世襲だけが歌舞伎じゃない、「閉ざされた世界」を払拭する期待のスターたち

2023年7月19日(水)12時0分 JBpress

「梨園=閉ざされた社会」「世襲」というイメージを歌舞伎に持つ人も多いですが、実際には大名跡、御曹司の順調なルート以外から頭角を現したスターも多く輩出してきました。長年歌舞伎研究に携わる児玉竜一さんに、歌舞伎の今を指南してもらうシリーズの第3回は、これから誰がトップに上り詰めるかに注目の「御曹司ではない」若手や次代を担う役者たちをクローズアップします。

文=新田由紀子 撮影=市来朋久


若くして父を亡くしながら、『刀剣乱舞』で主演・演出も手掛ける尾上松也

 7月の新橋演舞場は、『新作歌舞伎 刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)』。刀剣に宿る付喪神が戦士の姿となった刀剣男士を率いて歴史を守るという、人気ゲーム『刀剣乱舞ONLINE』をもとに、新作歌舞伎として初上演している。主役・三日月宗近を演じているのが尾上松也(38歳)で、今回は初演出もつとめており、歌舞伎公演でこの若さでの主演・演出は異例のことと言える。

 歌舞伎役者の中でも知名度の高い尾上松也だが、名門の出ではない。父の尾上松助は、尾上菊五郎が率いる音羽屋一門の門弟筋にあたる。

「松也は、もともと名子役でした。私は、1993年、国立劇場『鼠小紋春着雛形(ねずみこもんはるぎのひながた)』いわゆる鼠小僧での、松也の蜆売り三吉が特に印象にあります。

 自分が言いやすいように台詞を改変してしまう役者も多い中で、彼は子役ながら、黙阿弥の台詞をきっちりと発声して芝居をしていましたから、黙阿弥の文体が生きるんですね。当時から松也には演技者としての素質が感じられました」(児玉さん・以下同)

 ところが、松也は父・尾上松助を、20歳のときに亡くす。歌舞伎の世界で親がいなくなるとは、いい役がつきにくくなくなることを意味する。その境遇をはねのけ、歌舞伎では2009年から2017年まで毎年自主公演を続け、2015年に花形(若手役者)全員が20代の新春浅草歌舞伎で座頭をつとめて以来、若手の中心的な存在となっている。

 外部の舞台やミュージカルにも挑み、新感線☆RS『メタルマクベス』disc2では主演もつとめている。父を亡くしてから約20年。今や松也は、さまざまな舞台で活躍、ドラマやバラエティーなどテレビにもしばしば出演するようになった。

「ミュージカル『エリザベート』のルキーニ役では、うさんくさいところがなかなか魅力的でした。テレビドラマでも、非常にシリアスで辛辣な役から、コミカルな役まで上手いですよね。

 これらが、ある種の舞台度胸につながって、歌舞伎役者としても糧になっているのでしょう。身長があり押し出しがいいこともあって、若手のなかでも責任興行を任せられる立場を勝ち得てきたのは、立派なことだと思います」

 世阿弥が記した能の理論書『風姿花伝』には、「34、35歳までに芽がでないと、その後は期待できない」と書かれている。

「世阿弥の頃と今では、35歳という年齢の感覚が違いますが。それくらいまでに座頭をやっていなければ、その先さらに上がることが難しいのは、不思議に現代でも同じなんですね。松也は浅草の若手歌舞伎の座頭として『忠臣蔵』の大星由良助(おおぼしゆらのすけ)という屈指の大役まで演じ、今回は『刀剣乱舞』で演出まで手掛ける。様々な大きな経験が、生きているということですね」


「部屋子」から関西歌舞伎を背負う存在となった片岡愛之助

 ドラマ『半沢直樹』での独特の口調の敵役、また女優・藤原紀香の夫としても知られる片岡愛之助(51歳)。彼は一般家庭に生まれて、のちに歌舞伎界に入っている。

 子役として、テレビドラマに出演し、歌舞伎の舞台に立っているところを、当代片岡仁左衛門の父、13代目片岡仁左衛門(1994年没)に見いだされ、1981年に部屋子となる。その後1993年には、13代目仁左衛門の息子である片岡秀太郎(2021年没)の養子になった。

「部屋子にするというのは、弟子以上、御曹司未満として抱えること。“この才能は逃したくない”という子がいたときに、普通のお弟子より少しいい役が回ってくる立場に置くわけです。部屋子として抱えられて、さらに養子に迎えられる。坂東玉三郎がそうでしたし、若手では中村莟玉(かんぎょく)もこの道をたどっています。そして今や、愛之助は松島屋を背負っていく一人になりました」

