「ママの中に何人かの人格がいる」本人は覚えていないが…19歳の娘が心配する、トラウマを抱えた母親(53)の“異常な行動”
2025年4月26日(土)12時0分 文春オンライン
〈 3歳の娘の首を締め「半殺しにした」日常的に殴る蹴るの暴力も…加害者の母親が告白する、虐待行為をしながら“考えていたこと” 〉から続く
継母から日常的になじられ、実の父親からレイプされ、地獄のような思春期を過ごしたという滝川沙織さん(53歳・仮名)。その娘である滝川夢さん(19歳・仮名)も、深い心の傷を抱えて不安定な母との関係に悩み苦しんでいる。
ここでは、ノンフィクション『 母と娘。それでも生きることにした 』(集英社インターナショナル)より一部を抜粋して紹介。夢さんは、共に暮らすうちに母の中に「何人かの人格がいる」と気づいたという。別人格になってしまった沙織さんの驚くべき行動について語ってくれた。(全4回の4回目/ 最初 から読む)

◆◆◆
激昂の雄叫び
ママは二重人格なのかと、思うことがあります。
今、ママとすっごーく楽しく話してるなーと思えて、楽しい気持ちのまま寝ようと、部屋に戻るから電気を消した瞬間、「なんで、消すのー!」って、突然、怒鳴り始めるんです。
「ごめん、ごめん、たまたま消えちゃったから、明るくするねー」
そう言って謝っても、そこからずっと怒り続けるばかり。もう、何か、一瞬でスイッチが切り替わったみたいな感じで、前後に何の脈絡もないので、呆気に取られるしかないのです。
ついこの前も、私、(夢さんのボーイフレンドの)蒼くんがすごく優しいという話をしたんですが、ママが「パパに似ている」って言ってくるものだから、私、めっちゃ素早く、滑り込むように、「一緒にしないで」って言ったんです。そもそも、人と一緒にされたくないし、その人にしかないものがあるから。
その時はママがキッチンにいて、私が対面でリビングにいたのですが、もう、瞬間です。ママが持っていたパン粉のケースをガンと思いっきり、下に叩きつけるように投げつけたんです。
そして、激昂の雄叫びが飛んできました。
「一緒にしないでって、何! 私が今まで、育ててきてあげたのに!」
もう、いつスイッチが入るかわからない。「一緒にしないで」で入るなら、どこで入るかわかりません。(弟の)海くんもよく、「物に当たらないでください」って、注意しています。
ママの中に何人かの人格がいる
なんか、よくわからない料理を時々します。すごく、料理をしたい人がママの中にいるっぽいです。この前も、納豆と生魚と豆腐とゼリーとほうれん草と小松菜を、土鍋で焼いて煮たものを自分で作って食べているんですよ。部屋中、変な臭いが立ち込めていて、むせるぐらい。
調理法が間違っているのではなく、組み合わせが無茶苦茶で、何というか、ジャイアンの料理。ママは普段、右利きで料理しているのに、この料理が好きな人格の時は、左利きになるんです。
「美味しいから、食べな」
こう言われても、そんな気持ち悪いものは食べられません。
「今、お腹いっぱいだから」
拒否すると、今度は悲しむ人が出てくるんです。
「やっぱり、ママの作った料理なんか、要らないんだね。外食の方がいいでしょう? 外食に行ってきなよ。お金、出してやるから」
どうした、どうした。そんなこと、私、ちっとも思っていないのに。
翌日、キッチンに来て、「何、これ? 変な臭い」って、ママが言うんです。昨日、食べきれなかったので、ラップに包んで冷蔵庫に入れておいたのですが、それを見て、「何、これ?」って、覚えていないんです。その料理はママもさすがに食べられなくて、捨てるしかないんです。だって、ものすごい臭いですから。
多分、ママの中に何人かの人格がいます。一瞬で、切り替わるんです。私には、顔が変わるとかまではわかりません。私は、顔までは見えないですから。でも、人格が変わっていると思います。私は足音で、人を判断することが多いんです。この人の足音はこれだって、覚えているんですが、ママは確実に足音が変わります。低くなるんです。普段はトントントンなのに、ドンドンドンって、すごく変わります。
