ラン藻による有機酸・水素生産と、細胞内の物質であるNADHの酸化型と還元型の比率が関連することを発見

2024年2月16日(金)17時46分 PR TIMES

明治大学大学院農学研究科 秋山実里・小山内崇准教授らの研究グループ

 明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室の秋山 実里 (博士前期課程2年)、小山内 崇准教授らのグループは、ラン藻Synechocystis sp. PCC 6803(以下、シネコシスティス 注1)による有機酸と水素生産が、細胞内の物質であるNADHの酸化型と還元型の比率と関連することを明らかにしました。

<研究成果のポイント>
- シネコシスティスは、有機酸や水素などの代謝産物を生産可能であることから、化石燃料に代替する資源を生産する宿主として期待されている。
- シネコシスティスによる有機酸や水素の生産は、様々な要因により影響を受け変化するが、その要因は、まだ完全には明らかになっていない。
- シネコシスティスの有機酸生産に関与する酵素を欠損または過剰発現させた遺伝子改変株の解析により、有機酸や水素の生産と、NADHという物質の酸化型と還元型の比率であるNADH/NAD+比が関連していることを明らかにした。

要旨
 近年、カーボンニュートラルな社会を実現するための低炭素技術の重要性が高まっており、その担い手として、光合成細菌であるラン藻が注目を集めています。なぜならば、ラン藻は、光合成によって取り込んだ二酸化炭素をもとに、化石燃料由来の物質を代替可能な、多様な代謝産物を生産できるからです。その中でも、モデルラン藻として広く研究されているシネコシスティス 注1は、暗所かつ嫌気的な条件において、炭素の数が4つであるC4ジカルボン酸や乳酸、酢酸などの有機酸や、水素などの有用物質を生産することが可能です。有機酸はバイオプラスチック原料や医薬品、産業分野での利用、水素はエネルギー資源としての利用が期待されています。これまでの研究では、有機酸や水素の生産においては、有機酸同士の炭素源の競合や、有機酸や水素を生産する酵素が使用する「NADH」という物質の競合が指摘されてきましたが、他にもまだ明らかになっていない要因が影響している可能性が示唆されています。
 今回、研究グループは、シネコシスティスの有機酸と水素生産に影響を与える要因として、有機酸と水素生産に用いられる物質であるNADHの細胞内での状態に着目し、NADHの2つの形、酸化型のNADHと還元型のNAD+の比率であるNADH/NAD+比の値が関連していることを明らかにしました。具体的には、C4ジカルボン酸の生産に関与する酵素であるリンゴ酸デヒドロゲナーゼを過剰発現させた遺伝子改変株と、酢酸生産酵素である酢酸キナーゼを欠損させた遺伝子改変株では、野生株と比較してNADH/NAD+比が低下し、水素生産が減少し、C4ジカルボン酸と乳酸の生産が増加することが分かりました。これらの結果は、シネコシスティにおける有機酸・水素生産とNADH/NAD+比の関連性を示すものであると考えられます。
 本研究は、明治大学大学院農学研究科 秋山実里(博士前期課程2年)、小山内崇准教授らのグループによって行われました。本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA、旭硝子財団研究奨励(代表:小山内崇)、JST革新的GX技術創出事業GteX(代表:大熊盛也)の援助により行われました。
 本研究成果は、2024年1月5日に国際誌「Frontiers in Microbiology」のオンライン版に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 大学院農学研究科 環境バイオテクノロジー研究室
 准教授        小山内 崇(おさない たかし)
 博士前期課程2年生   秋山 実里(あきやま みのり)