 歌舞伎には、江戸歌舞伎と関西歌舞伎という、色合いを異にする大きなふたつの流れがある。江戸時代に上方を中心に発展した関西歌舞伎は、江戸歌舞伎がさっぱりとして勇壮なのに対して、柔らかみのある独特の世界を展開する。児玉さんは、愛之助が関西ネイティブで、関西の言葉を自在に操れるのが強みだという。

「関西歌舞伎でそれはとても大事なことで、できる役者がほとんどいなくなっている中、非常に貴重です。東京役者の上方芝居や、関西役者の江戸芝居があって、もちろんいいのですが、本家本元の上方芝居が健在でなくてはなりません。

 愛之助は、関西の劇場では早くから人気があり、どうやって全国区になるだろうと言われていたところで、『半沢直樹』のあの役で有名になったのはちょっと意外ではありますが。歌舞伎でも、『夏祭浪花鑑』の団七、『女殺油地獄』の与兵衛といったら愛之助、と言われるような持ち役もできています」

 8月には京都南座の『坂東玉三郎特別公演 怪談 牡丹燈籠』に出演する。


父が役者を廃業。大河ドラマも超歌舞伎も見事な中村獅童

 やはり知名度の高い中村獅童(50歳)も、スムーズな道を歩んできたわけではない。代々歌舞伎役者を輩出している萬屋に生まれるが、父は早くに歌舞伎役者を廃業。やはり、いい役がつかない10代を過ごしている。外部のオーディションに挑戦し続けた末に、2002年映画『ピンポン』の準主役で各種新人賞5冠を受賞したところから知られ始め、たくさんのドラマや映画に出演するようになる。

「歌舞伎の世界では、18代目中村勘三郎(2012年没)に見いだされて、いい役がつくようになっていきました。自分の存在を認めさせてのし上がってきたのは、やっぱり偉い。2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の十三人』の梶原景時。ああいうものに出てくると本当に上手いですよね」

 獅童が続けてきたもののひとつが超歌舞伎。バーチャルシンガーの初音ミクたちと獅童ら歌舞伎役者が、歌舞伎と最新のテクノロジーを融合させた舞台で繰り広げるエンターテインメントだ。2016年から幕張メッセでの上演がネット上に生中継され、京都南座などでも上演され、2023年12月には歌舞伎座での上演も決まっている。

「超歌舞伎は、獅童にしかできないでしょう。突然、古典歌舞伎のかっこうをして出てきて、歌舞伎に何の興味もない何千人の若者をあおれる役者はなかなかいません。

 絵本を歌舞伎化した『あらしのよるに』でも、心優しい狼という、ぴったりの役をつかみました。『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーⅩ』(2023年春)でも、抜群に上手かったですね。どうなるかわからない現代ものに対して、多くの役者は半歩の躊躇があります。そこを獅童は軽々と越えていって、いきいきと呼吸している。才能と自信を持ち合わせているのだと思います」

 歌舞伎座の八月納涼歌舞伎では『次郎長外伝 裸道中』と『新門辰五郎』に出演する。


20代の若さで主役に抜擢。注目される中村隼人

 歌舞伎やドラマの主役にも抜擢されて成長著しい中村隼人(29歳)は、2代目中村錦之助を父に持つ。

「中村獅童や中村隼人を“御曹司でない”という中に入れたら、それは違う! という人も多いでしょうが」と断りながら、児玉さんは中村隼人も注目の若手であると言う。

「ビジュアル先行ではあるけれど、多くの役を与えてもらって、場数を踏んで自信をつけ、技量があがってきました。顔かたちがいいのは、誰もが認めるわけで、あれを生かさない手はありません。

 ただし、現代的なかっこいいということと、歌舞伎の舞台で映えるということは、簡単にイコールではない。隼人は、身長177センチで小顔、ちょっと脚が長すぎて、舞台ではかえって決まりにくかったりもします。評価を上げたのはスーパー歌舞伎や『ワンピース』で、そこからいろいろな可能性をつかんでいきました。あの良さを古典歌舞伎の中にどう生かしていくのかでしょう。外部出演では今のところ、一番の当たり役と言えるのはテレビの『大富豪同心』かもしれませんね」

 BS時代劇『大富豪同心』は2019年にNHKで放映されたドラマで、2021年に『大富豪同心2』、現在は『大富豪同心3』がオンエア中。隼人は、主人公のちょっとぽーっとしたお坊ちゃまの同心役を演じている。

