熊本の全盲72歳、タンデム自転車で「三十三観音」巡り…幼少期の記憶重ね疾走「人生まだ半ば」

2025年2月20日(木)16時6分 読売新聞

タンデムで坂道を下る福山さん(左)と池田さん

 熊本県相良村で鍼灸しんきゅう院を営む全盲の福山洋二さん(72)が、健常者と公道走行を楽しめる2人乗り自転車「タンデム」で、人吉・球磨地方の「相良三十三観音」の札所の走破を目指している。3月までを目標に、35か所のうち28か所を回り終えた。マラソンや野球、講演活動を続けてきた福山さんは、「人生まだ道半ば」と新たな道を走り続けている。(石原圭介)

 福山さんは村出身。左目は生まれつき見えず、右目の視力も先天性の視神経萎縮いしゅくで次第に低下し、25歳頃に見えなくなった。それでも、「一度きりの人生を楽しもう」とマラソンや視覚障害者向けの野球「グランドソフトボール」に挑戦した。「視覚障害者に対する偏見を解消したい」と小中学校で自身の体験談を語り、挑戦の大切さも伝えてきた。

 タンデムの旅は昨年11月にスタートした。1月中旬には、福山さんは錦町立木上きのえ小教諭、池田友輝ともきさん(27)と2人で乗り、自宅を出発した。操作用のハンドルは一つだが、サドルとペダルは2人分。前に乗る池田さんが「曲がります」などと声をかけながら、約3キロ離れた蓑毛みのも観音堂(相良村)へ向かった。

 後ろに乗った福山さんもしっかりとペダルをこいでスピードを増す。醍醐だいご味は疾走感だという福山さんは「上りはつらいけど、下りや平地で風を切る感覚が何とも言えない」と笑顔を浮かべた。道中、池田さんは「線路を横断します」「もう少しで上りですよ」などと細かくサポートする。

 走行中に池田さんが伝えてくれる地名、ただよう牛の臭い、草花の香り——。目が見えていた幼少期の記憶と重ね、景色を想像しながらペダルをこぐ。観音像が安置されたお堂に着くと手を合わせ、「嫌なことは全部忘れられる。心の洗濯ですね」と語った。

 タンデムと出会ったのは2023年、通っていた県立盲学校の同窓生が亡くなってからだ。柔道やアマチュア無線をともに楽しんだ先輩はタンデムにも親しんでおり、その長男から譲り受けた。すると、「(自転車に乗っていた)幼い頃に見た景色は今、どうなっているのだろう」と気にかかるようになった。「一度も巡ったことがない三十三観音を自分の足で回りたい」と挑戦を決めた。

 相良三十三観音巡りは江戸時代に始まったとされる。普段は見られない観音もあり、毎年春と秋の彼岸に一斉開帳される。統計が残る19年秋には、延べ2万8536人が車やバスツアーなどで観音巡りを行った。

 実際の観音堂は計35か所あり、全て回ると総距離は約100キロとなる。福山さんは毎朝、自宅の庭などで1時間ほど走り、腹筋や腕立て伏せもして鍛えている。

 孫ほど年が離れた池田さんとは23年、小学校での講演で知り合った。観音巡りの夢を語り、「(前に乗る)パイロットをやってほしい」と頼むと快諾してくれた。池田さんは「人との出会いや友情を大切にする福山さんに共感した」と語る。

 パイロットは他にも数人が担っており、支援の輪が広がっている。「目は見えなくてもできることはある。好奇心だけは負けない。新しいことに挑戦したい」。支えてくれる人に感謝しながら走り続ける。

ヨミドクター 中学受験サポート 読売新聞購読ボタン 読売新聞

「熊本」をもっと詳しく

「熊本」のニュース

「熊本」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