イーロン・マスクはいずれ切られる…リベラル層をも引き付けるトランプ新大統領の知られざる人間味と冷酷

2025年1月22日(水)16時15分 プレジデント社

2025年1月20日、ドナルド・トランプ大統領は、ホワイトハウスの大統領執務室で、2021年1月6日に議事堂を襲撃した被告への恩赦や、TikTok禁止措置の延期など数々の大統領令に署名した。 - 写真=EPA/JIM LO SCALZO/POOL/時事通信フォト

共和党のドナルド・トランプ氏がアメリカの第47代大統領に就任した。早速、WHO(世界保健機関)からの脱退や地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱に関して大統領令に署名するなど、前政権から大幅な方針転換を打ち出している。ジャーナリストの池田和加さんが、まだ20代の“ナイーブでお坊ちゃん”だったトランプがモンスターへ変貌していく様子を描いた映画の脚本家にインタビューした——。
写真=EPA/JIM LO SCALZO/POOL/時事通信フォト
2025年1月20日、ドナルド・トランプ大統領は、ホワイトハウスの大統領執務室で、2021年1月6日に議事堂を襲撃した被告への恩赦や、TikTok禁止措置の延期など数々の大統領令に署名した。 - 写真=EPA/JIM LO SCALZO/POOL/時事通信フォト

■「滅茶苦茶でべらぼうな人」トランプ第47代大統領の素顔とは


「カナダを51番目の州にしよう」「パナマ運河はアメリカ運河」「(デンマーク領)グリーンランドを買収しよう」「メキシコ湾の名前をアメリカ湾に変えよう」


34の有罪判決を受けたにもかかわらず、再び大統領に返り咲くという前代未聞のトランプ大統領は、2度目の就任前から荒唐無稽な発言で世界を振り回してきた。常識では計り知れないその思考回路を生み出すこの人はいったいどのような内面を持つのか——。


現在公開中の映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は、まだ20代の“ナイーブでお坊ちゃん”なトランプがモンスターへ変貌していく様子を克明に描いたとしてアメリカ本国だけでなく国内でも話題を呼んでいる。


本作は、政治ジャーナリストとして20年間トランプ大統領を追ってきたガブリエル・シャーマンさんが2017年から脚本を書き始め、2024年10月の本国公開まで7年もの時間をかけて、やっと公開することができた作品だ。


1月の日本公開を前にシャーマンさんは筆者の取材に「20代のトランプは、まだ“今のトランプ”ではなかったが、現在は3つのルールに基づいて行動している」と語り、日本の石破茂首相を含む現政権による、トランプ対策のお粗末さに警鐘を鳴らした。


■20代のトランプは、まだトランプではなかった


2016年の1回目の大統領選のとき、トランプの側近から「トランプは政治アドバイザーよりも、ロイ・コーンに教えられた“3つのルール”に従って動いている」と聞いたというシャーマンさんは、膨大な数の取材を経て、悪徳弁護士で有名だったロイ・コーンとの出会いがいまのトランプをつくったと確信した。


シャーマンさんによると、トランプの父の不動産会社が破産の瀬戸際に追い込まれた1970年代後半にトランプはコーンに出会い、前述した“勝つための3つのルール”を刷り込まれていったそうだ。


「ルール1:攻撃、攻撃、攻撃」
「ルール2:何も認めず、すべてを否定する」
「ルール3:何が起ころうとも勝利を主張し、決して敗北を認めない」

ニクソン大統領など大物顧客を抱え、勝つためなら不法行為も厭わないコーンのこの教えは、トランプをNYの不動産王へと変えていき、次第に“師匠”コーンをも凌駕するモンスターへ変貌していった。


シャーマンさんは、「トランプに哲学などありません。何をしようとも勝つことだけが正義。一方で、この3つのルールを知ればトランプを深く理解できる」と説明する。


■映画を観た人はトランプがもっと好きになる


トランプはどのような生い立ちだったのか。


映画では父フレッドが家庭で支配者として君臨し、子どもたちを常に言葉で虐待していた残酷な環境を浮き彫りにする。その結果、兄はアルコール依存症に陥り、命を落としてしまう。(これが、トランプが飲酒しない理由だ)。トランプは、幼い頃から愛情をかけてくれなかった父親代わりとしてコーンに思慕を抱いていたのかもしれないし、愛し愛されるという経験がないから「勝つことが正義」だと信じるようになったのかもしれない。だが、師として仰ぐコーンもトランプは裏切るような“悪党”になっていく。