「見た目はすごくいいんだけど頼りない、でもまわりが何とかしてくれる。あれはどんぴしゃり」

 歌舞伎座の八月納涼歌舞伎では『新・水滸伝』で主役をつとめ、宙乗りも披露する。

 今後は、古典歌舞伎の中で、当たり役を作っていってほしいと児玉さんは言う。

「他の若手もそうですが、さらにスターになっていくには、他の役者には真似できない“これ”という当たり役を持たないといけないわけです」


伝説の大スター役者を作ったのは

 江戸時代中期、名門の出ではないながら頂点に上り詰めた伝説の歌舞伎役者が初代中村仲蔵(1790年没)。『仮名手本忠臣蔵』の斧定九郎を当たり役としたことをきっかけに、頂点にのぼりつめた。

 定九郎は、出番がほんのわずかしかない脇役。老人を殺して、流れ弾であっけなく死ぬ。それまでの定九郎は、汚い山賊のなりで出てきて引っ込むだけだったが、仲蔵は白塗りに黒羽二重、全身から水を滴らせる浪人姿で登場。撃たれたところで口から血糊を出すなどの工夫をほどこし、見物を熱狂させる。

 翌日から、小屋は定九郎を観るために客が押し寄せて、仲蔵は大スターとなっていった。仲蔵の大出世は落語や講談、小説などにも取り上げられ、2021年には、NHKが中村勘九郎と上白石萌音主演のドラマ『忠臣蔵狂詩曲 No.5 中村仲蔵出世階段』を放映している。

「仲蔵のように一代で人気役者になるには、観客の目が肥えてなきゃならない。観客がどういう方向を支持してスターになるか、です。

 昭和30年代から40年代に、中村勘九郎を名乗っていた中村勘三郎(2012年没)をスターにした観客は、昔からの歌舞伎の見巧者たちでした。彼らの目にかなって、勘九郎は子役スターになり、若手として活躍した。しかし、そこから長じて18代目勘三郎を襲名した時に取り巻いていた観客たちは、必ずしも古典歌舞伎を愛好しているわけではなかった。その間で彼はもがき苦しんだと思います。どういうスターができるかは、観客にもよるのです」

 中村仲蔵が舞台に立った江戸の歌舞伎小屋。観客たちは、盛り上がらないために「弁当幕」、つまり舞台を観ないで弁当を食べてしまう幕といわれている場面に出てきた仲蔵の工夫と芸の素晴らしさに驚き、静まりかえったと言われる。今の観客は、「令和の中村仲蔵」を見つけてスターにする目を持っているか。児玉さんは、時代が変わっている現代、その難しさを心配し、新作ばかりでなく普段上演される古典歌舞伎も観てもらいたいと望んでいる。


世代交代期の今こそ、目の当たりにできるもの

「今は数十年に一度の世代交代期」という児玉さんは、上の世代の輝きをしっかり目に焼き付けて観ておくことと、絶対面白くなる若手たちからのスター誕生をウォッチすることを勧める。

「40代の上の世代はすでに別格として、30代後半にさしかかる松也あたりから、20代、そして市川團子(19 歳)と市川染五郎(18歳)ぐらいまでの世代に、たくさんの若手がいます。清元延寿太夫を父に持つ尾上右近(31歳)に期待をかけない歌舞伎ファンはいないですし、父・中村富十郎が早く亡くなっている中村鷹之助(24歳)は踊りが達者です。

 彼らの中でそこそこの人気者は出てきたが、歌舞伎を背負う大スターになっていくのは誰なのか。古典も勉強していて、新しいものもできるということが必要でしょうね。

 いかに名門に生まれても、最終的に役者は実力次第です。名門に生まれたらまわりが全部おぜん立てしてくれて大丈夫だという誤解があるかもしれないけれど、そうはいきません。

 どんな名門の御曹司だったとしても、未熟なところをそのままにしていたらカバーしきれません。

 たとえば、中村吉右衛門(2021年没)は、若いころ声がでなかった。だから義太夫をやり清元をやり、のどを鍛えてあの声になって、名舞台の数々をつとめました。上がっていく人は、弱点を克服するために努力をしているのです」

 運も実力のうちというが、運を呼び込むためには準備していないといけない。児玉さんは、

「芸の神様は、必死に努力している人を見逃さない」ということに尽きるという。

「今のところ、まだ混沌です。歴史上、世代が変わるときには、いつも必ず誰かが抜け出してきました。そして『え?彼が?』と驚くほど、ぐぐぐっと伸びるんです。今は、それを目の当たりにできる、またとない時期ということですね」

※年齢は記事公開時点(2023年7月19日現在)。

筆者:新田 由紀子

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