「日本はアメリカの同盟国だから大丈夫」は幻想である…トランプ大統領が"追加関税"を連発する本当の理由
2025年3月12日(水)7時15分 プレジデント社
2025年3月6日、アメリカ・ワシントンD.C.のホワイトハウスの執務室で、署名された大統領令を掲げるドナルド・トランプ米大統領。 - 写真=EPA/時事通信フォト
写真=EPA/時事通信フォト
2025年3月6日、アメリカ・ワシントンD.C.のホワイトハウスの執務室で、署名された大統領令を掲げるドナルド・トランプ米大統領。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■「双子の赤字」に悩み続けるアメリカ財政
米国のマクロ経済運営、特に財政政策は、かつてに比べると健全性を失っている。とりわけ2008年の世界金融危機以降、政府による財政拡張が常態化していることが問題だ。
2022年から23年にかけての高インフレも、バイデン民主党政権による大型の経済対策の影響を受けたものである。こうした状況が今後も続き、さらに深刻化するようであれば、米ドルの基軸通貨としての信用力が低下する恐れが大きくなる。
1980年代の米国は、いわゆる「双子の赤字」(財政収支と経常収支の赤字)の存在に悩まされていた。うち財政赤字は名目GDPの5パーセントまで膨らみ、経常収支赤字も3パーセントまで拡大することになった(図表1)。
出所=『基軸通貨 ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩書房)
この双子の赤字を解消すべく、当時の共和党ロナルド・レーガン政権はドル安を志向し、ドル高是正のための国際協調を主要国に迫った。これがプラザ合意(1985年)である。
次に、2023年の米国の財政赤字を確認してみると、名目GDPの6.5パーセントであり、プラザ合意の時期よりも悪いことが分かる。一方で、経常収支赤字は同3.0パーセントと、1980年代半ばとほとんど同じ水準だ。財政赤字が深刻でも、経常収支と財政収支の差分である民間収支が潤沢な黒字を計上しているため、経常収支の赤字はGDPの3パーセント程度にとどまっているのである。
■問題は「財政が改善しないこと」
この間、二度の大きな経済ショックが米国を襲っている。一つ目が2008年に生じた世界金融危機(リーマンショック)であり、二つ目が20年に生じた新型コロナウイルスの世界的流行に伴う経済危機(コロナショック)である。
この二つの経済ショックを受けて、米国の財政は歳出と歳入の両面から大きく悪化した(図表2)。この間、財政赤字の改善は限定的だった。
出所=『基軸通貨 ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩書房)
二度の大きな経済ショックで米国財政が悪化すること自体は致し方のないことだ。問題は、その後も米国の財政が改善しないことにほかならない。その理由は、主に共和党の経済運営観の変質にあると考えられる。戦後来、二大政党制を取る先進国の多くでは、右派が成長を重視する経済運営を、左派が分配を重視する経済運営を担ってきた。米国では共和党が成長重視の、民主党が分配重視の経済運営を担ってきたわけだ。
リーマンショック後の米国を率いたのは民主党バラク・オバマ政権だった。オバマ大統領は景気回復を優先、2009年アメリカ復興・再投資法に基づいて大型の経済対策を打ち出し、同年9月に倒産した自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)を国有化するなど、財政拡張に努めた。
当時のベン・バーナンキFRB議長も三度にわたる大規模な量的緩和策(通称QE)を通じて金融緩和を強化し、経済と財政を支えた。
■巨額な公的債務と共和党の変容
その結果、米国経済は不況を早期に脱することに成功したが、一方で巨額の公的債務が残ることになった。従来なら、そうした巨額の債務を解消し、米国経済を再び活性化させるのが共和党の役割だった。
しかしその伝統は、2017年1月に誕生した共和党ドナルド・トランプ政権の下で大きく変わることになる。トランプ大統領が歴代の共和党の指導者と異なり、財政拡張を好んだためだ。
トランプ大統領はもともと不動産王として知られた実業家であり、民主党寄りの人物だった。しかし後に保守派に転向し、2016年の大統領選に共和党から出馬する。特定の人種や宗教に対する差別的かつ奔放な発言に対して共和党内から批判も寄せられ、当初は泡沫候補という扱いだったが、他の候補が決め手に欠けることもあり、共和党の予備選で勝利した。そして大統領選も制し、第45代の大統領に就任したのである。
2020年6月14日、ニュージャージー州ベドミンスターへの訪問を終え、マリーンワンを降りてホワイトハウスの南芝生を横切るドナルド・トランプ大統領(写真=ホワイトハウス/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons)
■トランプとニクソンの意外な類似点
就任後にトランプ政権は、法人税や個人所得税の最高税率を引き下げるとともに、貧困層の所得税も免除する減税政策を実施した。
