「今となってはよかったな」パリ五輪で注目されたスポーツクライミング・森秋彩、大舞台で得た悔しさと喜び

2024年10月18日(金)8時0分 JBpress

文=松原孝臣 撮影=積紫乃


「私の実力不足」

 数々のアスリートが活躍し、印象的な光景もいくつも生まれたパリオリンピック。その一人に、スポーツクライミングの森秋彩(もり・あい)がいる。

 ボルダーとリードの2種目の総合成績で争われる「ボルダー&リード」に出場した森は迎えた決勝、前半のボルダーで7位。後半のリードでは完登まであとわずかなところまで迫り1位、総合4位入賞の結果を残した。

 決勝を通じて、ふだんクライミングを観ることのない人々を含め、森の存在は強く印象付けられた。その理由は2つの場面にあった。

 1つはボルダーでの出来事だ。4つある課題のうちの第1課題で、最初のホールドが高い位置にあり、森は何度飛びついてもつかむことができず、完登者も少なくなかったこの課題で、0点に終わった。森は決勝に進んだ8人の中で最も身長が低く、つかむことすらできない高さにホールドが設定されたことに対し、ルートの設定が公平ではない、不当だ、差別的だという声が渦巻いた。

 森本人は、こう捉えていた。

「物理的に不可能ではないと思うし技術があればできたと思うので、単なる実力不足だったと思います。『かわいそうだ』とか『仕組んだんじゃないか』とか反響が大きかったですけれど、決してそうではなくて、実際のところは私の実力不足です。以前から脚力の面、筋力の面の課題というのはあって、そこを出されてできなかったので自分の練習不足だし、決して意図して私を落とそうと思ったわけではないと思います。体格的に不利な分、自分がそれに合わせて実力をつけていくしか方法はないのかなと思っています」

 きっぱりと打ち消し、実力の問題であると自分に責任を帰した。森のアスリートとしての、人としての姿勢がそこにうかがえるようだった。

 思わぬ波紋を呼んだ出来事に加え、何よりも森を印象付けたのはリードだ。もともと得意とする種目にあって、地力を証明するように着実に登っていく。上部に入ってからの安定感もクライマーの中で図抜けていた。多くのクライマーが途中で脱落する中、森はトップホールドに手をかけるに至った。そのパフォーマンスに、観客席の多くの人がスタンディングオベーションで称えた。

 それでも森は目標としていた完登がかなわなかったことを「悔しい」と言う。そして大会を振り返ってこう語る。

「順位は気にせず行こうと思っていましたけれど、あと一歩でメダルとなるとやっぱりほしかったなという思いもありました。ただ、ここで獲っちゃうと安心、満足しちゃっていた部分もあると思います。それにこれだけいろいろな教訓、反省点があったら4位は妥当な順位だなとも考えています。メダルを獲ってしまうより、自分に悔しい思いをして奮い立たせられている。今となってはよかったなと思います」

 初めての大舞台は、これからへと進んでいく貴重な糧を手にした時間でもあった。


何もしない時間が嫌い

 10月6日には今シーズンのワールドカップ最終戦となるボルダーの第5戦で8位、リードの第6戦では2位、リードの年間順位でも3位となったように、世界のトップクライマーの一人として活躍する森は、ある意味、異色の立ち位置にいる。高校を卒業したあとプロとして専念するクライマーも多い中、大学に進み学業と競技を両立させていることだ。

「まず私は何もしない時間が嫌いなんです。今の生活スタイルは、学校は学校、練習は練習とメリハリをつけることで1個1個の要素を密度の濃い活動にできていると思いますし、私は向いてるんじゃないかなって思っています。平日朝8時半から午後4時半くらいまで学校に行って、その後の限られた時間の中でぎゅっと練習して、料理とか家事もして、という日常がけっこう好きです。学校でスポーツに対していろいろな視点から学ぶことで多様な考え方が身についてそれが競技にも生かせると思います」

 それ以上に、クライミングに対する深い思いから、両立という形を選んだことを森の言葉は伝える。

「私はクライミングが大好きだけど仕事にしたくなくて、だから学業と両立してやっています」

 仕事=プロになれば、どうしても成績を追い求めることになる。結果を出すことが優先される。それは森がクライミングに取り組む根本とはずれる。

 では、森がクライミングに打ち込む原動力はどこにあるのか。(続く)

筆者:松原 孝臣

JBpress

「クライミング」をもっと詳しく

「クライミング」のニュース

「クライミング」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