人口減・財政難に喘ぐ京都、市が踏み切った「新景観政策見直し」の行く末

2023年5月28日(日)6時0分 JBpress


建物の高さ・容積率規制を緩和する真の狙い

 コロナ禍でインバウンドが消失していた京都に活気が戻ってきた。GW中の人出は昨年比13.2%増の39万5000人だったと報じられている。

 5月中旬、取材で京都を訪れたが、平日にもかかわらず街なかや観光スポットはインバウンドと修学旅行生であふれ返っていた。先斗町では人気のお好み焼き屋の前に比較的若い世代の外国人男女が群れをなしていた。

 強烈だったのは、電車の混雑ぶりだ。伏見稲荷大社に向かうため、JR京都駅で朝8時台の奈良線の電車に乗ろうとしたが、乗車口まで人でいっぱい。中央線の通勤ラッシュ並みだ。なんとかスペースを見つけて乗り込む。周りは大学生とインバウンドばかりだった。

 5分ほどで最寄りの稲荷駅(京都駅から2駅目)に到着すると、乗客が一斉に降車した。伏見稲荷を参拝する外国人と近くにキャンパスがある龍谷大の学生たちだった。

 伏見稲荷もにぎやかだった。世界各地からやってきた観光客と修学旅行生たちがフォトジェニックな千本鳥居の前で記念撮影。コロナ禍のころの閑散とした光景がウソのようだ。

 観光需要の復活はひと安心だが、京都市は人口減と財政難という二つの大きな課題を抱え込んでいる。年間1万1913人の人口減(2021年・年間)で、2年連続で全国最多となった。財政は市債残高が1兆5000億円超もある。観光客が戻りつつあることぐらいでは喜んでもいられないのである。

 そうした状況下で京都市はこの春、大きな賭けに打って出た。2007年に歴史的な街並みを保存するために策定した「新景観政策」の見直しに踏み切ったのだ。

 4月25日から施行された新たな都市計画では、JR京都駅南側や市東部の山科地区など複数のエリアで建物の高さや容積率を緩和した。昔ながらの京町家が残る駅北側のエリアは変更しない。

 見直しの対象となった京都駅南側エリアでは、大通り沿いの高さ制限を現在の20〜25mから31mに引き上げた。市東部の山科駅付近は、大通りに面して一定の要件を満たす土地は高さ制限を撤廃。建物の1階部分に店舗を設けるなどの条件を満たせばタワーマンションも建設可能となった。

 高さ規制や容積率の緩和によりマンションなどを増やすことで子育て世代の人口流出を防ぐこと、オフィスや各種施設などの集積化を実現させることなどを通じ、人口増と税収増を図ろうというのが市の狙いだ。


市民の賛否も交錯する「新景観政策」の見直し

 今回の新都市計画案が浮上して以降、賛否が交錯した。昨年秋の決算特別委員会では、最大会派の自民が推進派となり、公明、京都党・維新、立憲民主などは肯定的な立場だったが、共産は「百年の計の景観政策を軽々に壊すことになる」と猛反対した。

 市民の反応も割れた。市の意見募集には869通、2445件の意見が寄せられた。市によるとおおむね7割が賛同となっている。京都市在住者が733人で全体の84%を占め、20代から70代以上まで幅広い世代が声を発し、関心の高さを物語っている。

『見直し案に対する主な御意見の内容と本市の考え方(案)について』という市の発表資料から、市の考え方と市民の声を紹介しよう。

 まず市の考え方はこうだ(一部抜粋)。

〈今回の見直しに当たっては、将来にわたって持続可能な都市の構築を実現するため、これまで時代と共に進化を続けてきた景観政策とも連動しながら、多様な地域のポテンシャルを最大限引き出せるよう、各エリアの土地利用の状況を精緻に分析し、「景観の保全・形成」「住環境の保全・整備」「都市機能の充実・誘導」の3つの観点のバランスを考慮しながら検討してきたところです〉

 見直し賛成の市民の声は、

〈人口減少や子育て世代の減少に対応するための都市計画に期待する〉
〈京都は景観や建築、都市計画上の規制が強すぎて自由な都市開発や経済活動の足かせとなっている。全域が古都保存地区ではないのにイメージや誤解が開発投資を妨げている面があり、これを払拭する意味で今回の見直しには大いに期待〉

 などで、新計画と開発に期待を寄せる人々がいることを示している。さらに、駅南部の規制緩和については〈京都駅の近くはもっと発展してほしい。南の方も寂しいので、大企業を誘致すべき。そのためにも積極的に規制緩和を行ってほしい〉など、規制緩和積極派もいる。