ただ、自我はあるというか、蒼くんが一緒に家にいる時は変わらないし、変わるのは家族の前だけです。今、「自我」と言いましたが、どこか、判断できる部分は残っていると思うんです。ですから、ママの別人格を知っているのは、パパと海くんだけです。それに本人もどこか、おかしいとは思っています。パン粉ケースを叩きつけた時も、後で「ごめん、ママ、少しおかしかった」って言いに来ましたから。
「変わる」っていうのも、何か理由があるなら、まだ理解できるんです。私が何か、ママの気に障るようなことをして、怒り出すならわかるんですよ。理由があって、「今まで、育ててきたのに!」って激昂するなら、まだいいんです。それは、私がスイッチを押しているから。
でも、普通に話を聞いていたのに、突然、ワーッて怒り出すから、どこに、何のスイッチがあるのかわからない。私、何もママに話しかけていないから、スイッチを押すことをしていないのに、勝手に自分でスイッチを押してのことなのか、押してるつもりもなく勝手にスイッチが入ったのか、とにかくパッと切り替わってしまうわけです。
安心できたのはトイレだけ
学校に行くのが嫌でほぼ家にいましたが、実は、家にいるのも嫌でした。その日のママによって変わるから、毎日、賭けに出ていたようなものです。今日のママは、どうなのか。ひどい時は永遠に愚痴、そして私への八つ当たり。
言うことが結構、コロコロ変わるんです。たとえば、こんな話をママにしたとします。
「前に話していた、かっこいい人から連絡が来てさー」
ママは、「いいじゃん、その人と遊びなよ」って言ったり、「遊んじゃダメだよ」って言ったり。3分前に話していたことと、真逆のことを言い出すわけです。1か月ぐらい経って、思考回路が変わったのならわかるんですけど、3分ですよ。
だから、相談事はしないようにしています。何を考えているのか、わからないから。
私、小学生の頃から、家の中で安心できたのはトイレしか、なかったんです。いつ、ママにスイッチが入ってしまうかわからないから、怖くてビクビクしていて、私には逃げ場がなくて、何か、拠りどころになるものもなくて……。パパは基本、何の役にも立ちません。部屋にいても、ママが入ってくるし、そのママがどんなママかもわからないし、トイレだけ、ママが入ってこないから、トイレはすっごく好きでした。お風呂場もダメです。ママが、「夢ちゃん、夢ちゃん」って入ってくるから。
今ならバイト先もあるし、友達もいるのでいいのですが、中学生までの私には何もなかったから、あの家ではトイレにいる時しか、安心はなかったんです。
ママの中に何人いるかわかりませんが、主人格はママとしても、別人格で子どもがいます。
ママの幼少期って、こんなかなっていう。ママは幼少期に甘えられなかったから、甘えっ子の、駄々っ子がいます。喋り方も、子どもみたいになって。それと、先ほど話した、意味がわからない料理を作る、めっちゃ料理をする人。
人間って、たとえ怒ったとしても、「そうなったのには意味があるね、ごめんね」まで、怒りの中にも幅広い感情をあわせ持つものじゃないですか。それが、ママにはできないんです。
マイナスになるかもしれない爆弾
怒りのスイッチが入ったら、怒りの感情しか出てこない。だから、「ごめん、言いすぎた」なんてことにはならなくて、ずーっと怒っているのです。
初めに、「悲しい」というスイッチが入ったとします。そこから、「怒り」のスイッチに切り替わったなら、「悲しい」という感情は、ママから全部、消えます。怒りのスイッチがオンになったら、悲しいスイッチはなくなります。スイッチは1個しか、オンにできないんです。怒りしかないので、ものすごく激しくぶつかってきます。そうなると、こちらの態度を変えても全く意味がないわけです。
昔は怖い人のママに怯えるだけでしたが、最近はこういう時、強い言葉をぶつけるようにしています。そうすると、泣き虫の子どもが出てきて、こうなると扱いやすくなることを、さすがに私も会得しました。
「もう寝な。疲れているんだし、お茶でも飲んで、寝な」
こうやって駄々っ子をあやすと、素直に寝ます。だけど、毎日、気分のわからない人間の相手をしなくちゃいけないのが、本当に面倒くさいわけです。
