俳句や短歌を始めなくてもいい…日常生活にある「脳内ネットワークを強化し認知機能を活用する」絶好の機会
2025年2月14日(金)7時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/lielos
※本稿は、大武美保子『脳が長持ちする会話』(ウェッジ)の一部を再編集したものです。
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■頭と体を同時に働かせる「コグニサイズ」
認知機能を保つ方法というと、「脳トレ」を思い出す方も多いのではないでしょうか。脳トレ博士として知られる東北大学の川島隆太教授が提唱された脳トレや計算ドリル、記憶力ドリルなどが素晴らしいと思うのは、できたかできないかがその場で確かめられることです。「1足す1は?」と問われて「2」と答えられたら、数字と演算子を聞き取る、聞き取った内容を処理する、処理した結果を話す、というすべてのステップにおいて頭の中が正しく動いたとわかります。
買い物などで求められる複雑な計算ができなくなった認知症の人でも、一桁の数字の計算ができることがあります。そのような状態の人にとって、「ここまでならできる」という難易度のものに取り組むことは、自信を取り戻すことにつながります。
国立長寿医療研究センターの島田裕之先生らは、頭(認知課題)と身体(運動課題)を同時に働かせ、心身の機能を効率的に向上させる「コグニサイズ」を提唱されています。
たとえば、数字を声に出して数えながら、3で割り切れるときと、その数字に3が含まれるときに手を叩く、といったエクササイズがあります。難易度を変えることができ、最初は3で割り切れるときのみで手を叩きます。これは比較的簡単です。
次に、3で割り切れるときと、その数字に3が含まれるときに叩きます。これも何とかなるでしょう。
最後に、これに加えて、両方を満たすときには叩かない、というルールを加えると、難易度が上がります。この場合、3、30、33では叩かないのが正解ですが、このルールを、3の後、30や33まで覚えておくのはなかなか大変です。
手だけでなく、足を加えたり、ルールによって身体を動かす場所を変えたりすると、どんどん難しくなります。
■歩きながら計算する、歩きながら数える
普段はまだ、自分の認知機能に特に問題を感じないという方でも、コグニサイズに取り組んで、だんだんルールを難しくしていくと、どこかのレベルで、これは難しい、練習しないと時々失敗する、というレベルに当たると思います。自分の認知機能がどのような状態にあるのかが、直感的にわかります。
その他にも、歩きながら計算する、歩きながら数えるといった方法を提案されています。これはまさに複数のことに同時に目を向ける課題で、「注意分割機能」が活用できます。そして、コグニサイズも脳トレと同じように、できたかできないか、アウトプットが一目瞭然で、自覚しやすいのが良いところです。
島田先生はさらに、コグニサイズの考え方を日常生活の中で取り入れたライフスタイルである「コグニライフ」も提唱されています。たとえば買い物ならば、漫然と行うのではなく、スーパーへ出かける前にメニューと購入食材を決め、なるべく徒歩で出かけ、覚えておいた食材をピックアップする「一筆書きショッピング」があります。店の入り口から最終地点のレジまで売り場順に食材を選び、一筆書きをするように店内を巡ります。何度も同じ売り場を通らず、ウロウロしたり逆戻りしたりしないということですね。計画力、記憶力を活用することになります。
■アウトプットすると脳内のネットワークが強化される
脳の基本的な仕組みとして、アウトプットすると脳内のネットワークが強化されることが知られています。たとえば、漢字を覚える際、見るだけでなく書いたほうが記憶の定着が良くなります。英単語も書くだけでなく発音しながらやると良いことは、よく知られているでしょう。放っておけば忘れてしまうような自分の体験も、人に話すことで記憶に残るということがあります。これもアウトプットの効果です。
「明日あの人に会ったら、この話をしよう」。そんなふうに考えることが、誰にもあると思います。「この情報をブログにアップしよう」「このアイデアを企画書に盛り込もう」という具合に、体験や情報を頭の中に留めておいて、アウトプットするのは日常茶飯事です(図表1)。ただ多くの場合、何気なくやっていて無意識です。無意識の場合、たまたまその必要に迫られればするけれども、その機会がなくなるとしなくなることも考えられます。今、アウトプットをする機会が十分にある人は、ぜひ適当にやり過ごさず、機会を活用するのが良いと思います。最近そのような機会が少ないと感じる人は、意識して作ることをおすすめします。
図表=『脳が長持ちする会話』
■本当に頭を使ったかどうかを確認する方法
「明日伝えよう」と思っていて忘れてしまったとしたら、忘れてしまったのですから、脳はアウトプットしなかったことになります。外からはうかがい知れない頭の中ですが、本当に頭を使ったのかどうかを明らかにすることは可能で、確認する有効な方法が、コミュニケーションを通じたアウトプットなのです。何かしらアウトプットできたということは、そのアウトプットに必要な活動を脳が行ったらしいということが確かめられます。
認知機能を保つために、「公園へ出かけて観察しましょう」「もっと人生を楽しむ方法を考えてみましょう」と提案したとします。実際に、本人が観察し、考えたとしても、本当に観察したか、本当に考えたかどうかはわからないわけです。きちんと課題をやったつもりでも、頭の中に課題を置いてぼんやりし、「観察した」「考えた」と思っているだけの可能性もあります。
また、脳はアウトプットしようと思っているから覚えてくれます。何かに感動したり、驚いたり、新しい発見をしたことを覚えておいて、誰かに伝えようと考えているだけで、脳はそのように働こうとするのです。