画像=『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』より

また、映画はシャーマンさんの綿密な取材を基にトランプの秘密にしたい過去も暴く。


例えば、ダイエットのために飲み始めた薬のせいで勃起障害を患う。医師にエクササイズを進められても頑なに拒絶し脂肪吸引手術受けたり、頭髪の薄さを気にして頭皮切除手術をしたりする様子も映し出す。


さらに映画は、最初の妻イヴァナへのレイプシーンも盛り込んだ。このレイプシーンは、1989年の離婚訴訟でイヴァナの宣誓証言や1993年の自伝The Lost Tycoon: The Many Lives of Donald J. Trump」に基づいたものだ。しかし、イヴァナは後に「法的な意味でのレイプ」ではなく「感情的な痛み」と表現を改め、トランプも一貫して否定している。


2022年にイヴァナが亡くなっているため、真実は神のみぞ知るが、映画の製作陣はイヴァナの宣誓証言やイヴァナの自伝を信じているようだ。だが、この映画が2024年5月にカンヌ国際映画祭で上映された後に、本作の評判を聞きつけたトランプは大激怒し、弁護士を通じて「この映画を公開するなら、訴訟を起こす」と停止命令の手紙を送ってきた。結局、この映画は2024年10月11日に本国で公開されたが、自身のソーシャルメディア「Truth Social」で「このゴミの山を書いたゲイブ・シャーマンは低俗で才能のない野郎」と批判している。


興味深いのは、レイプシーンを含んだこの映画は大統領選の約3週間前に公開されたのに、トランプの選挙にはまったくネガティブなインパクトがなかったことだ。


シャーマンさんはこう考察する。


「そもそもトランプが大統領再出馬を決める前の2017年に脚本を書き始めたので、選挙に影響させる狙いを持って書いたわけではありません。この映画は政治的な目的のために作られたのではなく、エンターテインメントとして作られました。トランプという人間を見せるための映画です。保守層だけでなく、不思議とアンチであるはずのリベラル層もこの映画を観て、人間的な部分を知ってトランプを好きになる人も少なからずいました」


アメリカで人気の映画批評サイト「Rotten Tomatoes」でも、一般の観客から「私は保守派だけど、人間の誰もがもつ“強欲さ”や“恥を知らない”部分を表現するこの映画をとても楽しんだ」「トランプが好きでも嫌いでも、 すべてのアメリカ人が見るべき、バランスの取れた映画」との声が上がっている。


実際に、アメリカには隠れたトランプ支持者がいるとよくメディアで報道されているが、リベラルなのにトランプに“こっそりと”投票したという人を筆者は何人か知っている。人間的には好きではないけれど、あれほど世界から叩かれても負けないトランプの不屈の精神に惹かれたのと、そもそも、LGBTQやクリーンエネルギーなど日常生活に関係のないリベラルの理想主義に嫌気がさしていたからだと、彼らは口を揃えて言う。


そのなかでもひとりの女性は「絶対に人には言えないけど、逆境を克服したトランプはすごいと思う。ドラッグ、お酒やタバコもやらない自律心の高さもいい。それに子どもたちに囲まれたトランプを見て。たくさん子どもたちがいて、みんなが美しく、一流の大学ヘ行き、働いて成功している。勤勉、美しさ、成功、家族。誰も口に出して言わないけど、トランプがアメリカンドリームを体現していると感じるアメリカ人は多いと思う。トランプになると株価は上がるし」と話す。彼女はフロリダに住む、夫とともに2人の子ども育てるアッパーミドルクラスの女性だ。


「事実、約8000万人ものアメリカ人がトランプに投票しましたからね」とシャーマンさん。多くの“普通の”アメリカ人がトランプに魅力を感じているのだ。


日本国内にも、傍若無人に過激な言動を次々に発して同盟国に対してもお構いなしにディールするような「べらぼう」な人という印象を抱いている人が多いが、トランプの内面にはどこか人を引き付ける部分がある。それは、普通の人なら声に出して言えないような欲望をトランプが堂々と代弁してくれるからかもしれない。そして、建前や礼儀などを捨て去り、勝つための3つのルール“だけ”にしたがって生きるトランプを侮ってはいけない——。そんな気持ちにさせられるのである。


■めちゃくちゃな言葉に潜んでいるトランプの戦略とは?


