なぜ最強の政敵ナワリヌイ氏をいま「排除」したのか…プーチンが「大統領続投」の先に描く恐ろしい野望

2024年2月20日(火)9時15分 プレジデント社

出廷したロシアの反体制派指導者ナワリヌイ氏(ロシア)=2021年2月20日 - 写真=AFP/時事通信フォト

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■大統領選を前に政権側に排除された?


プーチン運動の指導者で、ロシア当局に拘束、収監されていた活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏が16日、刑務所内で死亡したと報じられた。直接の死因は不明だが、3月15〜17日のロシア大統領選を前に、邪魔者として政権側によって排除されたという見方が多い。


写真=AFP/時事通信フォト
出廷したロシアの反体制派指導者ナワリヌイ氏(ロシア)=2021年2月20日 - 写真=AFP/時事通信フォト

圧勝が確実なプーチン大統領の5期目の目標は、ウクライナ南東部とベラルーシを併合し、「スラブ新国家」を創設することかもしれない。


プーチン氏は最近、実効支配するウクライナ東部・南部4州を、5期目の任期が切れる2030年までに完全統合するよう通達した。昨年公開されたロシア政府の内部文書は、2030年までにベラルーシを吸収合併する計画を明記していた。


プーチン氏は2021年に発表した論文で、ロシア、ウクライナ、ベラルーシを「三位一体のロシア民族」と強調しており、新スラブ国家の創設を5期目の最大目標に掲げている可能性がある。欧州の地政学がさらに激変しかねない。


■併合したウクライナ領に1兆7500億円を投資


プーチン氏は1月31日、ロシアが併合したウクライナ南東部4州の社会経済開発会議を主催し、「2030年に4州の生活の質を全ロシアの水準に引き上げねばならない」と述べ、経済、インフラ、医療、教育、文化などのプロジェクトに毎年1兆800億ルーブル(約1兆7500億円)を投資し、復興を急ぐと強調した。


プーチン氏は東部のドンバス、ルガンスクを「ドンバス」、南部のヘルソン、ジャポリージャを「ノボロシア」と呼び、高速道路や住宅、学校の修復を行い、今後新産業や雇用の創出を行うよう指示した。


昨年6月からのウクライナ軍の反転攻勢が失敗し、戦況がロシア優位に転換したことへの自信が背景にあり、併合地域を恒久支配する意思を誇示した。


ロシアは2022年9月、武力制圧した4州の併合を一方的に宣言し、憲法にもロシアの構成体と明記した。しかし、ルガンスクを除く3州は全体の6〜7割しか制圧できておらず、ヘルソン、ジャポリージャの州都はウクライナ領のままだ。


■ロシア化教育に反対する人々は拷問、弾圧されている


支配地区では戒厳令が導入され、住民へのロシア国籍付与、ロシア語教育、通貨ルーブルの流通、法律導入など強引な「ロシア化政策」が導入された。一方で、反露分子の拉致・拷問や反露デモの弾圧が行われ、パルチザン活動が続くなど治安はよくない。戦火による破壊、労働力不足など占領地の経済は停滞している。


5期目は戦場で支配地区を拡大しながら、連邦予算を投入して復興を図り、完全統合を目指す意向のようだ。


一方、ロシアは2030年までに隣国のベラルーシを統合し、吸収することを狙っていることを示す内部文書が昨年2月、国際ジャーナリスト連合によって暴露され、ドイツ紙などで報じられた。


「ベラルーシでの戦略目標」と題した17ページの機密文書は、クレムリンの「内部戦略文書」とされ、2030年までにベラルーシを政治・軍事、経済、文化の3部門で統合し、「連邦国家」を創設するとしている。


文書は政治・軍事分野で、ロシア軍のベラルーシ駐留を段階的に増やし、統合司令部を設置。外交・国防政策もロシアが管轄する。経済面では、ルーブルによる単一通貨、関税・税制の統一、発電システムの統合を行う。文化面でもロシア化教育を浸透させるとしている。米政府高官はこの文書について、「ロシアの最終目標はベラルーシの完全編入だ」と指摘した。