1.背景
 近年、化石燃料の枯渇や地球温暖化が問題視されており、カーボンニュートラルな社会を実現するための、低炭素技術が求められています。ラン藻は、酸素発生型の光合成を行う細菌であり、光合成によって取り込んだ二酸化炭素から様々な物質を生産します。ラン藻の中でも、本研究で用いたSynechocystis sp. PCC 6803(シネコシスティス)は、全ゲノム塩基配列が解読され、取り扱いが比較的容易であることから、モデルラン藻として広く研究に用いられている生物です。シネコシスティスは、光合成によって取り込んだ二酸化炭素を、グリコーゲンという糖の形で細胞内に蓄積します。暗所かつ嫌気的な条件(暗・嫌気条件)では、グリコーゲンをもとに、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、乳酸、酢酸などの有機酸を細胞外に生産します。コハク酸、フマル酸、リンゴ酸は、まとめてC4ジカルボン酸と呼ばれます。これら有機酸は、バイオプラスチックの原料や医薬品、産業分野への利用が期待される有用物質です。また、シネコシスティスは、暗・嫌気条件において、有機酸と同時に、エネルギー資源となる水素を生産可能です。このため、シネコシスティスは、化石燃料に代替する有用物質生産の有望な宿主であると考えられています。
 シネコシスティスによる有機酸生産では、各有機酸によって、炭素源であるグリコーゲンが競合されます(図1)。また、C4ジカルボン酸生産に関与する酵素であるリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(遺伝子名citH)、乳酸生産酵素である乳酸デヒドロゲナーゼ(遺伝子名ddh)は、それぞれの触媒反応に、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)という物質を用います(図1)。NADHは、物質を還元する力を持つため、還元力と呼ばれます。NADHが還元力として使用されると、還元型のNADHから、酸化型のNAD+という形に変化します(図1)。NAD+は細胞内の異なる触媒反応に用いられ、NADHの形に再度変化します(図1)。このように還元力は、細胞内で酸化または還元されることで、繰り返し使われます。水素生産酵素であるヒドロゲナーゼは、NADHや他の還元力を用いて水素を生産します(図1)。そのため、C4ジカルボン酸、乳酸、水素の生産では、NADHの競合が生じるとされています。こうした炭素源・NADHの競合という観点から、目的とする有機酸や水素の増産を目指し、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、ヒドロゲナーゼ、また、酢酸生産に関与する酵素であるアセチルCoAシンテターゼ(遺伝子名acs)および酢酸キナーゼ(遺伝子名ackA)などの酵素を過剰発現または欠損させた遺伝子改変株が研究されてきました。これらの研究から、有機酸・水素生産には、炭素源やNADHの競合以外にも影響を与える要因があることが示唆されましたが、全ての要因は明らかになっていません。
 有機酸・水素生産に影響を与える要因の一つとして、私たちは、NADHの酸化型と還元型の割合であるNADH/NAD+比に着目しました。リンゴ酸デヒドロゲナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、ヒドロゲナーゼによる触媒反応では、NADHが酸化され、NAD+が生成するため、有機酸・水素の生産に伴い、NADH/NAD+比は変化すると考えられます。しかし、暗・嫌気条件での有機酸・水素生産と、NADH/NAD+比の関連についての研究は、十分ではありませんでした。
 そこで、本研究では、シネコシスティスの有機酸生産に関与する酵素(リンゴ酸デヒドロゲナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、アセチルCoAシンテターゼ、酢酸キナーゼ)の遺伝子改変株を用い、各株の有機酸と水素の生産量とNADH/NAD+比を解析することで、シネコシスティスの有機酸・水素生産が、NADH/NAD+比によって影響を受けるかを調査しました。

2.研究手法と成果
 今回、研究グループは、Synechocystis sp. PCC 6803の野生株(遺伝子改変を行っていない株)と、有機酸生産に関与する酵素の遺伝子改変株を用いることで、各株で、有機酸・水素生産と、NADH/NAD+比が変化しているかを調べました。用いた遺伝子改変株は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ過剰発現株(citH過剰発現株)、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ欠損株、乳酸デヒドロゲナーゼ欠損株、アセチルCoAシンテターゼ欠損株、および酢酸キナーゼ欠損株(ackA欠損株)です。
 はじめに、光を当てた条件で培養を行い、有機酸のもととなるグリコーゲンを蓄積させました。培養には、窒素源としてNH4Clを添加した改変BG-11培地を用い、30℃、1%(v/v)CO2を含む空気の通気、連続白色光の条件で、5日間行いました。その後、有機酸と水素を生産させるために、暗・嫌気条件での培養を行いました。培養は、バイアル瓶に細胞を濃縮し、窒素ガスを導入し、密栓することで低酸素条件とし、さらに、アルミホイルでの遮光により、暗条件としました。その後、暗・嫌気培養後の細胞内のNADH/NAD+比と、暗・嫌気培養により細胞外に生産されたC4ジカルボン酸、乳酸、酢酸、および水素量を測定しました。
 結果、野生株と比較して、NADH/NAD+比に変化がみられたのは、ackA欠損株とcitH過剰発現株の2株であり、この2株では、NADH/NAD+比が低下しました(図1)。また、ackA欠損株とcitH過剰発現株では、水素の生産量が減少し、有機酸のうち、NADHを用いる反応の生成物であるC4ジカルボン酸と乳酸の合計生産量が増加しました(図2aおよびb)。リンゴ酸デヒドロゲナーゼは、その触媒反応にNADHを用いるため、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の改変によってNADH/NAD+比が変化することは予測されますが、触媒反応にNADHを用いない酢酸キナーゼ遺伝子の改変によっても、NADH/NAD+比が変化したことは、注目すべきであると考えられます。
 これらの結果は、シネコシスティスにおいて、NADH/NAD+比が、有機酸であるC4ジカルボン酸および乳酸生産と、水素生産に関連していることを示しています。

