から乙姫滝に向かう遊歩道があったようだ。我々が歩いてきた水路は、当時から遊歩道の一部だったのだろうか。
階段は落石等で大きく歪んでいたが、なんとか登ることができた。そのまま登り切ったものの、左右を見渡しても道がない。しかし、川に沿って遊歩道が伸びていたはずだ。そう確信した私は、藪をかき分けて上流側に向かう。
しばし藪と格闘すると、確かに人ひとりが何とか歩けるだけの道らしきものがあった。やはり読みは当たっていたようだ。
安心したのも束の間、川沿いの獣道は半分崩れかけており、一歩間違えれば川に転落してしまう。川面までの高さは5メートルほどなので致命傷にはならないだろうが、ここで負傷してずぶ濡れになってしまったら、脱出するのが非常に困難だ。
本当にここが道で合っているのか…
安全策をとって高まきに迂回することにしたが、急斜面なので非常に不安定だ。
滑り落ちると同じ結果になってしまうため、一歩一歩慎重に進んだ。
本当にここが道で合っているのかと不安になってきた頃、目の前に階段が現れた。
先に見たのと同じ、単管で組まれた階段だ。歩いてきた道が間違いじゃないことが確認できたので、安堵した。
一難去ってまた一難、階段を過ぎたところで、道が再び崩落している。
なんとか崩落個所を越えることができたのだが、その先で道が完全に消滅してしまっていた。
崩れたとかそんな状況ではなく、道がないのだ。一枚の大きな岩場になっていて、角度は直角に近い。足をかけるような出っ張りも、手をかけるような立ち木もない。まさに、取り付く島もない状況だった。
探索開始から2時間以上が経っていたが、これ以上進むのは不可能と判断した。打開策を見つけようと周囲を見渡すと、山のはるか上方に平らな道のようなものが見えた。これは、大きく高まきに迂回できるかもしれない。斜面が比較的緩やかな場所を選び、直登することにした。立ち木に掴まらなければ滑り落ちてしまう急斜面と格闘し、なんとか登りきることができた。
突然の舗装路
ヘトヘトになりながらたどり着いたのは、なんと舗装路だった。
川に並行して林道があったのだ。車一台通るのがやっとという頼りない林道なのだが、この時ばかりはとても立派な道路に見えた。
スマホの地図アプリで現在地と乙姫滝の位置関係を確かめながら、上流方向に歩く。このあたりが乙姫滝だろうという地点に差しかかったが、川との高低差が50メートルほどあり、木々に遮られて滝の姿は全く見えない。はるか下のほうから、滝の音だけが聞こえてくる。
斜面は急で、とても下りられる角度ではなかった。突破口を探そうと、周辺を何度も往復したが、やはりどこからも下りられそうにない。とはいえ、こんなこともあろうかと、同行者にロープを持ってきてもらっていた。ロープを使う前提であれば、何箇所か下りられそうな箇所もある。しかし、持っているロープは30メートル。この長さでは、とても川まで届かない。しかも、最も緩やかで下りられそうな箇所は、位置的に滝よりも上流側に行ってしまっている。
とはいえ、朝から探索を続けて一度も滝の姿を見ていないため、一目でも滝を見ようと、私が代表して下りてみることにした。ロープを木に結びつけ、急斜面を慎重に下る。ロープの先端ギリギリのところまで降下し、ようやく滝の一部が見えた。
5時間の探索の果てに初めて滝を目にできたが…
探索開始から5時間、はじめて乙姫滝が見えた。しかし、それは予想通り滝の上部で、滝が流れ落ちる上の部分が少し見えるだけだった。
予想外だったのは、滝の上部は石積みで護岸が設けられていたことだ。ロープから手を離したら滝に転落する状況だったが、なんとかスマホで撮影し、林道に戻った。
滝よりも下流側はさらに急峻な斜面になっているうえ、滝の分だけ高低差が増す。このロープでは距離が全く足りないことは明白だが、それでも上から見下ろす形で滝が見えるかもしれない。そう思って下りてみたが、木々に阻まれ、滝は全く見えなかった。
これ以上は下りられないが、水平に移動すれば滝が見えるかもしれない。少し頑張ってみたが、巨大な一枚岩で木も生えていないため、掴まるものが何もない。寝そべって接触面積と摩擦を増やし、滑り落ちないように頑張ってみたが、断念せざるを得なかった。
この時のことを、同行者は「(筆者の)最期の姿を見届けることになるのかと思いましたよ」と振り返っている。
