東大合格者数42年間1位の開成に"深海魚"はいない…入学初の中間試験で「43人中42位」でも全然平気な仕組み

2024年2月2日(金)11時15分 プレジデント社

撮影=プレジデントオンライン編集部

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わが子の自立心や社会性はどうすれば育てられるのか。開成高校の元校長・柳沢幸雄さん(現北鎌倉女子学園長、東京大学名誉教授)はSAPIX YOZEMI GROUP共同代表・髙宮敏郎さんとの対談の中で、「開成では部活や運動会などを通じて学年の垣根を超えたタテの関係性の構築を大切にしていた。また、子供は生物として自立の本能が備わっているが、親には子離れの本能がないので注意が必要だ」と語っている——。

※本稿は、髙宮敏郎『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること 最難関校合格者数全国No.1 進学塾の教育理念』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。


撮影=プレジデントオンライン編集部

■「社会性」をどう養うか


【髙宮】都市部では特に、マンションの隣室に誰が住んでいるかも分かりませんし、勝手に出入りできないよう何重にもセキュリティがかかっているので、近隣住民や地域でのつながりをつくりにくい時代になっていますね。


【柳沢】その通りです。そんな時代に生きる子どもにとって「社会性の育成」が叶う場は、いまや学校くらいしか残っていないということでもあるのです。「知育」の面だけでいえば、一番教え方が上手なのは、予備校や学習塾なのかもしれません。しかし、塾で過ごす時間には限りがありますから、「社会性の育成」までは期待できません。


開成高校の元校長・柳沢幸雄さん(現北鎌倉女子学園長、東京大学名誉教授)(出所=『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること

そう考えると、生徒と教師の関係と、同年齢の生徒同士の「ヨコ」の関係、先輩と後輩の「タテ」の関係、その三つの関係性から、社会性を身につけることができる学校という場は、「社会性の育成」における絶好の環境といえるのです。年齢や属性の異なる人たちと、どう馴染んでいき、どう存在感を出せるか。それらを体験的に学ぶことが、学校に託された大きな役割になっていると考えています。


【髙宮】今や地域社会が失ってしまった役割を、学校が背負っているというわけですね。「タテ」や「ヨコ」の関係性でいうと、開成には、ボートレースの応援や部活動、運動会など「タテ」のつながりが目立つイベントや仕組みがたくさんありますね。


【柳沢】それは、「タテ」の関係性の構築こそ、最良の教育法だと考えているからです。新年度における開成の教員の最大の任務は、新1年生を部活動に参加させることです。その後は、良いことも悪いことも全て先輩が教えてくれます。教師一人では、クラスにいる数十人の面倒を見るといっても限界がありますが、その点、少し年上のロールモデルが近くにいる環境を与え、「自分もああなりたい」という先輩を見つけてさえくれれば、あとは放っておいても自然に成長するものです。


特に開成中学校は、それまで小学校で一番だった子どもたちが集まってくる学校です。そうすると、5月末の中間試験で「43人中42位」など、それまで見たことのない数字を目の当たりにすることになります。そこで意気消沈しないための仕掛けとして、部活動があり、運動会があるのです。


【髙宮】現在、学園長を務めていらっしゃる北鎌倉女子学園にも、そういう仕組みがあるのでしょうか?


【柳沢】実は、今の学校に赴任して一番印象的だったのが「タテ」の関係が弱いことでした。それを受けて、新しく「理系教科委員会」を発足させました。例えば、トップ校には、数学オリンピック出場を目的にしたクラブ活動がありますね。


それと同じように、数学系・理科系・情報系の検定に、学年を越えてチャレンジする団体をつくろうと考えたのです。数検ならば、1級から11級まで幅広いレベルが設定されており、自分の実力に合わせて挑戦できます。週2回、部活動のように集まって、問題を解いて、実力を上げていく。そこには学年の壁もカリキュラムの違いもありません。


といっても、ここでの目標は、級の取得を目指すことではなく、いろいろな学年の子どもが集まる場を設け、タテのつながりをつくることなのです。


【髙宮】鎌倉市の観光ガイドのボランティアにも積極的に取り組んでいるとお聞きしました。それも「社会性の育成」を意識したものですか?


