人生は選択の連続。なかなか決められない人はどうすればいい?禅僧・枡野俊明が教える「迷い過ぎない自分になる」方法

2025年5月29日(木)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

心配し過ぎる、気をつかい過ぎる、怒り過ぎる──。「私たちは日々、何かを『し過ぎる』ことで、知らず知らずのうちに心をすり減らしています。でも、ほんの少し意識をはたらかせて『し過ぎない』ことを心がけるだけで、私たちはもっとラクに生きられるのではないでしょうか」と語るのは、禅僧の枡野俊明さん。そこで今回は、枡野さんの著書『「し過ぎない」練習』から一部を抜粋し、適度なバランスを見つけるヒントを紹介します。

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迷い過ぎない


洋服選びからレストランの注文、旅行の行き先、転職や結婚の決断まで、人生は選択の連続ですから、迷ってなかなか決められないという方は多いと思います。いつもスパッと決められればいいのにと思いながら、優柔不断で迷ってしまう人です。

迷い過ぎてしまう理由は、心理的・環境的な要因が絡み合っています。

大きな理由の一つとして、失敗への恐れがあります。失敗を恐れる気持ちが強いと「間違った選択をしたらどうしよう」と過度に心配し、決断を先延ばしにしてしまいます。そういう方は「失敗は学びの一部である」ととらえて、恐怖心を軽減させるとよいでしょう。

他者の評価を気にし過ぎる人も、優柔不断になりがちです。他者の意見や反応が気になって、自分の意思よりも「どう見られるか」を優先してしまい、迷いが生じます。自分の価値観や目標を明確にして、それを判断基準にするようにしましょう。

選択肢が多い場合も、比較する要素が増えて選びきれなくなります。いずれかを選べば他の可能性が失われるというプレッシャーが影響しているのでしょう。選択肢が多過ぎる場合には、どうしても捨てられない条件を絞ってみるなど、自分でルールを決めるのもよいかもしれません。

現代社会は情報過多


さらに近年は、情報過多が迷い過ぎる理由になっているように感じます。情報が多過ぎると、どれが本当に重要な情報なのかがわからなくなり混乱を招きます。

現代社会は私たちが好むと好まざるにかかわらず、膨大な情報が押し寄せてきます。ちょっと油断すれば、その情報に惑わされ、流されてしまいます。

「口コミはこっちがよかった」「ランキングはこっちが上位だ」──そこには自分自身の考えや意見がまったく反映されていません。

もちろん他者の意見を参考にするのはよいことですが、それでは自分を見失っています。

「心」が本来あるべき姿ではなくなっている


私は、迷い過ぎて決められないことの本質は「本来の自己」を失っているためだと考えます。

迷いの心に振りまわされてしまうのは、心が本来あるべき姿ではなくなっているからです。


(写真提供:Photo AC)

人間は一点の曇りもない無垢な心で生まれてきます。それを「本来の自己=仏性(ぶっしょう)」といいます。

無垢な心である「本来の自己」も、長い年月を生きていくうちにさまざまな経験をとおして「執着」「妄想」「不安」「怒り」など負の感情に覆われていきます。そこで、本来あるべき心を取り戻すのに役立つのが禅の教えです。

情報を適度に遮断する


持って生まれた「本来の自己」を取り戻すための第一歩は、情報を適度に遮断することです。

「優柔不断になっているな」「迷い過ぎているな」と感じたときには、スマホやパソコンからの情報を一時遮断して、その選択に対して自問自答する時間をつくってみてください。それは5分でも10分でもかまいません。

「自分が求めているものは何か」「自分は何が好きで、何が嫌いなのか」「どんなときに幸せを感じるのか」「いちばん大切だと思うことは何か」──そんな自問自答が、「本来の自己」を取り戻し、迷い過ぎない自分になる一助となります。

※本稿は、『「し過ぎない」練習』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

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