どれだけピンピンでも便秘や肩こりがあれば「不健康」…平均寿命より10年短い"健康寿命"の知られざるカラクリ
2025年3月6日(木)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miniseries
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■静岡県が男女ともにトップだった健康寿命
「健康寿命」は、WHO(世界保健機関)が2000年に提唱した健康指標で、「日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間」を指す。日本では、厚生労働省が2010年から3年ごとに都道府県別の健康寿命を発表している。
昨年12月24日に発表された2022年の健康寿命では、全国1位は男性73.75歳(全国平均72.57歳)、女性76.68歳(同75.45歳)で、静岡県が初めてトップに輝いた。
同県の鈴木康友知事はその結果を受けた12月27日の記者会見で、「生活習慣病の発症予防、重症化予防や居場所づくりの推進など長年の取り組みの成果」などと静岡県の「日本一」を手放しで喜んだ。
■10年間も「寝たきり・要介護」は本当か
ところで、2022年の平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳だった。男性で8.48歳、女性で11.64歳、平均で約10年間は、寝たきりなどの状態で介護が必要となるのだろうか。
静岡県が作成した記者会見資料でも、健康寿命は杖をついたりしても「自立した生活ができる期間」とあり、不健康期間は「障害・要介護の期間」で、高齢者が寝たきりの介護生活を送るイラスト入りで紹介している。
出典=静岡県健康福祉部健康局 健康政策課・健康増進課「令和6年12月25日 記者会見資料」
高齢者になると、70代半ばころまでにふつうの生活ができなくなるというメッセージと誰もが受け取るだろう。
寿命を迎える約10年前までに健康寿命が尽き、その後は介護を受けながら暮らすことになる。本当に、そんな考え方で正しいのだろうか?
「静岡県の健康寿命は男女ともに日本一(2022年)」と赤字で誇らしげに強調した記者会見資料を読み解いていくと、びっくりするような事実が明らかになった。
その透けて見えた事実から、「健康寿命にだまされるな!」と筆者ははっきりと言いたい。
「健康寿命にだまされるな!」とはどういうことか。
■健康寿命の驚きの算出方法
先述した通り、WHOによる健康寿命の定義は「日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間のこと」とされている。
その健康寿命はどのように算出されているのか。
実は、厚労省の研究班が全国の当該年の平均寿命を、各都道府県の①人口当たりの死亡数、②人口当たりの不健康割合を用いて補正して算出している。
研究班の公表した計算式は、「年代別人口当たり死亡数」「年代別不健康割合(国民生活基礎調査の『日常生活の制限に関する質問』)」「全国の生命表情報」を基にしている。
出典=静岡県健康福祉部健康局 健康政策課・健康増進課「令和6年12月25日 記者会見資料」
死亡率が低く、不健康割合が低いほど「健康寿命」は長くなるというわけだ。
ここで、いちばんの問題となるのは「年代別不健康割合」という聞きなれないことばである。何を意味するのか。
静岡県の資料などによると、不健康割合は、国民生活基礎調査(健康票)という調査のなかの「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という2択の質問で、「ある」を選んだ人の割合だという。たった1問「ある」と答えるだけで「不健康」に分類されてしまうというのだ。
■「健康ですか」とたった1問問われるだけ
国民生活基礎調査は、国民の保健、医療、福祉、年金、所得等の状況を総合的に把握して、政策の企画、立案などに使う統計資料である。健康寿命を算出するためだけの統計資料ではなく、多岐にわたって使われる。
出典=厚生労働省「国民生活基礎調査(健康票)」
その質問5で、「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問がある。
その質問で、「ある」を選んだ人は「不健康」に分類されるというのだ。
しかし、「健康上の問題で日常生活に何か影響があるのか」という質問はあまりにも漠然としている。
だから、質問5にたどり着くまでにさまざま具体的な設問が用意されている。
■「鼻づまり」「便秘」も不健康に該当
質問1で生年月を問われた後、まず質問2で、「あなたは現在、病院や診療所に入院中、又は、介護保険施設に入所中ですか」と尋ねられる。
この質問に「はい」と回答すれば、この時点で自動的に「不健康」に分類される。
質問2で「いいえ」と回答すると、次の質問3で「あなたはここ数日、病気やけがなどで具合の悪いところ(自覚症状)がありますか」と問われる。
自覚症状には、「うつ病やその他のこころの病気」「眠れない」「いらいらしやすい」「もの忘れする」「頭痛」「鼻がつまる」「かゆみ」「便秘」「下痢」「食欲不振」「肩こり」「手足の冷え」「頻尿」「けが」など42項目が例示されている(41番目は「その他」、42番目は「不明」)。
これだけ具体的で多岐にわたっていれば、誰もが1つくらいの自覚症状を思い浮かべるかもしれない。
「眠れない」「便秘」「下痢」「肩こり」などの症状は、高齢者に限らずともふつうに起こり得る。だから、何らかの自覚症状が「ある」と回答する人も多いだろう。
質問3で「ある」と答えれば、質問5の「健康上の問題で日常生活に何か影響があるか」は、ダイレクトに「ある」となり、「不健康」に分類される。
