「若い時は低賃金で働かせ40代からフラット賃金は約束違反だ」は大間違い…むしろ生涯賃金を増やせるワケ

2024年2月21日(水)11時15分 プレジデント社

出所=労働政策研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業)」

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「60歳の壁」をどう乗り越えればいいのか。定年再雇用時の賃金水準は、定年前と比べて6〜8割程度に低下する。昭和女子大学特命教授で経済学者の八代尚宏さんは「企業はこれまでの年功賃金から、個人の職種を限定するジョブ型の働き方にしてフラット賃金とする動きが強まるだろう。社員は積極的にリスキリングなどを通じてより高度な職種に転換すれば、賃金増や60歳を超えても正社員のまま働き続けることができ、生涯賃金が増える可能性もある」という——。

■「60歳の壁」乗り越え、生涯賃金を増やせる人の共通点


日本では企業の66%が定年年齢を60歳に定めている(高年齢者雇用状況等報告・2023年)。大企業では77%がそうだ。定年後には、それまで勤務していた企業に契約社員や嘱託で再雇用されるため、職場ではとくに「元上司」の使い途は乏しく、お荷物となってしまう場合も少なくない。これでは雇用する側もされる側も不幸だ。


現行の法律で定められた企業の再雇用義務は65歳までだが、当面は努力義務である70歳への引き上げも時間の問題である。そうなれば最長10年間も企業は「お荷物社員」を抱えることになる。今後も増え続ける職場での高齢者問題を放置してよいのだろうか。


米国や欧州の主要国では、こうした「お荷物社員」はいない。お荷物なら即解雇されるということもあるが、理由はそれだけではない。一定の年齢に達したことだけを正当な理由として解雇される定年制は、人種や性別による解雇と同様な「年齢による差別」として禁止されているのだ。本来、「同一職種であれば同一賃金」の原則の下では、労働者の年齢の違いは問われないためである。


これに対して、特定の業務にこだわらず雇用と年功賃金を保障してきた日本では、どこかの年齢で雇用保障に歯止めが必要となり、定年制度が作られた。「年齢」という平等な基準に基づいたもので、この点が欧米との相違点である。


定年再雇用時の賃金水準は、定年前と比べて平均で7〜8割程度に低下している。この下落幅は、年功賃金カーブの大きな大企業ほど大きい。また、もっとも下落幅が大きな場合には6割程度にまで引き下げられる(図表1)。


出所=労働政策研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業)

平均7〜8割程度に低下するのは、年功賃金が、労働者の年齢が高まるほど家族の数が増え、住宅費や教育費、食費などが増えることに見合った「生活給」という論理だからだ。定年でいったん雇用契約が清算されても、子どもが育った後の年齢なら高い賃金の必要性はなく、いずれ年金も受給できるという考え方である。


しかし、高齢労働者は、若年層と比べて、同一年齢層での能力格差が著しく大きなことが大きな特徴である。デキる人とデキない人の格差が顕著なのだ。よって、定年前から一律に引き下げられた再雇用賃金は、能力の低い高齢者にはいぜんとして高過ぎる反面、能力の高い高齢者には低過ぎる、という傾向がある。その結果、能力に見合った報酬を保証する企業に優れた人材を引き抜かれるという現象がしばしば起こる。残るのはデキない人ということだ。


本来、生活給とは、昭和時代を中心に、慢性的な長時間労働の世帯主が専業主婦と子供の家族を扶養することを前提としたものであった。しかし今後、夫婦がいずれも正社員の共働きが増える令和の時代には、残業のない年齢にフラットな賃金の下でも豊かな生活は可能となるだろう。


■ジョブ型の働き方へ 成果達成なら60歳以降も正社員


今後の高齢化社会で、増える一方の定年再雇用の高齢者に対して、全体的に低賃金で働くことが当然な「お荷物社員」の扱いを速やかに改革する必要がある。そのためには、企業側の変革だけでなく、現役社員の意識改革も必須だ。定年前の40歳代頃から、個人の職種を明確化した働き方を基本とする働き方に移行する必要がある。


企業がスキルの乏しい新卒者を一括採用し、企業内での配置転換を通じて、長期的に熟練を形成していく現行方式は、欧米のような若年失業問題をもたらさない優れた面がある。しかし、それを40〜50歳代まで漫然と続けるのは、低成長期には過大な投資となる。このため多くの社員について20〜30歳代までは、現行の年功賃金の下で多様な職種を経験し、40歳代頃からは、自ら選択したフラットな賃金の特定の職種に専念することを原則とした組み合わせが望ましい。


