道路陥没事故で「自賠責保険」は使えない…強制加入なのに自分自身は救えない「クルマの保険」の落とし穴

2025年2月22日(土)18時15分 プレジデント社

県道が陥没しトラックが転落した事故現場=2025年2月3日午後1時3分、埼玉県八潮市(共同通信社ヘリから) - 写真提供=共同通信社

自動車の所有者に加入が義務付けられているのが自賠責保険だ。自動車生活ジャーナリストの加藤久美子さんは「自動車事故の被害者を救済するための制度であり、任意保険と違って事故相手の車や自分の車の損害、自分自身のケガは補償されない」という——。

■「突然、穴に落ちた」は補償の対象外


1月28日、埼玉県八潮市の県道で道路が突然陥没し、70代の男性が乗ったトラックが転落してしまった。このドライバーに自賠責保険から保険金が支払われない見通しであることが「乗りものニュース」で記事化され、話題になった。


※乗りものニュース「ドライバーが気の毒すぎる…道路陥没に落ちても『自賠責保険の対象外』なぜ⁉ どこでも起こる可能性 “運が悪い”でいいのか?


写真提供=共同通信社
県道が陥没しトラックが転落した事故現場=2025年2月3日午後1時3分、埼玉県八潮市(共同通信社ヘリから) - 写真提供=共同通信社

この記事の記者は、自動車専門記者としての経験が長い方で、筆者も何度かお会いしたことがある。自賠責保険とは、自動車事故の際に加害者の自賠責保険で被害者の損害を補償する制度だという正しい理解を促す非常に良い記事だった。


自賠責保険は強制保険ともよばれる損害保険で、特定小型原付(電動キックボード)から大型バスやトラックまでナンバーがつくすべての車に契約義務がある。


人身事故における「被害者救済」のため「だけ」の保険なので、今回の陥没事故のような加害者となる車両が存在しない事故は対象外であるし、車の修理代やガードレールの補修代などの物的損害も補償しない。


■義務なのに、意外と知らない自賠責保険


自賠責保険は法律で加入が義務付けられている保険でありながら、その実情を知る機会がほとんどない。


任意の自動車保険は盛んにテレビやラジオでも宣伝しており、保険会社各社によって同条件でも保険料が違うことがアピールされたり、気軽にネットで保険料の見積もりができたりするので、「任意」でありながら義務付けの自賠責保険よりも身近な印象を持つ人が多い。


そもそも自賠責保険とは何なのか、保険会社は選べるのか、保険料は車種によって違うのか、どのような損害に対していくらの補償が受けられるのか、加入しない選択はありなのか、保険が切れているとどうなるのか——。


いざというときに非常に心強い便りになる保険であるものの、あまりその真の姿や実効性を知る機会がすくない自賠責保険について実例を挙げながら紹介してみたい。


■どの保険会社でも保険料は一律


自賠責保険の保険料はいつ、いくら納めているのか? と聞かれて即答できる人は意外と少ないのではないだろうか。自賠責保険は車検の時に重量税などと一緒に「諸費用」として支払うのが一般的で「保険料を納めている」感覚が薄いからだ。


任意保険のように車種や走行距離、ドライバーの年齢条件、使用用途などによる保険料の違いはなく、どの保険会社で加入しても保険料は同一だ。


具体的には、沖縄県と離島を除く全国一律で、自家用乗用車は36カ月で2万3690円、24カ月で1万7650円、12カ月で1万1500円、1カ月では5740円。しかし中には新車時に36カ月ではなく37カ月、継続車検時に24カ月ではなく25カ月分を納めるケースもある。


筆者提供
2023年に25カ月分の保険料を納めた領収証 - 筆者提供

これはうっかり車検の有効期限を過ぎてしまった場合や車検満了期間までに部品が揃わず車検を通すことができない時のために余裕を見て1カ月長く契約するのである。1カ月だけの契約も可能だが、保険料は5740円と非常に割高になる。


■40年前の保険料はなんと4万円超!