SAPIX YOZEMI GROUP共同代表の髙宮敏郎さん

■晴れの入学式で保護者に「子離れ」を訴えるワケ


【柳沢】そうです。学校以外の場所で、生徒同士が交流しながら一つの目標に向かって力を合わせることと、鎌倉の地域特性を掛け合わせた試みです。また、「生徒広報部」といって、受験生やその保護者が来校した際に、学校紹介や校内案内を担当する高1〜3生による組織もあります。入学したばかりの高1生が入部すると、学校の様子も分かるし、先輩とのつながりもできて一石二鳥というわけです。



髙宮敏郎『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること 最難関校合格者数全国No.1 進学塾の教育理念』(総合法令出版)

【髙宮】どれだけインターネットが発達しても、学校や教室といった「リアルな場所」でしか養えない力があるということですね。そういう意味で、特定のキャンパスを保有せず、オンライン授業のみで展開するミネルバ大学のような学校が、今後どういう人材を輩出し、社会にどんなインパクトを与えるかは興味深いものがあります。


以前、「開成からミネルバ大学の合格者が出たけれども、その生徒は結局、伝統的なアメリカの大学に進学した」というお話を伺いました。情報が少ない中で判断するのは難しいでしょうが、先生はミネルバ大学についてどうお考えですか。


【柳沢】前提となる条件を整理しますと、そもそも大学教育が満たすことのできる事柄には二つあります。一つは職業訓練。もう一つは、学問を志す学生に対する教育、つまりリベラルアーツです。


ドイツはそのあたりの線引きがはっきりしていて、職業教育は高校段階から分けて行っています。リベラルアーツをオンライン授業で学べるかどうかは難しいところですが、職業教育は間違いなくできるでしょうね。国家試験のための勉強などは向いているだろうと思います。


【髙宮】知識なり、スキルなりを身につけることはできるということですね。


【柳沢】ただし、仮にそれで医学部に受かっても、患者の顔を見ずに問診するようなお医者さんに育つかもしれません。「診察はできます。でも、患者と目を合わせられません」では困りますよね。


髙宮「社会性の育成」と関係するかもしれませんが、先生はよく、入学式の場で保護者に「子離れをしてください」とお話しされるそうですね。親離れできない子ども、または子離れできない親には、後々どういった問題が起きると考えられますか?


【柳沢】動物の成長過程において、子育ての最終的なゴールは何かと言えば、「親が死んだ後も、子どもが一人で生きていく力を身につけること」です。


では、どういうステップを踏んで子どもは自立していくかというと、一つ目の関門は、2歳くらいから始まるイヤイヤ期。そして二つ目が、10代前半に訪れる反抗期です。それらに共通するのは、「自分の気持ちを説明する言葉を持っていない」ことです。


例えば、2歳ぐらいの子どもは、身体的な発達が進み、自分の興味があるところへ歩いて自由に移動できるようになります。その一方で、言葉の習得が十分ではないので、思っていることが大人に伝わらず、そのもどかしさから「イヤイヤ」と言って反抗が起きるのです。次に10代の反抗期ですが、これは第二次性徴が引き金になります。体の中で起きている変化を自分の言葉で説明できないので、その戸惑いが反抗的な態度につながるというわけです。


子どもが反抗するのは、生物として自立の本能が備わっているからです。しかし、親には「子離れ」の本能がありません。なぜなら、子どもが一人前になる頃、動物の親はたいてい死ぬからです。


ところが、平均寿命が100歳近くなる今の人間は、子どもが自立したあとの時間が60年ぐらい残っていますね。そこで、親が意識して子離れしないとどうなるか。待っているのは「8050問題」です。80歳になるまで子どもの面倒を見ますか? 50歳の子どものパンツを洗いますか? それが嫌だったら、「子どもが離れるときに、親も手を離しなさいよ」と伝えたいのです。


【髙宮】開成では、母親と息子の関係についてよくお話しされていましたが、今の学校に移られて、母親と娘の関係も難しいと感じられることはありますか。


【柳沢】一般的に、親というのは同性の子どもには厳しく、異性の子どもには甘いものです。例えば、同性の子どもに対しては、自分の経験が基準になるので、つい余計なことまで口出ししてしまいます。しかし、異性の子どもについては分からないことが多く、特に母親にとっての男の子は宇宙人のようなものです。そうなると、「この子が何を考えているのか、とうてい理解できない。理解できないけれど、そこが可愛い」と過度に甘やかしてしまうのです。さらにたちが悪いのが、そうした言動が無意識に行われていることです。その点を意識するだけでも、親子関係は改善できると思っています。


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髙宮 敏郎(たかみや・としろう)
SAPIX YOZEMI GROUP共同代表
1974年、東京都生まれ。1997年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)に入社。2000年、学校法人高宮学園代々木ゼミナールに入職。同年アメリカ・ペンシルベニア大学へ留学し、教育学博士(大学経営学)を取得。帰国後、財務統括責任者を務め、2009年より現職。学校法人高宮学園代々木ゼミナール副理事長、株式会社日本入試センター代表取締役副社長も兼務。「教育はサイエンスであり、アートである」をモットーに、これからの時代を担う子どもたちの教育を支える活動を行っている。本書が初の著書となる。
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(SAPIX YOZEMI GROUP共同代表 髙宮 敏郎)

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