トランプの"円安非難"発言は日銀にとって渡りに船…「年内の利上げ」はどの程度まで覚悟が必要か

2025年3月12日(水)12時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Manakin

トランプ米大統領は3月3日、円安・ドル高で米製造業が不利な立場に置かれたとして日本を名指しで批判した。これを受け、日本はどう動くのか。経営コンサルタントの小宮一慶さんは「国内企業物価は前年比で4%を超えており上昇傾向です。それを是正するためにも利上げしなければならない。そう考える日銀にトランプの発言はまさに渡りに船と言える。参院選への影響を懸念し慎重な姿勢の石破首相がどう判断するか注目だ」という——。
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「日本であれ中国であれ、ドルに対する通貨安で私たちは極めて不利な立場に置かれる」


3月3日、米国のトランプ大統領が、円安を非難する発言をしました。それにより円の水準が少し円高方向に動き、この原稿を書いている時点では147円前後です。今回のトランプ氏の発言で、最も喜んだのは日本銀行ではないかと私は考えています。


日本政府としては参議院選挙を控え、景気後退にもつながりかねない利上げには慎重ですが、トランプ大統領の円安懸念発言に対応せざるを得ず、そういった点では、日銀は自身が望んでいる利上げを行いやすくなったからです。


■前回トランプ政権時のドル・円レートと比べると


トランプ氏の発言は、ドルをもう少し円などに対して弱くしたほうが、米国の輸出が伸び、米国経済に有利だという考え方に基づいています。このことは、「タリフマン」と呼ばれるほど「関税」を課すことで、自国の立場を有利にしようとするトランプ氏のスタンスと一致します。


というのは、このところより対立を深める中国のみならず、カナダやメキシコといったこれまで比較的仲良くしてきた隣国に対しても「関税」をかけると何度も脅していることはご承知の通りです。


その脅しの意味すること。それは、関税を回避したければ、アメリカに生産拠点を移すべきだということです。そうすると、アメリカでは雇用も増え、生産量も増えます。それが米国内ですべて消費されるのなら、大きな問題はありませんが、過剰生産分は当然輸出されなければなりません。


その際に、現在の為替レートより、米ドルが安いほど輸出には有利です。ですから関税政策で米国に生産拠点を移転させ、雇用をさらに生むとともに、増加した生産分の一部を輸出させるには、ドル安が望ましいということです。


トランプ氏は「ドル安」というだけでどれほどのドル・円レートを想定しているかは分かりませんが、トランプ氏が納得するためには、少なくとも現状より10円程度は円高、つまり130円台くらいにはならないと円高になったという感覚は持ちにくいのではないでしょうか。


実は、トランプ氏が1期目(2017年1月〜2021年1月)に大統領となった頃の為替レートは今よりもずっと円高でした。図表1は2017年度からのドル・円レートです。


表でお分かりのように、その頃のドル・円レートは110円程度です。その後、2020年になると、コロナの蔓延が始まり、110円を切る水準に円高が進みました。


これには日米金利差が大きく関係しています。2017年から19年頃までは米国経済はそれほど絶好調ではなかったものの比較的安定していた時期で、米ドルの短期金利は1%から2%程度でした。そして、コロナ禍に入り、それを急速にほぼゼロまで低下させたのです。


その頃の日本の短期金利はほぼゼロの状態でしたから、コロナ禍前では日米金利差が2%前後、コロナ禍に入るとほぼ金利差はゼロという状態となりました。その時のドル・円相場は、ここで述べたように110円程度がしばらく続いて、コロナで110円を切る水準となったということです。


■金利を上げたい日銀


米国の現在の政策金利(フェッド・ファンド金利オーバーナイト:1日だけ銀行間で貸し借りする金利)は4.25%〜4.50%で、日銀の政策金利(コールレート翌日物:1日だけ銀行間で貸し借りする金利)は1月の利上げでようやく0.5%に。日米金利差は4%程度あります。


