企業で働きながら有事に駆け付ける「即応予備自衛官」制度、定数の半分割り込む事態に

2025年5月20日(火)10時15分 読売新聞

訓練で負傷者役を手当てする即応予備自衛官の平井さん(左)(福岡県春日市の陸自福岡駐屯地で)

即自部隊廃止で調整入り

 企業などで働きながら、有事には自衛官として国防や災害派遣の任に就く「即応予備自衛官(即自)」制度が危機に直面している。民間にも人手不足の波が押し寄せる中、「仕事との両立が困難」と敬遠され、初めて定数の半分を割り込んだのだ。中国の台頭で沖縄方面の防衛力強化を迫られる防衛省は、福岡県の即自部隊を廃止する方向で調整に入った。(池園昌隆)

 ◆即応予備自衛官=非常勤の特別職国家公務員で、有事には一般隊員とともに最前線に立つ。任期は原則3年。当初は自衛隊OBに限っていたが、現在は未経験者にも門戸を広げている。このほか、主に後方支援を担う予備自衛官(約3万2500人)や、予備自の候補となる予備自衛官補(約2600人)の制度もある。

本業は美容師

 陸上自衛隊福岡駐屯地(福岡県春日市)で今年2月、即自を中心に構成する第19普通科連隊の訓練が行われた。10人ほどの隊員が負傷者を手当てする手順を確認。「助けてくれ」「大丈夫か。止血するぞ」と声が飛び交い、本番さながらの緊迫感が漂った。

 「即応予備陸士長」として大分市から参加した平井しのぶさん(37)の本業は美容師だ。ボランティア活動に興味を持っていたところ、客の女性自衛官に教えてもらったという。日頃からランニングなどで体も鍛えていて、「いざという時に人を助けられる力になりたい」と意気込む。

 普段は運送会社や工務店などで働く隊員たちを率いる斉藤謙介3佐(37)は、「国を守ろうという高い意識で訓練についてきてくれており、頼れる仲間だと感じている」と信頼を寄せる。

欠かせぬ戦力

 自衛官不足に対応するため、陸自は1997年度に即自制度を導入した。年間30日の訓練に参加した人に手当を支給する。待遇改善策の一環で、今年度からは最高で年間約108万円に増額される見通しだ。

 2011年の東日本大震災で初めて招集されて以来、16年の熊本地震や24年の能登半島地震への派遣実績もある。19連隊の即応予備陸曹長、野上光正さん(54)(大分市)も東北で遺体捜索などに当たった一人だ。自衛官を一度退官した後、即自との二足のわらじで橋の部品を作る企業に勤めてきた野上さんは、「即自として残ったことで、少しはお役に立てたと思う」と振り返る。

 陸自幹部は「災害対応など自衛隊に求められる役割は増え続けている」とし、「防衛力を保ちながら、国民の保護や駐屯地の維持もこなすためには、即自の力が欠かせない」と語る。

運用効率化を

 ただ、定数に占める実際の隊員数を示す「充足率」は落ち込みが著しい。防衛省によると、23年度時点で、一般の自衛官約22万3500人が約9割を維持するのに対し、即自は3949人と定数(7981人)の半数を初めて下回った。

 複数の関係者によると、慢性的な欠員に伴い、過去の演習では即自部隊が想定通りに集まらない事態も起きた。防衛省は現在、第19連隊を含む即自部隊の再編を計画しており、同連隊は数年以内の廃止が検討されている。所属する即自隊員は今後、出動した部隊の代わりに駐屯地を守るなどの役割が与えられる見通しだ。

 海洋進出の動きを強める中国を念頭に、防衛省・自衛隊は南西諸島の部隊強化を急ぐ。那覇市の陸自第15旅団は27年度までに「師団」に格上げされることになっており、防衛省関係者は再編の狙いを「限られた人員や装備品の運用効率化を図る必要がある」と解説する。

「仕事との両立不安」…訓練で休み、トラブルも

 退職後は予備自衛官になりたくないと考える自衛隊員の7割が、「両立」への不安を訴える——。防衛省による2021年度の調査結果は省内に衝撃を与えた。

 「訓練で休む即自の従業員に同僚が不満を持ち、トラブルになった」と証言するのは、福岡県で企業を経営する男性(52)だ。「規律や指導法など自衛隊で学んだことを還元してもらえる」と社内に説明したり、企業にも給付金が出たりすることを伝えたことで解決したという。

 即自ら計23人を雇用する引っ越し大手「アート引越センター」(本社・大阪府)は20年、訓練に充てられる特別休暇や、招集期間を出勤扱いとする制度を導入した。同社人材戦略部の井石剛参事(61)は「閑散・繁忙期が分かれる業界だから導入できた」とし、国に「訓練の日数を減らすといった工夫も必要ではないか」と求める。

 東日本大震災当時、自衛隊制服組トップの統合幕僚長として即自の派遣を決断した折木良一さんは、「災害が広域化・激甚化している上、日本周辺で有事が起きる可能性も高まり、補完人材としての重要性は大きい」と指摘。「給付金の増額や訓練内容の効率化に加え、企業や国民から理解を得るための努力が政府には必要だ」と話す。

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