宇野昌磨がトレーナー出水慎一と目指す、フィギュアスケートの「新しい形」

2023年6月19日(月)12時0分 JBpress

文=松原孝臣 写真=積紫乃


昌磨の演技が好きだから

 出水慎一は、2017−2018シーズン、宮原知子に加え、宇野昌磨のサポートも担うようになった。その翌シーズンからは宇野のみとなり、今日に至るまで宇野をサポートする。その中では、数々の場面に直面し、折々の宇野の姿をみつめてきた。

 2018−2019シーズン、世界選手権を前に宇野は「結果を求めたい」と語った。従来の姿勢からすると異なる趣があった。その背景を出水は語る。

「2019年の四大陸選手権のときのことです。あのとき、靴が合わなかったり捻挫もしたりしていて、決していい状態ではなく、ショートプログラムは5位で終わりました」

 オリンピックでメダルを獲ったあと、フェイドアウトしていく選手は少なくない。でも昌磨の演技が好きだから、もっと見ていたい、もっと続けてほしい。いつか世界大会で金メダルも獲ってほしい——。そんな思いが巡った。

「ショートが終わってケアしながら『昌磨のスタイルでやり切っていつか金メダルを獲れたらいいんじゃない? 』って言ったんですね。昌磨は自分が金メダルを獲ることで他の人が喜んでくれるんだと感じて、四大陸選手権ですごい頑張って優勝しました。そういう経緯があって、世界選手権のとき、『獲りに行きます』と発言をしたんです」

 周囲を喜ばせたい一心での発言であったのだ。


「これはきつそうだな」

 その翌シーズンの2018−2019シーズン、宇野の競技環境は一変する。

「あれは私自体もめちゃめちゃきつかった、という思いしかほんとうにないです」

 出水はそう振り返る。宇野は長年籍を置いたスケートクラブを卒業。それは長年指導を受けたコーチのもとから離れることをも意味していた。新しいコーチが不在のまま、新たなシーズンに臨んだ。

「練習を見ていても完全に一人なので『これはきつそうだな』と思っていました。試合のとき、コーチが『こう言う』というのを想定してコミュニケーションをとるのも、パズルのピースが1個抜けたまま試合に私も入っている感じで、どうフォローすればいいかっていうのは全然私もみつからないというか」

 グランプリシリーズのフランス大会では8位。ただ一人で座るキスアンドクライで涙を流す光景もあった。

 その状況を救ったのは、ステファン・ランビエールだった。続くロシア大会でキスアンドクライにつくと、そののち、宇野のコーチになることが正式に決まった。以降、復調し、さらなる飛躍を遂げることになった。

「ほんとうにステファンには感謝ですね。ステファンとの相性もほんとうによかった。ステファンも選手を尊重し、選手に寄り添ってくれるタイプなので」


夢がかなったオリンピック

 2021−2022シーズンも思い出深い。出水は北京オリンピックの団体戦でキスアンドクライに座ったのである。ステファン・ランビエールの北京入りが遅れたのがきっかけだった。

「コロナではなかったのですが、スイスの基準が厳しくてそこに引っかかった形で団体戦に間に合わないことになりました。その頃にはステファンがいない期間は私がリンクサイドにいて動画を撮ったり話をすることも多くなっていたこともあって、知っている人がいたほうが、ということから決まりました」

 いざ座った心境をこう明かす。

「オリンピックでそこに座れるなんて思ってもいなかったことでした。素直にうれしかったですね。『あ、こんな景色なんだ、こういう感じなんだ』。あの景色は忘れられないですね」

 団体戦で(色はいまだに確定しないが)日本は初めてメダルを獲得。続く個人戦での銅メダルとあわせ、宇野は好演技を披露した。ふと、出水は語る。

「私が高校を卒業してトレーナーを目指し専門学校に進むとき、先生に夢を話したんです。『オリンピックで選手がメダルをとるとき、その横にいるトレーナーになってますから』って」

 宇野が銀メダルを獲った平昌、そして団体戦のキスアンドクライで見届けた北京。夢がかなったときでもあった。その後、出水がキスアンドクライに座るのはごくふつうの光景となっていった。


世界選手権の練習中に負傷

 2022−2023シーズンもまた、宇野の本質を知らしめる1年となった。

「足首がもともとゆるいので、捻挫しやすいという状況は常にあります」

 と言うように、宇野はしばしば怪我と向き合ってきた。世界選手権もその1つだ。公式練習中に転倒し負傷したのだ。

「いつも動画を撮っていて、画像越しでアップにしているので肉眼より見えるんですね。『やばい』と思いました。ステファンにそのままカメラを渡してすぐに行きました。距骨の軟骨損傷と、後ろの方の靱帯損傷がありました」

 欠場を選ぶことはなかったが、不安はあった。

「中途半端に降りてきてまた捻挫すると、試合自体アウトか、と思っていましたし、さすがに同じ所を短期間で2回捻挫するのは、やっぱりいいこととは考えられない。回転不足で降りてこないでくれ、ということだけは願っていました」

 ただ出場するという宇野を止めるつもりはなかった。

「彼は基本、歩けないという状況になったら棄権は考えるけれど、歩けるのならいける、という考え方です。もちろん医療的な観点でいくと、もう一回怪我したら……と考えて、休んだほうがいいとなると思います。いや、体のことを考えると棄権するのが絶対にいい。でも彼の性格なども踏まえ、後遺症が残る怪我なら絶対に止める、それ以外はGOする。昌磨の意思を全面的に尊重した上でバックアップするということです」

 結果、宇野は優勝を果たした。

「捻挫することで積み上げてきた跳び方ができないということで、感情が久しぶりに見えた試合だったですね。彼はほんとうに痛みに強いし、何回も捻挫するのである程度慣れているところがある。アドレナリンも出ていたので痛みをそこまですごく感じなかったのが救いだったですね。試合が終わって『ここも痛いですね』と言っていましたが、見ている方はここも痛いだろうなというのは分かっている。ただ本人が気づいていなかったら終わるまで言わないでおこうと思っていました」


「進化」よりも新しい形

 今は新たなシーズンへの準備を進める。

「今、彼が目指そうとしているのは、ジャンプもやらないといけないけれど、フィギュアスケートという本質、演技、つなぎ、表現、スケーティング。そういうところをもう一度やり直したいと話していたので、彼の中のフィギュアスケートというのを完結していける旅になったらいいかなと思っています。進化という言葉よりも、新しい形なのかなと。フィギュアスケーター宇野昌磨としてこれからの未来を作っていくのを見るのが楽しみです。彼のいい面は他の人と違う表現を見せることができるところだと思います。彼のスケーティングやスケートが好きですし、これからもサポートし続けたいですね」

出水慎一(でみずしんいち)スポーツトレーナー。国際志学園 九州医療スポーツ専門学校所属。 専門学校を卒業後、フィットネスクラブに勤務。18歳からスポーツ現場や整骨院で修行を続け、その後、九州医療スポーツ専門学校で学び柔道整復師の資格を取得。スポーツトレーナーとして活動する中でフィギュアスケートにも深くかかわり、小塚崇彦、宮原知子、宇野昌磨のパーソナルトレーナー等を務める。2018年平昌、2022年北京オリンピックにも参加している。

筆者:松原 孝臣

JBpress

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