 一方、反対派はどうか。

〈50年後、100年後を見据えて定められた規制をたった15年で見直すのは納得できない〉
〈高さ制限を緩和することで地価が上昇し、ますます住みにくくなる〉
〈高層ビルが乱立するような風情のない京都にしてほしくない〉

 こうした市民の声が賛否交錯するなか、京都市は「新景観政策」の見直しに舵を切ったのだ。


タワマン建設が可能になれば人口流出は止まるのか

 今回、京都を訪れた際に京都駅周辺から南側のエリアを歩いてみた。

 駅の東側にあたる崇仁地区では、文化芸術を軸にした再開発が進み、市立芸術大が移転予定だ。南側エリア(駅東南部)にある東九条では、アート集団「チームラボ」と京都、大阪を基盤とする複数の企業による複合文化施設の建設計画が進んでいる。

 さらに九条通から油小路一帯では病院やホテルの建設工事が行われていた。この一帯は確実に変貌を遂げていて、いわゆる「京都らしさ」をあまり感じないエリアという印象を受けた。今回の見直しで高さ制限、容積率が緩和されたことで、さらに街並みが一新されていきそうな気配だ。

 問題は、規制緩和を盛り込んだ新たな都市計画で、人口減少に歯止めをかけることができるかどうかだ。

 これまで京都市内ではホテルの建設ラッシュや外国人による町家などの不動産取得に伴う地価上昇で住宅コストが上昇し、子育て世代が滋賀県の大津や草津、あるいは京都市郊外の周辺市などへ転出するケースが増え、人口減の大きな理由とされてきた。高さ規制、容積率緩和で、子育て世代が住むことができる住宅を供給できるようになるのだろうか。

 条件付きで高さ制限が撤廃された山科地区ではタワーマンションの建設も可能となった。今後、住宅供給戸数が増えることは間違いない。だが、子育て世代にはハードルが高いのではないかという指摘もある。地元の不動産関係者がいう。

「京都市中心部、いわゆる“田の字”と呼ばれるエリアのマンション事情ですが、新築だと3LDKで8000万円から1億円はしますね。JRで京都駅まで5分の山科地区の物件を見ると、3LDKで5000万円台半ばといったところ。すでにかなり高騰してきています。

 隣県(滋賀県)の大津市内となると、3LDKで4000万円を切ってきます。東京の人にはピンとこないでしょうが、大津から京都まではJRでわずか10分です。700戸超の大規模マンションとして話題になっている琵琶湖に近い物件は最寄り駅が膳所。それでも京都まで3駅13分です。こうした現状から、京都市内から大津市周辺に移り住む子育て世代が増えているのです」

 では、今後規制緩和で山科地区にマンションが増えれば、大津周辺に流出していた子育て世代を山科につなぎとめることはできるのか。

「供給面ですが、タワマンの建設も可能になるので住宅が増加することは間違いない。ただ、規制緩和で地価が上昇し、マンション価格が高騰する事態が予想されますから、子育て世代には手が出しにくい状況は続くのではないでしょうか」(前出の不動産関係者)


新たな企業誘致を進めるプロジェクトも進行中だが…

 規制がそのまま残る市内中心部はブランド価値がさらに上がることで、これまで以上に中国人など外国人投資家を含む富裕層限定物件となっていく。京都駅南部エリアは新たな複合文化施設やホテルなどが建設され、京都の新しい顔となっていく。街としては文化・商業ゾーンの位置づけだろう。

 市は企業誘致を進めるプロジェクト「京都サウスベクトル」を立ち上げ、駅南側での企業立地促進に力を入れている。京都ではこれまで、市内における企業立地の9割は、市内に拠点を構える企業の施設拡大などだった。最大1億円の補助金制度を設けて市外からの誘致を目指すというが、思惑通りにいくかどうか。

 コロナ前の2019年には年間5352万人の観光客(外国人886万人含む)が訪れ、世界有数の観光都市で名を馳せる古都・京都。歴史のある神社仏閣はもちろん、任天堂、京セラ、村田製作所、島津製作所、オムロン、ワコール、ニデック(日本電産)など個性的な「京都企業」の存在感も大きい。そして人口の1割を占める大学生や大学院生という学術都市の顔もある。

 そんな国際的都市が人口減、財政難に悩むことになった根本的原因はどこにあるのか。規制緩和による新たな都市計画で根本的な解決を図ることができるのだろうか。街並み保護の新景観政策策定の翌年、2008年に市長になり、現在4期目に突入している門川大作市長の真価が問われる局面だ。

筆者:山田 稔

JBpress

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