3.今後の期待
 本研究では、シネコシスティスの暗・嫌気条件下での有機酸・水素生産と、還元力NADHの酸化型と還元型の比率、つまり酸化型と還元型のバランスを数値化したNADH/NAD+比の値の関連性を示しました。この成果は、有機酸や水素の増産を目指す際に、これまで注目されてきた炭素源やNADHの競合に加え、細胞内の物質の酸化還元バランスを考慮したアプローチが重要であることを示唆しています。また、NADH/NAD+比の測定が、細胞外に生産される有機酸や水素量の推定に有用である可能性が示唆されました。これにより、有機酸や水素の生産に適した遺伝子改変株の探索が容易になる可能性があります。しかしながら、NADH/NAD+比が有機酸・水素生産に影響を与えるのか、あるいは有機酸・水素生産によりNADH/NAD+比が変化するのかは明らかになっていません。これらの相関関係や因果関係を明らかにするためには、今後の研究が必要であると考えられます。

4.論文情報
<タイトル>
Regulation of organic acid and hydrogen production by NADH/NAD+ ratio in Synechocystis sp. PCC 6803
(日本語タイトル Synechocystis sp. PCC 6803におけるNADH/NAD+比による有機酸と水素生産の制御)

<著者名>
Minori Akiyama, Takashi Osanai

<雑誌>
Frontiers in Microbiology

<DOI>
doi:10.3389/fmicb.2023.1332449

5.補足説明

注1)シネコシスティス
世界中で最も広く研究されている、単細胞性、淡水性のラン藻である。1996年に、全生物の中で3番目、ラン藻種の中では初めて全ゲノム塩基配列が決定された。他の微細藻類と比較して増殖が速く、遺伝子改変や凍結保存が可能といった、研究を行う上での利点を有する。

<参考図>
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/95/119558-95-ee09dcafbb58e453a4d8e189865123a2-567x319.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図1. 暗・嫌気条件でのシネコシスティスにおける有機酸・水素生産の概略と、遺伝子改変株でのNADH/NAD+比の変化
シネコシスティスを暗所かつ嫌気的な条件(暗・嫌気条件)におくと、細胞内で有機酸や水素を生産し、細胞外に排出します。有機酸であるC4ジカルボン酸、乳酸、酢酸は、グリコーゲンをもとに生産されるため、グリコーゲンを競合します。また、水素生産酵素であるヒドロゲナーゼと、有機酸生産酵素であるリンゴ酸デヒドロゲナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼは、それぞれの触媒反応に、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)という物質を必要とするため、NADHを競合します。
今回、有機酸生産酵素である、酢酸キナーゼ(遺伝子名ackA)を欠損させた遺伝子改変株(ackA欠損株)と、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ(遺伝子名citH)を過剰に発現させた遺伝子改変株(citH過剰発現株)では、暗・嫌気培養後のNADH/NAD+比が、野生株と異なっていることを発見しました。NADH/NAD+比とは、細胞内に存在するNADHとNAD+の割合であり、NADHがどれだけ利用された状態であるかを表します。野生株のNADH/NAD+比を1として、遺伝子改変株のNADHとNAD+の割合を算出しました。
図は3〜4回の実験データの平均と標準偏差の値を示したグラフであり、*と**は野生株と遺伝子改変株の間に統計的に有意な差があることを意味します (*p< 0.05、**p< 0.005)。

[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/95/119558-95-2bfbbc0b3a86c86ee2b6002bf9d07b03-567x319.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図2. シネコシスティスの遺伝子改変株における水素・有機酸生産量の変化
a. 暗・嫌気培養によって、細胞外に生産された水素の濃度。密栓されたバイアル瓶の上部に蓄積した気体中の水素の濃度を測定しました。

b. 暗・嫌気培養によって、細胞外に生産されたC4ジカルボン酸と乳酸の合計生産量。培地に含まれるC4ジカルボン酸と乳酸の量を測定しました。
図は3〜8回の実験データの平均と標準偏差の値を示したグラフであり、*と**は野生株と遺伝子改変株の間に統計的に有意な差があることを意味します (*p< 0.05、**p< 0.005)。

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正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、
明治大学HPのプレスリリース(https://www.meiji.ac.jp/koho/press/press2023.html)をご参照ください。

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