「膨大な赤字を日本に支払わせるべき時が来た」若手実業家ドナルド・トランプが40年前に提言していた“驚きの政策”
2025年4月24日(木)8時10分 文春オンライン
トランプ米大統領の外交姿勢は、どんな経験から育まれてきたのか。その原点について、前駐米大使・冨田浩司氏の論考「 トランプ外交 2つの攻略法 」から一部紹介します。
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人格形成の原風景
トランプ外交は、特異な指導者によって導かれる特異な外交姿勢である。彼の人格形成の過程でその原点を探すと、一つの風景にたどり着く。
ニューヨーク・タイムズ紙の記者で、長年のドナルド・トランプ取材で知られるマギー・ハバーマンによる評伝、『コンフィデンス・マン』は、18歳のトランプがニューヨーク湾に架かるベラザノ・ナローズ橋の竣工式に出席した時の挿話で幕を開ける。
その式典において、当初は橋の建設に反対していた政治家たちが主賓として喝采を受ける中で、最大の功労者であるはずの橋の設計者が一顧だにされない光景を目の当たりにして、トランプは強い印象を受ける。20年後、トランプはあるインタビューでその時の経験を振り返りながら、次のように述べている。

「その時、そこで、私は、他人に思うがまま扱われることを許せば、愚か者にされてしまうことに気が付いた。(中略)その時、そこで、私は次のことを心に刻んだ。私は、誰からも愚か者の扱いを受けたくないということを」
「誰からも愚か者の扱いを受けない」という決意は、自らを侮った相手に対する復讐心の強さにもつながる。言い換えれば、貧乏くじを引かないことと、やられたらやり返すことが、彼の人生観、ひいては政治姿勢の根底にある。
さらに注目に値するのが、橋の設計者に注ぐ眼差しの冷淡さだ。彼にとっては、式典で適切に処遇されたかどうかが、その人の価値を決める基準であり、設計者の境遇や信条には関心がない。このように不遇な立場にあるものに対して驚くほど同情心を欠いていることは、トランプの人格の好ましからざる側面の一つだ。彼にしてみれば、不遇であることは、愚か者の証なのであろう。
トランプが職業軍人に対して敬意を欠く言動を繰り返していることも、こうした性格を考えると、腑に落ちる。2018年、訪仏中のトランプは、第一次世界大戦の戦死者を埋葬する墓地の訪問を天候上の理由でキャンセルした。その際、彼は、埋葬された米兵は「愚か者と負け犬だ」と述べ、周囲にショックを与えたとされる。トランプには、「戦争嫌い」という風評があるが、その背後には、戦争のために犠牲を払うことに価値を見出さない姿勢が潜んでいるのかもしれない。
「裕福な国々に『課税』せよ」
ベラザノ・ナローズ橋での体験がトランプの政治信条に転化して行く過程を示すのが、1987年にニューヨーク・タイムズ紙の紙面を買い上げて掲載した意見広告である。当時は、トランプが売り出し中の若手実業家として政界入りに関心を高めていた時期で、この意見広告も翌年の大統領選挙をにらんだ観測気球としての意味合いがあった。
時あたかも日米貿易摩擦の最盛期で、意見広告も、日本を名指ししつつ、米国に対して多大な貿易黒字を抱えながら、安全保障上のコミットメントに「ただ乗り」している国々に対して厳しい態度で臨むことを求めるものであった。その冒頭、トランプは「数十年にわたり、日本やその他の国は米国を利用してきた」と記しているが、そこには愚か者として扱われてきたことに対する怨嗟がにじみ出ている。
さらに目を引くのは、意見広告の結論として、以下のような提言が行われていることだ。
「我々の膨大な赤字を日本や支払い能力のある国に支払わせるべき時が来た。(中略)日本やサウジアラビアなどに同盟国として提供している保護の対価を支払わせよ。(中略)米国ではなく、これらの裕福な国々に『課税』せよ」
ここでは彼の人生観が通俗的な政策論に結びついていることが確認されるのであるが、驚くべきはこうした政治姿勢が40年近くたった今も変化していないことだ。「課税」という言葉を「関税」に読み替えれば、昨年の選挙運動期間中の演説の一節であっても不思議はない。
※本記事の全文(約9000字)は「文藝春秋」2025年5月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「 文藝春秋PLUS 」に掲載されています(冨田浩司「 トランプ外交 2つの攻略法 」)。
・トランプ外交の軸は「主権主義」
・既存秩序の打破が目的
・ポピュリズム政治の限界
・ウクライナ停戦交渉に見る焦り
・ゲーツ国防長官の警告
(冨田 浩司/文藝春秋 2025年5月号)