「全員を世界選手権代表に…」全日本フィギュア男子“神演技”連発だった理由
2023年12月29日(金)8時0分 JBpress
文=松原孝臣
きっかけは直前の第3グループ
12月24日、フィギュアスケートの全日本選手権女子で優勝を決めたフリーのあと、坂本花織は言った。
「ほんとうに神がかった試合でした」
自身の出場した女子についてではない。前日に行われた男子フリーを観戦してのひとことだった。とりわけ最終グループは、まさにのちのちまで記憶されるべき、語り継がれるべき情景だった。
きっかけはその直前の第3グループにあった。グループ内第5滑走者の吉岡希が非公式ながら(以下同)、フリー、合計得点ともに自己ベストを大きく上回る演技を披露する。すると壷井達也が同じくフリー、合計得点で自己ベストを上回った。
その流れを最終の第4グループが継いだ。滑走者は順に、友野一希、佐藤駿、三浦佳生、鍵山優真、山本草太、宇野昌磨。
友野が場内の視線を引き込むシーズンベストと言ってよい演技で口火を切ると、2番目以降の選手たちが続いた。
6人誰もが完璧であったわけではない。細やかなミスもあったし、ミスとされなくても失敗する場面はあった。でもそれを陵駕する演技が繰り広げられた。現状の力をいかんなく発揮した。6人のスケーターそれぞれがテーマを持ち、シーズンを歩んできた。自身の長所をさらに伸ばすにはどうするか、これまでのカラーからいかに変化を遂げるか、課題をクリアするために、それぞれに挑戦を続けてきた。その1つの到達点が体現されていた。それぞれの演技がしっかり語られるべき内容を含んでいた。
最終結果は優勝が宇野、2位が鍵山、3位が初の表彰台となる山本、4位三浦、5位佐藤、6位友野。今大会後、世界選手権などの代表が発表され、世界選手権や宇野、鍵山、三浦。四大陸選手権は鍵山、山本、佐藤が選ばれたが、試合直後は「全員を世界選手権代表にしたい」という声も上がるほどだった。
それがおおげさでないのは得点という1つの指標にも表れている。6位友野の得点271・52点は、2022年の世界選手権で6位、2023年では7位に相当する。あるいはフリーの得点で6番目だった佐藤の得点183・24点は2022年大会では3番目、2023年では6番目に位置する。
得点という結果も含め、好演技続きのハイレベルな時間であった。
坂本の言葉を借りる。
「第3グループからほんとうにめちゃくちゃ熱くて、一緒に練習してきたたっちゃん(壷井)がやっと練習の成果を発揮できたのでそれはもうすごくうれしくて。第4グループになって(友野)一希がほぼクリーンな演技をして『いよいよ一希も表彰台常連か』って思ったらそうならずに。(佐藤)駿君もさすがだな、やっぱり(三浦)佳生君も意地見せたな、(山本)草太も感動で、『ちょっと待って、表彰台足りなくないかな』って思って。(鍵山)優真君もさすがだな、昌磨君こそさすがって感じで、誰が表彰台に乗っても文句ないぐらい熱い戦いでした」
戦う相手でありながら、お互いを高め合う仲間
ただ、前走者が好演技を披露すると、場内の熱気にもおされ、より重圧を感じてうまくいかないケースは少なくない。ましてや全日本選手権は、どの選手も「特別な舞台」だと言う大会だ。「いちばん緊張する」「プレッシャーが半端ない」ともしばしば耳にしてきた。世界選手権などの代表も懸かっているから、もてる力を発揮するのは容易ではないし、そろってそれが実行されることはそうそうない。だから今大会の最終グループは、ひときわ強い印象を残す。重圧を跳ね返し、むしろエネルギーに変えたかのような演技が、まるでバトンを渡すように続いた。
何がその原動力となったか。シーズンを通しての流れなどさまざまな要因はあるだろう。そのうえで1つあげられるのは、宇野と鍵山、山本がそろって練習する機会が多いように、切磋琢磨した関係であることだ。鍵山と佐藤も同年代としてジュニアの頃からライバルであり友人であると語っていたし、宇野と山本はジュニアグランプリファイナルに一緒に出るなど長年の関係がある。そして友野や三浦もまた、彼らと交流しつつ競ってきた。戦う相手でありながら、お互いを高め合う仲間でもある。そういう関係を築いてきた。競い合う選手の好パフォーマンスをネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに受け止めることができた力ではなかったか。山本の渾身の演技を目にして手をたたいて称賛した宇野の姿は1つの象徴だった。
演技を終えて、宇野は語った。
「ここで不甲斐ない演技をしてしまうとよくくないなっていうのはありました。もちろん自分が勝つことというのも大切でしたけど、ここまでほんとうに最高の演技で最高の試合で、やっぱり僕もいい演技をすることがこの試合を最高のものにするという思いがあったので、そこに結構焦点をあててジャンプを跳びに行きました」
第一人者としての自覚あふれるその言葉も示唆的だった。
坂本は最後にこう話している。
「見ていて『やっぱりスケートって面白いな』ってすごく感じました」
そしてきっと、これ以上はないかという熱気の中にいた6人のスケーターの、さらなる成長の契機ともなるだろう。
筆者:松原 孝臣