個人の職種を限定するジョブ型の働き方のメリットは、正社員ならどのような業務にも対応するという現行の働き方と比べて、仕事能力の評価が容易となることである。その影響でおのおのの職種に必要な成果を達成・維持できない「お荷物社員」は、年齢にかかわらず、一定の補償金で退職しなければならなくなる。つまり、シビアなクビ宣告をされるケースも増えていくことになるだろう。


しかし、逆にその成果の条件を満たしている限り、年齢にかかわらず働き続けられる。公平な評価の下で、個人が自らの退職時期を選べることが、高齢者活用の基本的な要件といえる。


写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

平均余命の長い日本では、同じ本人の働く能力が60歳から61歳になると大きく低下するとは考えにくい。ところが現実には、「後進に道を譲る」ことが“強制”されるのは、管理職ポストを高齢者が退職しなければ後任が上れない一方通行の階段と考えているためであろう。しかし、それが回転ドアのような出入り自由な仕組みであれば、不本意な退職を強制される必要性は小さくなる。


例えば大学という組織はとても効率的とは言えない。しかし、学部長や学科長という管理職は、必ずしも企業のような「上がり」のポストではない。それは教員という明確な職種を前提に、義務的に就かざるを得ない一時的なポストであり、任期が終われば元の平教授に戻り、本来の業務に専念することができる。企業でも、課長ポストを回り持ちで行うような方式にすれば、それだけ管理職の苦労が共有され、平社員の不満も軽減できるのではないか。


■「40代以降にジョブ型のフラット賃金移行は約束違反」は間違い


40〜50歳代からジョブ型でフラット賃金へ移行することは、将来の高賃金を期待して、若年時には低賃金で働いていた現在の中高年層にとっては約束違反という批判が生じるかもしれない。


これに対しては、フラットな職種賃金でも、積極的にリスキリングを通じて、より高度な職種に転換すれば、それに見合った賃金増は十分に可能である。もちろん本人の努力は要するが、収入を自ら高めることはできる。また、定年年齢(60歳)を超えても正社員のままで長く働き続けることができる点で、生涯賃金はむしろ増える可能性がある。


実は年功賃金のフラット化は、過去20年間ですでに生じている。これは大企業の男性社員という、もっとも年功賃金カーブの急な労働者について、顕著にみられている。


例えば、2000年当時の45〜49歳層と比べて、2022年時点では年収ベースで100万円弱もの減収となっている(図表2)。これは過去の人口の年齢構成がピラミッド型の時代に形成された年功賃金が、中高年比率の高まりとともに維持できないという市場原則の影響が反映されているといえる。


出所=賃金構造基本統計調査

■高齢者は早く引退すべきか


60歳を超えて働く高齢者が増えれば、それだけ若年者の雇用機会が奪われるのではないかとの懸念もある。しかし、高齢者が早く引退すれば、それだけ企業も負担する年金を含む社会保険料などの徴収が増える可能性がある。


ここ数年、国民負担率が40%以上の高率となっており、高齢者の早期引退を許せば結果的に若年者も含めた雇用需要が抑制されてしまう。これについては1970年代にドイツやフランスで行われた、若年失業防止のための高齢者の早期退職政策の失敗から学ばなければいけない。


むしろ働く意欲と能力のある高齢者が、より長く働き、多くの税金や社会保険料を負担することで、勤労世代の社会保障負担を軽減することが、今後の日本の高齢化社会を乗り切るための大原則となる。


そのために企業がすべきなのは、40歳代以降のジョブ型とフラット賃金への移行で「年齢から自由な働き方」を徹底し、高齢者の潜在力を活用することである。


まず第一に、多様な能力の高齢者について、人事部による上からの配置転換・転勤を強いるのではなく、自らの能力形成も含めて、自発的な判断を尊重することである。


第二に、個人の能力や意欲についての人事評価に時間をかけ、企業内外の業務とのマッチングを図ることであり、その時期は早い方が望ましい。


第三に、人事部の配置転換の権限を、原則として若年期の社員に限定し、各部局に職種ごとの昇給・昇進などの人事権を委譲することである。


他方、社員の方も高齢者になる前から、自らのキャリア形成に責任を持ち、いつでも転職できるという会社に対する交渉力を持つことで、結果的に有用な人材として評価されることになる。会社と個人の双方の責任で、高齢者の「お荷物社員」の解消を図る必要がある。


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八代 尚宏(やしろ・なおひろ)
経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。
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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)

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