■どんな会話も認知機能を活用する絶好の機会
小説家や俳人、歌人などクリエイティブな活動を行っている人は、とても精密に自分の体験やそのときの状況を記憶していると言います。それはアウトプットするつもりで毎日を過ごしているからに他ならないでしょう。
何も小説やエッセイを書いたり、俳句や短歌を作ったりするわけではなくても、日常会話の中で小さなアウトプットを試してみるだけでよいのです。
人は社会生活を営む上でコミュニケーションから逃れることはできません。逆に言えば、それだけアウトプットのチャンスが豊富だということです。仕事でのコミュニケーション、身近な人たちとの日常会話、どんな会話も認知機能を活用する絶好の機会です。その絶好の機会を楽しみながら、工夫をしていきましょう。
写真=iStock.com/itakayuki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itakayuki
・日常の中でアウトプットの機会を増やすことが脳内ネットワークを強化する
・仕事でもプライベートでも会話を楽しみながら、認知機能を活用できる
■インプットを伴うアウトプットが大切
アウトプットするつもりで毎日を過ごそうと、前項目で述べました。ここで言うアウトプットは、すでに持っている知識や経験についてアウトプットするのではなく、アウトプットすることを意識して、新たにインプットし、インプットしたことをアウトプットすることを提案しています。つまり、インプットが大切ということです。
別の言葉で言い換えます。脳を持つ身体を、情報処理する機械と捉えたときに、何らかの知識や体験を、話す、書く、といった形で「出力」=アウトプットすることを意識して、新たな知識について聴く、読む、もしくは、体験するという形で「入力」=インプットするということです。その後実際に「出力」することで「入力」を定着する、すなわち、記憶することができます。単純にアウトプットしましょう、と言うと、インプットをともなわない場合を含んでしまうので、そうではないことを補足します。
■語彙を増やすことで、ものの見方が広がる
インプットはなぜ大事か? それは、語彙で推し量ることができる、考え方やものの見方を広げることができるからです。
新しい言葉を身につけるためには、何らかの形でインプットする必要があります。会話において、話してばかりいる限り、会話を通じて語彙が増えないのです。人の話を聴き、その中で用いられる新しい言葉を聴き取り、理解して、使いこなせるようになって、初めて語彙が増やせます。その後会話をする機会や、文章を書く機会に使ったり、話を聞き文章を読むときに、理解したりすることができるようになります。新しい言葉は、何らかの新しい概念を表します。このため、語彙を増やすことは、ものの見方、考え方を広げることにつながります。
認知機能には種類があります。加齢とともに下がりやすいが活用すれば伸ばせる認知機能として、3つの認知機能が挙げられることについては本書ですでに述べました。さらに、加齢とともに伸ばすことが可能な認知機能が、言語能力です。
第1回で触れた修道女研究に代表される研究で、言語能力が、脳や身体が老化しても認知機能を保つカギを握るとわかっています。これは、加齢とともに伸ばすことが可能な言語能力で、加齢とともに下がりやすい認知機能を補うことができるからと考えられています。
■語彙が豊かな人ほど総合的な認知機能が高い
修道女研究では、一つの文章の中に含まれる、意味的なまとまりの数が多い、意味密度が高い文章を、若い頃に書いていた人ほど、高齢になったときに認知機能が保たれることを明らかにしました。多くの意味的なまとまりが含まれる文章を書くためには、語彙が必要で、意味密度で計測できる言語能力の基礎には、語彙力が含まれます。
大武美保子『脳が長持ちする会話』(ウェッジ)
会話で用いる語彙が豊かな人ほど、総合的な認知機能が高く、言葉の意味の理解に関わる脳のエリアの体積が大きいことを研究で発見しました。ある程度の記憶機能が保たれているうちは、会話の中で相手の話をよく聴くことで、語彙を意識して増やすことができます。さらに、会話の中で用いることにより、語彙を適切に使う方法を身につけることが期待できます。このことから、語彙力は、加齢とともに伸ばすことが可能な言語能力の一つと言えます。語彙力を伸ばすことは、加齢とともに下がりやすい認知機能を補う上で、有効と考えられるのです。
会話で用いる語彙が多いので、総合的な認知機能が高く、脳のエリアの体積が大きいのか? もしくは総合的な認知機能が高く、脳のエリアの体積が大きいので、会話で用いる語彙が多くなるのか? 因果関係については、今後の研究で明らかにしたいと思います。
・日常の中でインプットの機会を増やすことが脳内ネットワークを強化する
・人の話をよく聴くことで、会話を通じて語彙を増やせる
・言語能力が、脳や身体が老化しても認知機能を保つカギを握る
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大武 美保子(おおたけ・みほこ)
理化学研究所ロボット工学博士、認知症予防研究者
理化学研究所 革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ 認知行動支援技術チーム チームリーダー。東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院特任助手、助教授、准教授などを経て現職。祖母の認知症をきっかけに、会話支援AIによる認知行動支援技術の開発に従事。会話訓練法として編み出した「共想法」と会話支援ロボット「ぼのちゃん」を活用した認知症予防支援にも取り組む。
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(理化学研究所ロボット工学博士、認知症予防研究者 大武 美保子)