2030年に物流の需給ギャップは34.1%の予測 なぜ日本の物流危機はDXだけで解決できないのか?

2025年1月17日(金)4時0分 JBpress

 企業経営において、自社ビジネスの方向性が世界の潮流と一致していることは、価値創出に欠かせない前提と言える。とりわけ経営者は、こうした潮目を読む「感度」を貪欲に上げていく必要がある。本連載では『BCGが読む経営の論点2025』(ボストン コンサルティング グループ編/日経BP)から、内容の一部を抜粋・再編集。世界有数の戦略系コンサルティングファーム「ボストン コンサルティング グループ(BCG)」のコンサルタントが提示する、2025年に重要となる10のマネジメント上の論点のうち「自動車」「物流」「アクティビスト」の3つのキーワードを軸に考察していく。

 第3回は、昨今の2024年問題にも象徴される「物流」(Chapter6:北川寛樹・豊島一清著)について考える。クラウドやAIなど、高度化する物流テクノロジーだけでは問題を解決し得ない、日本の物流業界が抱える特殊事情とは何なのか。


物流問題は地方と都市部で異なる

 物流の課題は2024年問題の指摘以前から存在していた。物流コストの上昇をどう抑えるか、顧客対応をより早く行うために物流のキャパシティをどう確保するのか——。

 こうした課題には、あくまでも物流は正常に機能するという前提があり、顧客視点、荷主視点、大企業視点で議論がなされてきた。行き着く解決策は“末端企業へのしわ寄せ”であった。要は現場の人間の働きに頼ってきたのであるが、その人手自体が絶対的に不足しているというのが、現在指摘されている問題である。これはもはや、物流業界を根本的に進化させなければ解決しえない。

 少子高齢化による労働人口の減少は日本全体の課題だが、物流業界は99%が中小企業で構成されていることと、後述する理由により特に深刻な状態となっている。そのうえで、2024年4月には物流の貴重な担い手であるトラックドライバーの時間外労働に年960時間という上限が設けられた。これにより、2030年には日本の物流の需給ギャップは34.1%に達するという試算もある。

 問題の影響は、まず地方で顕在化する。

 地方では、労働人口と消費人口の減少が同時に進行している。この変化は物流費を押し上げる。早晩、現在は沖縄宛てなどに設定されている「離島料金」のような「地方料金」が設けられる可能性が高い。これを負担するのは消費者だ。

 東京だけは事情が異なる。2040年頃までは、東京では労働人口は減るものの消費人口が増えるからだ。このため輸送キャパシティの奪い合いが発生し、「強い荷主」、つまり規模が大きく配送単価の上昇に耐えられる大手だけが勝つことになり、「弱い荷主」である中小企業はかつてのようには顧客に荷物を届けられなくなる。ただし、東京でも消費人口が減少に転じる2040年以降は地方と同じ課題を抱えることになる。

 これまでにも危機はたびたび叫ばれてきたものの、今回は「物が運べない」事態が現実のものとして目の前に迫っている。

 追加料金や遅延といったデメリットを被るのは、顧客や弱い荷主だけではない。強い荷主も、間接的に顧客の信頼を失う。なぜなら、サプライチェーンが長く複雑化しているいま、強い荷主の仕入先に弱い荷主がいることは十分に考えられ、弱い荷主からの原材料や資材の調達が遅れれば、それは出荷の遅れにつながり、販売機会と顧客の信頼の逸失に至るからだ(図表6-1)。

 課題が多い一方で、情報処理基盤としてのクラウドやデータ処理、生成AI(人工知能)を含むAI、現場の脱労働集約に寄与するマテハン(マテリアルハンドリング)や、マテハンと倉庫・配送・運行といった上位の情報処理をつなぐインテグレーション基盤など、物流を支えるテクノロジーも高度化している。単純に考えれば、こうした技術に投資し実装することで人手不足の問題にも解決策は見えてくるかもしれない。

 しかし、簡単にはそれを許さない日本ならではの物流事情がある。


日本の物流業界が抱える事情

 物流網は世界中に張り巡らされており、各国にさまざまな事業者が存在するが、なかでも日本の物流業界は極めて特殊であり、それが課題を複雑にしている。その事情とは次のようなものだ。

①顧客が求める品質も、現場が追求する品質も高い

 日本の物流は、高度な顧客要求に対応することで鍛えられてきた。それはさながら、日本観光に来た外国人が驚くほどの正確さで動く電車のダイヤに匹敵する。当日受注、当日あるいは翌日配送、そのための入荷、在庫管理、出荷管理は当然のこと、配送時の梱包品質まで高い。それが当たり前になっているので、少しでもそこから外れると品質が低いとみなされ、クレームに結びつく。