■不必要に「不健康」と回答している可能性
質問3で「いいえ」と答えると、「ここ数日」ではなくても、「糖尿病」「高血圧症」「目の病気」「歯の病気」「アトピー性皮膚炎」などで、病院や診療所、鍼灸院などに通っているのかを質問4で尋ねてくる。
ここで「病院等に通っている」と答えれば、やはり質問5では「ある」と答えることになる。こうなると、若い人たちでも「不健康」に分類される可能性も出てくるだろう。
40代、50代の中年世代ともなれば、何らかの症状を訴えなくても、高血圧などで定期的に病院通いをする人も多い。
中年世代が「不健康」に分類されれば、平均寿命まで20年、30年以上もあるから、健康寿命の年齢は押し下げられてしまう。
■調査対象は65歳以上の高齢者だけではない
国民生活基礎調査はどのような人が対象となっているのか。担当する厚労省世帯統計室に聞いてみた。
今回の健康寿命が算出された2022年のアンケート調査では、全国約20万世帯から回答が得られたという。ちなみに静岡県では約1万4000世帯だった。
約20万世帯の調査だが、その世帯の構成員までは公表されていない。
だから、回答者数は、現在の1世帯当たりの平均人数2.25人として、約45万人から回答を得たと推計できるという。
約20万世帯のうち、65歳以上の高齢者が暮らす世帯がどのくらいあるのかも公表されていない。
現在、全国には約5400万世帯があり、その半数、約2700万世帯で高齢者が暮らしている。
だから、約20万世帯のうち、約10万世帯が高齢者のいる世帯と推計できるという。残りの約10万世帯は、65歳以下の現役世代の子どものいる家族世帯や、若者などの単身世帯ということになる。
約20万世帯、約45万人の回答者のうち、高齢者人数はほぼ半数の23万人程度と見て間違いないそうだ。
となると、アンケートの回答者は高齢者だけでなく、さまざまな年齢層がごちゃ混ぜになっていることになる。
静岡県の担当者は「年代別というのは、5歳区切りの年代別のことではあるが、65歳以上の高齢者のみに限って健康寿命を出しているわけではない。0歳の赤ちゃんから高齢者までの全世代の健康寿命を出している」と驚くべき事実を伝えた。
つまり、アンケートの対象者は、65歳以上の高齢者に限ったものではなく、子どもから若者、壮年、老年まですべての年代を網羅しているというのだ。
となると、健康寿命の根本的な意味が違ってしまう。高齢者に限って、調べたわけではないからだ。
■若い人の軽微な「不健康」も多く含まれる
こうしたさまざまな要因があって、健康寿命が全国平均で男性72.57歳、女性75.45歳となるわけだ。
これでは健康寿命が短くなるのは当たり前である。厚労省の調査方法に疑問を抱かざるを得ない。社会に流布している「健康寿命」ということばの一般的な意味合いが違っているからだ。
健康寿命の算出に詳しい浜松医科大学の尾島俊之教授によると、健康寿命にはさまざまな種類があり、厚労省が採用しているのはサリバン法による「障害なしの平均余命」で、「日常生活に制限のない期間の平均」を算出するものだという。
つまり、厚労省の健康寿命の不健康期間には、寝たきりや介護を受ける人だけではなく、「肩こり」「便秘」「手足の冷え」など日常生活に何か影響がある若い人たちなどが数多く含まれる。
だから、健康寿命が短くなるのは当たり前である。
■別の調査方法では「ヨボヨボ期間」は平均2年
サリバン法には、別の健康寿命の指標もある。
厚労省の依頼で、公益社団法人国民健康保険中央会が毎年1回、「日常生活動作が自立している期間の平均」という指標で、「健康寿命」を発表しているというのだ。
調べてみると、こちらは65歳以上の高齢者を対象にして、要介護2以上を「不健康」とみなしていた。65歳以上限定であれば、「高齢者が今後、寝たきりなどの状態で介護が必要となるまでの期間」となり、筆者ら一般の人たちが抱く健康寿命の考え方と一致する。
国保中央会の発表した2022年の健康寿命は、全国平均で男性79.7歳、女性84.0歳だった。
これを先ほどの平均寿命と照らし合わせてみると、健康寿命との差は男性で1.35年、女性で3.09年となる。つまり、介護の必要となる「不健康期間」は平均で約2年間に過ぎない。たったの2年間である。
厚労省発表の健康寿命との差は、8年間もあるのだ。
■最下位だった京都府はたった3年で17位に
厚労省発表の健康寿命への疑問はまだある。
2019年調査では男性で44位(71.60歳)だった北海道が今回14位(72.95歳)に、女性では京都府が最下位の47位(73.68歳)だったが、17位(75.78歳)となっている。たった3年でこうも順位が変動するものなのか。
出典=厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」
出典=厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」
「健康」か「不健康」かの回答は主観的な要素が強いだけに、こんな結果が生まれてしまうことがしばしばあるようだ。
それでは、なぜ、厚労省は国保中央会の健康寿命の指標を採用しないのか?
「健康寿命を延ばす」をテーマにして、厚労省はじめ静岡県などがメタボ予防や生活習慣病の改善といった健康施策に力を入れている。
たった2年の健康寿命を延ばすのは至難の業であり、10年としたほうが予算を分捕るのに都合がいいと考えているのかもしれない。
くれぐれも、厚労省の「健康寿命」にだまされてはいけない。
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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)