米国は、本来なら利下げをしたいところですが、消費などに若干の陰りが見えるものの、1月で3%の消費者物価、3.5%の卸売物価の前年比上昇率を考えると、、なかなか金利を下げることに踏み切れません。雇用もおしなべて好調です。中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)のインフレ率目標は2%なので、それとの乖離は結構あり、なかなか金利を下げにくい状況にあります。


そうすると、日米金利差で為替レートが決まる部分も小さくないので、トランプ大統領が望む円高・ドル安を実現するためには、日本の金利を上げる必要があります。


そして、日銀には金利をもう少し上げなければならない理由が2つあります。


ひとつは日本のインフレ率です。


図表2は、日米のこのところのインフレ率を載せてありますが、日本のインフレ率は現状、米国よりも高いです。特に企業の仕入れを表す「国内企業物価」は前年比で4%を超えており上昇傾向です。日銀もインフレ目標は2%ですから、現状を放置することはできません。「デフレ傾向からの脱却」と首相は時々発言しますが、デフレ傾向など全くないのが現状です。


さらに、ここで示した「消費者物価」は「生鮮を除く総合」と呼ばれる指数で、生鮮品特に野菜はご存じのように高騰しています。また、生活必需品の最たるものである米の値段も政府備蓄米の放出報道がなされているにもかかわらず高値が続いており、国民が容赦ない物価高を日銀が放置できる状況ではありません。


もうひとつ日銀は金利を上げたい理由は金融が正常化されていないことです。米国や欧州では、インフレ率のピークからの低下に応じて、金利を順次下げています。米国では政策金利はピークから1%程度下がっています。欧州も同様です。


一方、日本は、インフレ率は高止まりしているものの、2023年1月のピークの4.2%からはかなり下がっています。欧米の潮流は「利下げ」ですが、日銀が現状考えているのは「利上げ」です。周回遅れです。これは、2013年4月にはじまったアベノミクスの後遺症が残っている上に、日本経済の足腰が弱いことが背景にあります。


こうした現状においては、日銀はまず正常な金利に戻すことが金融正常化に向けて必要と考えています。そうしないと、今後景気が後退した時に金利を下げて、景気後退を防ぐという金利政策を取れないからです。


また、この連載で指摘してきたように、日本では個人金融資産が約2200兆円あり、そのうち約1000兆円が預貯金です。その預貯金が、金利が上がったとはいえ、0%台前半の金利です。インフレ率との差は2.5%以上あります。インフレはお金の価値の目減りですから、国民全体では年間25兆円程度実質的に損をしているということになります。


少し専門的に話せば「実質金利」は大幅なマイナスの状況です。実質金利は、実額の金利である名目金利からインフレ率を引いたものです。これは、お金を預けていれば大幅な損、借りている人はその分得するという状態で、健全な状況ではありません。もう少し実質金利を引き上げることが経済を健全化する上でも大切です。


こうした意味からも日銀はできるだけ早急に政策金利の引き上げを目指しているのです。


■さらなる金利高に備えよ


どこまで金利が上がるのかということですが、日銀としてはまず「中立金利」まで政策金利を引き上げることを考えています。中立金利とは、景気を過熱も冷ましもしない金利です。


昨年あたりには、日銀の政策審議委員の講演などでは、「中立金利は1%」という発言が相次ぎましたが、ここ数カ月のインフレ動向を考えれば1.5%という意見が出てもおかしくない状況です。


石破政権としては、7月の参議院選挙も控えて金利をあまり上げてほしくないというのが本音でしょうが、トランプ大統領の円安を望まない発言に全く無配慮というわけにもいかず、円高をある程度誘導するためには日銀に金利を上げてもらう必要が出てきたと考えられます。日銀にとっては渡りに船です。


そうしたことを考えれば、年内に1%まで短期金利が上がることを想定しておいたほうがいいでしょう。


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小宮 一慶(こみや・かずよし)
小宮コンサルタンツ会長CEO
京都大学法学部卒業。米国ダートマス大学タック経営大学院留学、東京銀行などを経て独立。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座2020年版』など著書多数。
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(小宮コンサルタンツ会長CEO 小宮 一慶)

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