 最近はtoC(消費者向け)を中心に、制服を着用せず軽車両を使って配達するカジュアルな配送事業者も増えてはいるが、基本的にはドライバーを含む従事者の能力と使命感は高く、仕事も丁寧で細やかなためミスが少なく、互いに調整もしあっているので、担当が決まっていないタスクが放置されることもほとんどない。

 つまり、最初から付加価値がついた状態でサービスが提供されている。そして、そのレベルは事業者の努力によって上がることはあっても、下げることは考えられてこなかった。

②荷主との関係

 物流会社は荷主の都合、タイミングやリードタイム、ボリュームなどに合わせて荷物を運ぶことを要求される。これは海外でも同様だ。日本が異なるのは、「どこまでの精度で実行するか」という点である。

 日本の物流会社は、荷主の指示をそのまま遂行することが仕事であると考えている。荷主は物流会社に対して「この地域にこの曜日に配送できるか」などとは基本的に確認してこなかったし、物流会社も「その地域には何曜日に配送できない」「他の荷主と足並みをそろえてほしい」などとは言いづらい環境であった(最近は、徐々に交渉できる環境になりつつある)。

 一方の荷主も、物流会社を自社の荷物に付加価値をつけるパートナーではなく、要望すればその通りに対応してくれる機能とみなしている。荷主企業では商品設計、販売戦略、製造品質の担保などは戦略機能と位置づけられるのに対し、保管する、運ぶという物流の機能は顧客の要求に応えることが中心になる。

 自社物流であっても外部委託であっても、物流としての戦略企画を持つこと自体が、EC(電子商取引)や家電量販のように物流を競争優位性の根本に置く企業以外、稀有である。

③物流業界の気質

 物流企業も「物流でビジネスの価値を創出する」などのメッセージを掲げ、荷主企業からトランスフォーメーションパートナーとして見てもらいたいという意思は示しているものの、②の事情ゆえになかなかそのようには見てもらえていない。

 実際には物流会社は荷主にとってバリューチェーンのハブであり、そう認識する重要性を頭ではわかっているものの、実行に移せていないのが現状である。したがって、荷主の依頼には絶対に応える一方で、提供している価値に見合った値上げを要求することはほとんどなかった。

 これには長く続いたデフレも影響しているとみられる。国土交通省は2020年、物流会社が荷主との運賃交渉をする際の参考指標として「標準的運賃」制度を創設した。

 2024年には、燃料高騰分や高速道路料金なども適正に転嫁できるように運賃水準を引き上げ、荷待ちや荷役といった輸送以外のサービス対価の標準的水準、下請けに発注する際の手数料などの多様な運賃・料金を設定した新たな「標準的運賃」を告示しているが、荷主が物流会社に支払う費用が「昭和60(1985)年に決められたまま変わっていない」というケースもある(この通達を全物流企業が認識できていないことも問題なのであるが)。

④中小企業が多い

 物流企業は日本に約6万5000社超あり、そのほとんどを中小企業が占め、特定地域の特定顧客向けのサービスを提供している。また、規模が小さければ小さいほど2次請け、3次請けの割合が高い。業界団体や国も物流各社の得意領域、保有アセット、稼働率、実質単価、後継者問題等々の実態を把握しきれていない。

 これに対してはBCGも、実態を把握し具体的施策と投資余力を捻出するための対応策について関係各所と議論をしながら、課題解決にあたっている。現時点では旧態依然とした労働集約型に変化は見られず、汗水を流す現場人材の頑張りでどうにかしのがざるを得ない状況であり、IT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)にも手が回っていない。

<連載ラインアップ>
■第1回2030年代後半から自動車市場はピークアウトの予測 見逃してはいけない“EVだけではない”100年に一度の大変化とは?
■第2回 「EV普及率40〜80%」「自動運転レベル3〜4」を掛け合わせて予測 2040年の自動車業界を見通す3つのシナリオとは?
■第3回2030年に物流の需給ギャップは34.1%の予測 なぜ日本の物流危機はDXだけで解決できないのか?(本稿)
■第4回味の素などが共同配送するF-LINE、伊藤忠などによるフィジカルインターネット…企業間連携と新たな物流モデルとは?
■第5回世界で2番目にアクティビストが活発な日本 ハゲタカでない「エンゲージメントファンド」は企業価値をどう高めるか
■第6回資本効率、ガバナンス、TSR…アクティビスト対策と企業価値向上のために経営者が手を打っておくべきこととは?

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筆者:ボストン コンサルティング グループ,北川 寛樹,豊島 一清

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