なす術がなくなった我々は撤退を余儀なくされ、歩いてスタート地点まで戻ってきた。しかし、まだ諦めた訳ではない。この土地の所有者と会って、突破口がないか話を聞いてみることにしたのだ。
「無理無理、ドローンじゃないと無理だって」
事前に立ち入る許可はいただいていたが、会うなり、本当に行こうとしていたことに驚かれた。
「今まで頑張ったんですけど、ダメでした。何かいいルートはないですか?」と尋ねてみたが、「無理無理、ドローンじゃないと無理だって」という答えが返ってきた。
なおも食い下がると、「夏だったらウェットスーツを着て川の中を歩いて行けばいけるかな」
「今行きたいんですけど、何か方法はないですか?」
「上の林道から、100メートルのロープがあったら下りられるけど……」
解決策の見つからないやり取りが続いた、
その後、林道から降下する地点を詳しく聞いたが、我々が30メートルのロープで下りた地点で間違いなかった。あの先、さらに70メートルのロープがあれば、川に下りて滝が見られたというわけだ。
また、所有者の男性は、乙姫滝の歴史を教えてくれた。所有者の親族が1980年頃まで、川沿いでキャンプ場を経営していたという。最初に見た朽ちたバンガローは、そのキャンプ場の跡地だったのだ。
その後、キャンプ場から乙姫滝に至る遊歩道を整備。我々が前進を断念した箇所には、川の上に張り出す形で、単管を組んだ遊歩道が造られていたという。しかし、1985年頃に川が増水して流されてしまい、以降、通れない状態になっている。
町村合併により本巣市になる以前の1991年、乙姫滝は本巣町の名勝に指定された。その時、滝のそばに“天然記念物(名勝)金原乙姫滝”という石碑も設置した。その石碑を設置する際、林道から100メートルのロープを使って川に下ろしたとのことだった。
所有者にお礼を言って別れた後、私は考えていた。朝から探索を続けていたが、現在の時刻は午後4時。日没まであと1時間ほどだ。諦めムードが漂っていたが、私は諦めきれていなかった。
約1時間後に日没が迫るなか“再挑戦”に
「もう一度、行ってみよう」
私は車に常備している20メートルのロープも取り出し、再び林道に戻った。
1時間ほど前に来たばかりの地点から、再び30メートルのロープを使って降下する。そこからは、私が車から持ってきた20メートルのロープを使い、さらに下りる。この先は、未知の世界だ。
ロープ2本を使って下りてきたが、川面まではまだ距離がある。川面近くは直角に近い絶壁になっていて、ロープがなければ下りられない。私は上に残っていた仲間に、20メートルのロープをほどくように依頼した。これを使えば、なんとか川面まで下りられる。だが、それと引き換えに、帰ることができなくなってしまう。
私はこうなることを予想して、先ほどロープで下っている際に、周囲をよく観察していた。倒木や木の根っこに掴まれば、ロープがなくてもなんとか登れるだろう……。そう考えたのだ。
そして、日没間際の午後4時50分、ようやく川に降り立つことができた。上流側に振り向くと、そこに立派な滝が見えた。ずっと目指し続けていた乙姫滝だ。
まさに幻の滝…
深い谷底に位置する乙姫滝は、左右から岩がせり出し、隠れるように存在している。落差20メートルの隠れた滝は神秘的で、まさに幻の滝そのものだった。
7時間に及ぶ苦闘が報われる絶景だったが、余韻に浸っている余裕はなかった。既に暗闇が迫っている。急いで撤収を開始したが、林道に戻った頃には真っ暗になっていた。
後日、所有者の男性にお礼を伝えに行くと、あのあと滝まで行けたことに驚いていた。
その後、ご近所の女性にも乙姫滝の話を聞いたところ、「私の家に乙姫滝の絵があるから、よかったら見て行って」と思わぬ展開になった。
せっかくなので家に上げていただくと、確かに素晴らしい油絵の乙姫滝が飾られていた。入手に至った経緯などをお聞きし、招き入れていただいたことを感謝して帰路についた。
幻の滝が見られたことに大満足していたが、素敵な出会いも重なり、とても印象深い滝となった。本巣市唯一の名勝でありながらも誰にも知られていない幻の滝は、昔は多くの人に愛される滝だった。
こうした滝が今も存在していることを、私は少しでも長く記憶に留め、多くの人に伝えていきたいと思った。
※乙姫滝周辺は私有地であり、無断で立ち入ることはできません。また、危険を伴うため実際に訪問することは推奨できません。
(鹿取 茂雄)