車検が切れると公道走行はできないが、役所で仮ナンバー(臨時運行許可証)を借りれば車検整備のために3日間前後は移動ができる。その仮ナンバーを申請する場合には有効な自賠責保険の証書(原本)を提出する必要がある。


実は自賠責保険は2〜3年に一度、保険料の見直しがされており、長期的にみると保険料はかなり下がっている。


損害保険料率算出機構が算出する保険料の基準は、自賠責保険審議会で検証が行われているが、1985年から1991年までの保険料(自家用車24カ月)は4万1850円と現在の倍以上である。その後、変動はあったものの2005年は3万1730円、2023年4月1日からは1万7650円、2025年4月1日以降も同じ保険料となることが決まっている。


なお、沖縄と離島では自賠責保険料が本州とは大きく異なる。本州で24カ月1万7650円のところ、沖縄本島では9960円、沖縄の離島では7660円、沖縄以外の離島も7660円だ。安く設定されている主な理由として、沖縄には鉄道がなく完全な車社会であることや、走行範囲が限られていることが挙げられる。


■任意保険とは補償内容がまったく違う


自動車事故に備える保険には、自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)と自動車保険の2種類がある。簡単にその違いを記しておきたい。


編集部作成

図表1を見ればお分かりのように、自賠責保険は相手方への補償「のみ」である。ここでいう「相手方」とは、歩行者、自転車、事故相手車のドライバー含め全員が対象だ。また、相手方車両ではなく自車の同乗者も対象となる。


被害者保護のために被害者自身が直接、保険会社に対して損害賠償額を請求できるというのも、任意保険にはないシステムだ。


■利潤を追求しないことが原則だが…


任意保険との大きな違いはもう一つある。政府が主導する被害者救済が目的の損害保険なので、保険会社の利潤になってはならないということだ。


自賠責保険の基本料率は、純保険料率と付加保険料率で構成されており、保険会社の利益は含まれていない。と言いつつ、実は過去、中古車販売最大手・旧「ビッグモーター」と保険会社の怪しい関係として、自賠責保険の「ごほうび契約」が取り沙汰されたことがあった。


「ビッグモーターを修理入庫先として紹介したら1件につき自賠責5件」という“闇約束”である。保険契約者からA保険会社に事故の連絡が入る→ビッグモーターの修理工場を勧める→入庫・修理確定→見返りにビッグモーターで車検を受ける際の自賠責5件分をA保険で契約する、というものだ。


損保各社に対してそんな「ごほうび」があったため、損保各社は入庫する工場が決まっていない契約者に対して盛んにビッグモーターへの入庫を勧めていたのである。損保によってご褒美レートは異なっており、入庫紹介1件につき自賠責7件という保険会社もあった。


■保険料収入を損保各社で取り合う構図


自賠責保険料は安いものの、ビッグモーターは最盛期だと年間約30万台もの車検を通していた。自賠責は車検とセットになるので、ざっくり計算すると30万台×平均2万円(2022年度の自賠責保険料24カ月分)=約60億円となる。


損保各社がビッグモーターへの入庫に必死になっていたことも納得できるだろう。


SOMPOホールディングス、損害保険ジャパン「ビッグモーター社の不正事案に関する調査状況について」より

余談だが、入庫紹介のごほうびはそれだけではない。紹介台数が多ければ、新店舗がオープンした時の「担当損保」(新店舗の保険代理店として指定)に選定される可能性が高まる。自賠責よりも利益の大きい任意保険の契約が安定してもらえる仕組みだ。


■被害者に過失があった場合、補償は減額


自賠責保険で主に補償されるのは以下の内容だ。


・ケガの治療 120万円まで(慰謝料や休業損害なども含めて上限120万円)
・死亡 3000万円まで(過失割合や被害者の年齢、家族構成などにより異なる)
・後遺障害 75万〜4000万円(後遺障害の14等級に応じて支払われる)※