モンスターに成長したトランプは国際関係において3つのルールを常に貫いている。各国との関係を対等なパートナーシップではなく、パーソナルなビジネス取引として扱う。必要以上に高い要求を突きつけ、そこから妥協点を探る——それがトランプ流の交渉術だ。


例えば、トランプは、昨年12月22日にアリゾナ州で開かれた保守系団体による支持者集会で「パナマが請求している通行料金は非常に不公平でぼったくりだ」と語り、「道徳的かつ法的な義務」を果たさなければ「パナマ運河を完全かつ迅速に、疑問の余地なく返還させる」と主張した。そして、パナマ大統領が動画メッセージでそれに反論すると、アメリカ国旗が掲げられたパナマ運河の写真に「アメリカ運河へようこそ!」という言葉を添えて「Truth Social」に投稿したという。(Forbes Japan 2024年12月24日報道


※パナマ運河は1977年までアメリカの管理下におかれていたが、その後はパナマに返還されている。


一見、めちゃくちゃに聞こえるこの発言だが、ここにはパナマを通して中国を牽制する意図が隠れている。2017年にパナマは台湾との国交を断絶し、中国と国交を樹立。その後、中国はパナマへの投資を活性化させているからだ。こういった荒唐無稽に見えて用意周到な発言こそが、トランプ流の交渉術なのである。


画像=『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』より

シャーマンさんはトランプの交渉術を次のように分析する。


「例えば、パナマが運河を譲ってくれなければ、パナマに攻め込んで占領する。誰もそんなことが起こるとは思っていませんよね。でもトランプがそう言ったことで、周りが勝手に交渉するようになるんです。私の観察によると、トランプはいつも最大限極端な発言から始めて、どんなチャンスが生まれるかを見ているんですよ。それが最初のルール『攻撃、攻撃、攻撃』の本質なんです。そこから相手がどう動くかを見ている」


トランプに馬鹿にされたトルドー首相でさえ、トランプに会いに行ったのに……。


そうした計算高いべらぼうな新大統領に、他国はどう対抗しようというのか。


現在、東アジアは非常に不安定な地政学的状況にいる。南シナ海における中国の野望は危険だ。日本単独の軍事力では中国に対抗できない現実を直視すれば、強固な日米同盟があってこそ、経済的に切っても切れない関係にいる中国との建設的な対話も可能になる。


だからこそ「51番目の州知事」と揶揄されたカナダのジャスティン・トルドー首相でさえトランプ再選後、真っ先にトランプの別荘マール・ア・ラーゴに駆けつけたのだ。それなのに、我らが石破首相は今年1月中旬の訪問を見送った。


1月20日の就任日までに、各国首脳が競うようにマール・ア・ラーゴに参内する様子は、まるでトランプが世界の皇帝であるかのようだが、個人的な関係を重視し、勝つことしか頭にないトランプの戦術を熟知しているからこその行動だろう。


画像=『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』より

尖閣諸島周辺での領海侵入や北朝鮮問題における中国の非協力的な姿勢を考え合わせると、より包括的なリスク評価として日米同盟を強化させなければいけない、というのは多くの専門家が述べていることだ。しかし、石破政権は中国人富裕層に10年ビザを新設し、自身の訪中をほのめかせている。同盟国なのにトランプを訪問せず、中国に擦り寄っていると国内外から批判する声も多い。トランプを熟知するシャーマンさんはこうした日本の中国重視外交について、どう見ているのか。


シャーマンさんは「そのアプローチはトランプを余計クレイジーにさせるだけでしょうね」と警告した。


「攻撃、攻撃、攻撃」「何も認めず、すべてを否定する」「何が起ころうとも勝利を主張し、決して敗北を認めない」を体現しているトランプを石破政権は怒らせようとしている。そう受け取られてもおかしくないことをしているのだ。1月20日のトランプ大統領就任式に駆けつけたゲストの席次がトランプの思惑を物語る。同盟国でもないインド外相が一番前に座っていたのに対し、岩屋外務大臣は後方に座っていた。


最後にシャーマンさんは、トランプに対してさらに興味深い考察を教えてくれた。


「トランプにとってイーロン・マスクはビジネスに利用できるだけの存在。彼に利用価値がなくなった瞬間、トランプはマスクとの関係を切るでしょう。いずれあの二人は決別すると思いますよ。トランプにとって、3つのルールが一番大事ですから」


ぜひ、石破首相にはこの3つのルールを知り、対トランプ外交を練り直していただきたい。「沖縄をアメリカの52番目の州にしよう」と言われる前に。


公開情報
アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
2025年1月17日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開


© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC./PROFILE PRODUCTIONS 2 APS/TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.


配給キノ・フィルムズ


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池田 和加(いけだ・わか)
ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 池田 和加)

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