通商面では保護貿易主義を唱え、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの離脱や大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)交渉の凍結がなされた。こうした政策運営は伝統的な共和党の経済運営観とは必ずしも相容れず、民主党寄りの側面が大きい。
同時に、独立性が保証されているはずのFRBに対しても、利上げ局面にあった2017年から18年の間、トランプ大統領は公然と圧力をかけた。この姿は、米ドル本位制を終焉に導いたリチャード・ニクソン大統領に似ているといっていい。
ニクソン大統領もまた共和党出身だったが、財政拡張を好むとともに、FRBに対して公然と利下げを要求し、タカ派の議長を解任してハト派の議長を指名したことで知られる。
■共和党で議論される脱ドル化制裁
米国でも、ロシアに対する経済・金融制裁をきっかけに、新興国のドル離れが加速する可能性が議論されるようになった。
写真=iStock.com/Pineapple Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pineapple Studio
この過程で、トランプ氏を中心とする共和党関係者(いわゆるトランプ主義者)が、脱ドル化を図る国に対し新たな制裁を科すことを検討するようにもなった。意図的に脱ドル化を図る国に対して新たな制裁を科すことで、ドル離れに歯止めをかけようという構想である。
米ブルームバーグが2024年4月26日付の記事で関係者の話として報じたところによると、トランプ氏の経済顧問らは、米ドル以外の通貨で二国間貿易を行おうとしている国に対して、同盟国か敵対国かを問わずにペナルティーを科す構想の検討を開始したという。具体的には、脱ドル化を企てたと認定した国に対して、米国が原材料や先端品の輸出を制限することを議論しているようだ。
また為替操作国への認定という手段も想定されているという。米財務省は連邦議会に対して、半期ごとに「為替政策報告書」と呼ばれるレポートを提出することで知られている。これは米国の貿易相引国のうち上位20カ国・地域を対象に、対米貿易黒字が一定の水準を超えた国に対して、為替介入などを通じて故意に自国通貨安を誘導していないかを調査してまとめたものである。
■「基軸通貨=米ドル」への固執と矛盾
米政府はこの報告書で「為替操作国」に指定された国に対して、追加関税などの報復措置に踏み切る可能性に言及する。そうすることで、米国は、指定国に通貨安の是正を迫ることができる。
なお民主党バイデン政権になってから、米政府は主要国間の協調を重視し、こうした手段を取ることはなくなっている。また「為替操作国」の前段階に当たる「監視対象国」に認定される国も減少している。
しかしトランプ氏の経済顧問らは、この仕組みを用いて、脱ドル化を企てている国に対して、追加の輸入関税を課すなどの懲罰措置を課せばいいと考えているようだ。そのためトランプ氏やトランプ氏に近しい共和党関係者が政権に返り咲いた場合、新たに脱ドル化という評価軸が含まれることで、為替報告書で「監視対象国」に認定される国が増えることになるかもしれない。
このようにトランプ主義者の中には、一種の強制力の行使を通じて新興国における脱ドル化を防ぎ、米ドルの基軸通貨としての位置づけを保とうとする動きがある。一方でトランプ主義者は、伝統的な孤立外交路線を重視し、米軍の在外活動に否定的である。
こうしたトランプ主義者たちの主張には矛盾がある。米軍が海外に展開し、国際秩序の安定に貢献しているからこそ、各国は米債や米ドルを購入しているためだ。
■トランプ政権は「脱ドル化」を決して許さない
覇権国でなければ基軸通貨を発行することはできない。覇権国は世界経済体制の頂点に立つとともに、その秩序を維持しなければならない。そうした力を覇権国が行使するからこそ、各国は米ドルを基軸通貨として信認する。
国際秩序の安定への貢献は、覇権国である米国に課された義務である。そうした義務を履行せずに米国が米債や米ドルを信用し続けろと要求したところで、各国はそれを受け入れないだろう。
土田陽介『基軸通貨 ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩書房)
米ドルそのものが、世界の経済・金融の秩序を安定させる「国際公共財」としての性格を持っている。確かに資金洗浄(マネーロンダリング)に代表される組織犯罪など、世界の経済・金融秩序に混乱をもたらす存在は、米ドルを用いた世界経済体制から排除されるべきだろう。またそうした存在が生まれないように、世界経済体制の運用ルールを厳格化することも、致し方がない措置である。
とはいえ、その米国が恣意的に世界経済体制の運用ルールを変更するようでは、米国は各国の信頼を失うことになる。本来、経済取引を決済する際にどの通貨を使うか、その権利は各国の政策自主権の範囲であり、さらにいえば、企業や銀行といった民間の経済主体の裁量に委ねられるべきものだ。しかし共和党のトランプ主義者たちは、脱ドル化を図る国に対して制裁を課そうとしているのである。
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)