※神経系統・精神・胸腹部臓器に著しい障害を残して介護が必要と認められた場合は「常時介護」として最高額の4000万円が受け取れる。「随時介護」の場合は3000万円(第2級)


ちなみに自賠責保険は被害者側に7割以上の重過失がある場合、治療関係費、休業損害、入通院慰謝料の合計額(上限に達している場合には120万円)から2割以上減額されて保険金が支払われる。これを重過失減額と言うが、被害者側の過失が9〜10割(つまり加害側の過失が0〜1割)にもなると、保険金が50%減額されることもある。


任意保険との関係にも注意しなくてはならない。例えば車で人をはねて死亡させた賠償額が1億円だったとする。その1億円はまず自賠責保険から3000万円が支払われ、残りの7000万円が任意保険から支払われる。


もしここで自賠責保険が切れていたとして、「対人無制限で掛けているから任意保険から1億円が出る」とはならない。自賠責は義務付けられている保険として計算されるため、3000万円は加害者側が自腹で納める必要がある。


■自賠責切れも「故意」でなければセーフ?


この記事を執筆していた2月15日、とんでもないニュースが入ってきた。佐賀県警伊万里署と鹿島署のパトカー2台が車検も自賠責も切れた状態で1カ月以上、距離にして約4000kmも走行していたことが報じられたのだ。


※読売新聞「パトカー2台、車検と自賠責保険切れたまま4000km走行」(2025年2月15日)


2台とも2024年12月14日が車検満了日だったが、県警会計課の職員が「車検満了日を1年間違って入力した」のだという。さらに驚くのは、県警が道路運送車両法違反などの疑いで捜査したものの「故意ではないし事故も起こしてない」という理由で立件しなかったことだ。


筆者提供
佐賀県警のパトカーで発覚したびっくり案件 - 筆者提供

■本来なら重いペナルティが課される罪


当然だが、パトカーにもフロントガラスに車検ステッカーは貼ってある。2023年7月から貼り付け位置が運転席側の上部に変更され、常に目に入るようになったステッカーにはもちろん満了日が記載されている。


それなのに運転していた警察官は気づかず、県警が今年1月下旬に県下一斉の車両点検を行った際に発覚したとのことだ。


筆者提供
運転していたら必ず目に入る車検シール - 筆者提供

車検も自賠責保険も切れたままの公道走行は道路運送車両法違反(無車検運行、無保険運行)で、刑事処分として1年6カ月以下の懲役または80万円以下の罰金となる。さらに行政処分として違反点数は6点で即、免許停止処分という重いペナルティを受けることになる。


取り締まる側である警察が、身内に対しては「故意ではなかった」から立件しないというのはいかがなものか? 国交省九州運輸局の対応が待たれる。


----------
加藤 久美子(かとう・くみこ)
自動車生活ジャーナリスト
山口県下関市生まれ。大学時代は神奈川トヨタのディーラーで納車引き取りのバイトに明け暮れ、卒業後は日刊自動車新聞社に入社。95年よりフリー。2000年に自らの妊娠をきっかけに「妊婦のシートベルト着用を推進する会」を立ち上げ、この活動がきっかけで2008年11月「交通の方法に関する教則」(国家公安委員会告示)においてシートベルト教則が改訂された。育児雑誌や自動車メディア、TVのニュース番組などでチャイルドシートに関わる正しい情報を発信し続けている。「クルマで悲しい目にあった人の声を伝えたい」という思いから、盗難・詐欺・横領・交通事故など物騒なテーマの執筆が近年は急増中。現在の愛車は27万km走行、1998年登録のアルファ・ロメオ916スパイダー。
----------


(自動車生活ジャーナリスト 加藤 久美子)

プレジデント社

「保険」をもっと詳しく

「保険」のニュース

「保険」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