蒼くんは、お母さんを数年前にがんで亡くしているから、「生きているだけ、いいじゃん」っていつも言うんだけど、私は「そうは思わない」……とは口が裂けても言えなくて……。いなかったらいいなーって。自分でも、ママでも。自分がいない世界でもいいし、ママがいない世界でもいい。その方が、ラクそうだから。
私、日頃から「プラス」を求めないようにしています。「いいことがあったらいいな」程度に留めていて、「いいことがありますように」とは思っていなくて、マイナスにさえ、ならなければいいなと思って生きています。
ママとの生活は、「マイナスになるかもしれない爆弾」を常に持っていないといけないので、バイトが終わっても、「ああ、これから家に帰って、マイナスだったら、爆発するかも」って暗い気持ちに襲われます。爆発するギリギリまでバイトしないといけないって、自分で決めています。だから、帰るのは終電近くになっちゃうんです。ギリギリまでバイトしないといけないのが、めちゃくちゃ、しんどいです。プラマイゼロなら、全然、いいんです。
私、「マイナスになるかもしれない爆弾」と「プラスになるかもしれない爆弾」を、常に持っているんです。さおちゃんの感情が、ぴたっと止まった時に、マイナスになるかもしれない、プラスになるかもしれないって、ずっと思っていて、どっちだろ、どっちだろっていうのを、ずっとやってきているんです。それがもう、しんどいです。
だって、ずっと慎重に、その爆弾を持っていないといけなくて……。いつから、爆弾を持っていたのかと言えば、それはもう、小さい頃から持っていました。どこかで、きっと覚えたんだと思います。
解離性同一性障害
解離性同一性障害——、児童精神科医の杉山登志郎さん曰く「子ども虐待の終着駅」であり、虐待の後遺症で最も治療が困難な、重たい症状とされるものだ。
90年代以前は「多重人格」と呼ばれ、複数の人格を持つのが特徴だ。
沙織さんもまた、解離性同一性障害にあるかもしれないことが、夢ちゃんの証言から見てとれる。解離性同一性障害を持つ人の約95%が、性的虐待を受けた経験があるという報告もあるが、沙織さんの中に別人格が生まれたのは、実父により性行為を強要され、ずっと天井だけを見ていた、あの時なのではないだろうか。耐え難い屈辱、苦痛の時間を、おそらく沙織さんは別人格に変わってもらうことで、何とか、くぐり抜けることができたのだ。
そして、一切、治療機関によるケアがなされないまま大人になり、母となった。沙織さんに生まれた別人格は、そのまま沙織さんの中にいることに変わりはない。
以前、「ものすごく凶暴な自分がいる」と沙織さん自身、話していたことがある。凶暴な別人格も、きっといるのだ。
どこでスイッチが入るかわからない、ジェットコースターのような激しい気分変動を持つ母親と、一緒に暮らすことの苦しみのほんの一端を、夢ちゃんは話してくれた。
そこに、日常からのつながりはない。脈絡なく、母親が激昂し、泣き、甘えるわけだ。自分の母親にひとつながりの一貫性というものがなかったら、それは子どもにとって、寄る辺なき道を生きるようなものだ。いつ、どの母親の姿を信じればいいのか。楽しいと思っていたのに、突然、激昂する母親が出現するのだ。
「マイナスになるかもしれない爆弾」と「プラスになるかもしれない爆弾」を、ずっと持っていると夢ちゃんは言った。
できる限り、母親がマイナス爆弾を落としてメチャクチャにしないよう、プラスなんて望まない、プラマイゼロの平穏でいられるよう、極めて慎重に、その2つの爆弾を幼い頃から持ち続けなければいけない暮らしは、虐待環境そのものだ。
そこに子どもが子どもとして、安心してのびのびできる暮らしは皆無だ。今、ママが笑っていてうれしいなと思った途端、マイナス爆弾が全てを破壊する。
トイレしか安心できる場所がなかったという、夢ちゃんの子ども時代。
そればかりか、夢ちゃんが小学校高学年から中学生にかけて、一家は嵐に見舞われる。沙織さんの夫、滝川惇さんの不倫発覚を機に、沙織さんは壊れていく。
その嵐に、幼い夢ちゃんが無傷でいられるわけがない。夢ちゃんは「死にたい病」に、何年も苦しむこととなるのだ。
(黒川 祥子/Webオリジナル(外部転載))
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