「女の子がそばかすを受け入れる物語」が図書館から撤去…アメリカで続く「禁書」何が起こっているのか?
2025年3月9日(日)8時0分 文春オンライン

今年1月に発足したアメリカのトランプ政権は立て続けに反移民政策、トランスジェンダーの権利剥奪、反DEI(多様性、公平性、包括性)を打ち出し、有色人種やLGBTQなどマイノリティを激しく攻撃している。そんな中で2月、多様性に関する図書が国防総省が運営する米軍基地内の学校図書館から撤去され、審議対象になったと報じられた。その中には俳優ジュリアン・ムーアが20年前に出した自伝的児童書『フレックルフェイス・ストロベリー』も含まれていた。自分のそばかすが大嫌いだった女の子が人はそれぞれ違うのだと気づき、そばかすも受け入れていくという物語だ。これの何が撤去に値するのかと疑問が浮かぶ。
ニューヨーク在住のライター堂本かおる氏による『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』は、アメリカで2021年から続く「禁書」の動きを追い、実態を解き明かすものだ。ここでの禁書とは学区レベルでの決定や州法の制定に基づき、学校の図書館や教室から特定の本が排除されることを指す。先述の例は、この動きが最近、政権レベルにまで波及したことを表している。
私は昨年夏まで保守的なモンタナ州に住んでいた。田舎で住民の9割は白人と、堂本氏が暮らすニューヨークとは対照的な環境だった。しかしそうした違いに関わらず全米各地で人種や歴史、ジェンダーや性的指向に関する図書の禁書運動が起きている。堂本氏が詳述するように強硬派の共和党州知事を持つフロリダ州やテキサス州では特に盛んだ。黒人史を描く「1619プロジェクト」への批判を契機として、「親の権利」を掲げるマムズ・フォー・リバティーなどの極右団体がコロナ禍以降、マスク着用への反対運動などを通して影響力を強めた結果、禁書運動は全米に急速に広がった。
本書ではアメリカで禁書とされた本を中心とした約100冊の子ども向け絵本が紹介されている。黒人、LGBTQ、ラティーノ、イスラム教徒、アジア系など、今まさにアメリカで攻撃対象となっているマイノリティの豊かな歴史や経験、文化を描き出した絵本だ。黒人に関してはブラックカルチャーに精通する堂本氏の知見が存分に発揮され特に充実。これらの絵本は子どもたちが多様な人たちとともに社会で生きていく上で大きな助けとなるものだ。また、多様性こそがアメリカ社会の強みであることを如実に示しており、だからこそ多様性攻撃の文脈で敵視されるのだろう。実に豊かでクリエイティブな絵本文化に感嘆しつつ、子どもたちがそれらに簡単にアクセスできなくなる現状の理不尽さに怒りが募る。
トランプ政権の下、今後もアメリカでマイノリティ排斥や極右化が広がる可能性は高い。最終コラムにある禁書対抗運動の紹介も合わせ、世界的に広がる多様性排除の動きに対抗するためにも欠かせない一冊。
どうもとかおる/大阪府出身、NY在住。1996年に渡米、ハーレムのパブリックリレーション会社インターン、学童保育所インストラクターを経てライター。ブラックカルチャー、移民/エスニックカルチャー、アメリカ社会事情全般について執筆を行う。
やまぐちともみ/1967年、東京都生まれ。立命館大学教授。専門は文化人類学、フェミニズム。近共著に『宗教右派とフェミニズム』。
(山口 智美/週刊文春 2025年3月13日号)