■“弟分”のルカシェンコ政権のうちに併合に踏み切るか


ロシア、ベラルーシ両国は1999年に将来の統合をうたった「国家連合条約」を締結している。当初はベラルーシのルカシェンコ大統領が病弱なエリツィン大統領に代わってロシアを牛耳ろうとしたが、2000年にプーチン政権が登場すると攻守交代し、プーチン氏が条約を盾に統合を主張。ルカシェンコ大統領はこれを懸命にかわしてきた。ロシアと統合すれば、国家元首から「州知事」に転落するためだ。


しかし、2020年の大統領選の不正で大規模な反政府デモが起きると、ルカシェンコ氏はロシアに支援を求めてかろうじて政権を維持。ロシアに頭が上がらなくなった。ロシアは昨年、戦術核兵器をベラルーシに配備するなど、軍事面での統合を確実に進めている。


ベラルーシは面積20万平方キロで、人口約900万人。ソ連崩壊で初めて独立したが、文化的、歴史的、経済的にロシアに近く、ロシア語が主流だ。産業に乏しく経済規模はロシアの4%。農村部や高齢者はロシアへの帰属意識が強いが、若者や都市部住民はロシアより欧州連合(EU)との統合を望むようだ。


ルカシェンコ後に親欧米政権が誕生すれば、ロシアにとって悪夢であり、併合を急ぐかもしれない。ベラルーシの軍、情報機関など暴力装置はロシアと関係が深く、一方的な併合も不可能ではない。


■「ソ連邦崩壊の屈辱を晴らす」プーチン氏の野望


仮にロシアがウクライナ南東部とベラルーシを併合すれば、ロシア連邦の領土が拡大し、欧州との緩衝地帯がなくなる。欧州にとって、安全保障上のロシアの脅威が一段と高まることになる。ロシアにとっては、領土拡張でソ連邦崩壊の屈辱を晴らすことができる。


実は、ベラルーシ併合文書が作成された2021年7月、プーチン氏は「ロシアとウクライナの歴史的一体性」と題する長文の論文を発表している。


論文は、「ロシア帝国では、大ロシア、小ロシア(ウクライナ)、ベラルーシの3民族が団結した」とし、3民族を「三位一体のロシア民族」と称した。しかし、旧ソ連の民族政策の結果、3民族は別個の共和国に分断されたと旧ソ連の政策を批判。現在の国境線の正当性を疑問視し、ウクライナがロシアの歴史的領土を占領したと指摘した。


さらに、「3民族は共通の遺産と運命を共有する」とし、3国の歴史的一体性を強調した。


主権国家の独立と領土保全を尊重する戦後の国際秩序を真っ向から否定する歪(ゆが)んだ歴史認識ながら、この論文がウクライナ侵略の理論的支柱となったようだ。


だとすれば、2021年夏の時点で、クレムリンはウクライナ侵攻とベラルーシ併合を同時に決断した可能性がある。


■トランプ前大統領との結託で戦争を終わらせる?


プーチン氏は昨年12月の国民対話・記者会見で、ウクライナ戦争がいつ終わるのかとの質問に対し、「ロシアが目標を達成した時に平和が訪れる」と述べ、ウクライナの中立・非ナチ化・非軍事化を目指す目的が不変であることを強調した。


写真=iStock.com/Hanna Bohdan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hanna Bohdan

「オデッサがロシアの都市であることは皆が知っている」「ウクライナ南東部全体はロシアの歴史的領土だ」とも述べ、南東部併合に続いて、南部の港湾都市オデッサ(ウクライナ語読みは「オデーサ」=編集部注)などの制圧を目指す意向を示した。


首都キーウ攻略は軍事的に困難だが、11月の米大統領選でのトランプ前大統領の勝利を見越し、米露の取引による戦争終結やゼレンスキー政権の事実上の降伏を目指す可能性がある。その場合、ロシアは首都キーウとドニプロ川の東側を支配する目論見だろう。


帝政時代に「ノボロシア」と呼ばれたドニプロ川左岸とベラルーシを併合し、「新ロシア帝国」を創設することが、21世紀の新ツァー(皇帝)、プーチン氏の5期目の野望かもしれない。西側からはすでに最大級の制裁を受けており、欧米の反発を無視して暴走しかねない。


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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学特任教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。
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(拓殖大学特任教授 名越 健郎)

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