「営業担当者の訪問先に上司が電話」を徹底するキーエンス、その「驚きの目的」とは?
2025年3月4日(火)5時50分 JBpress
売上高が約1兆円、営業利益率50%超という超高収益企業のキーエンス。同社の高収益は、どのような経営手法によって実現されているのか──。その秘訣(ひけつ)について、かつてキーエンスで新商品・新規事業企画担当を務め、現在はコンサルティングファーム、コンセプト・シナジーの代表を務める高杉康成氏は、「性弱説」という考えを基にひもといている。2024年12月に書籍『キーエンス流 性弱説経営』(日経BP 日本経済新聞出版)を出版した同氏に、高収益を生み出すキーエンスの商品開発やマネジメントの手法について聞いた。
「仕様の見切り」がファブレスの経営持続性を高める
──著書『キーエンス流 性弱説経営』では、ファブレスというビジネスモデルの競争力について「性弱説」という視点からひもといています。キーエンスは50年前の創業期から自社で生産設備を持たないファブレスを採用していますが、いかにして競争力を高めてきたのでしょうか。
高杉康成氏(以下敬称略) 前提として、本書で述べている性弱説とは「人は本来弱い生き物である」という考えを指します。キーエンスでは、顧客や部下とコミュニケーションしたり、社内の仕組みを構築したりする際など、あらゆる場面で性弱説の考え方が生かされています。
ファブレスを効果的に機能させる上でも性弱説の視点を生かしており、長らく製造委託先との共存共栄を実現してきました。
自社で生産設備を持たないファブレス企業にとって、製造委託先の企業は重要なパートナーです。コストを抑えるために安く発注しようと交渉する企業も多いようですが、パートナー企業に無理難題を押し付けるような交渉をすれば、中長期的には自社のビジネスモデルを崩壊させることにつながりかねません。
そこでキーエンスがパートナー企業との共存共栄のために講じる策の一つが「仕様の見切り」です。例えば、A社が「最新機能を搭載し、サイズも小さくして、可能な限り安くしてください」とパートナー企業に依頼したとします。高価な最新部品を使い、サイズも小さくすると組み立てが難しく、手間もかかるため製造コストが高くなります。それにもかかわらず「安くしてほしい」と依頼したことになります。
こうした場合、キーエンスは「最新機能を搭載してください。サイズは現行品と同じで構わないので、コストについては可能な範囲で安くしてください」と依頼します。サイズが現行品と同じならばパートナー企業は効率的に製品を組み立てることができ、不良品の発生も抑制できます。そして、自社の利益を確保しながらA社の案件よりも安い価格をキーエンスに提示できるでしょう。
なぜ、キーエンスは「サイズは現行品と同じで構わない」と明言できるのでしょうか。それは、企画立案の段階で「サイズは現行品と同じでも売れる」という見込みが立っているからです。
キーエンスはなぜ、顧客ニーズを的確に捉えることができるのか?
──仕様を見切るためには、どのような能力が求められるのでしょうか。
高杉 顧客からヒアリングした言葉であったとしてもうのみにせず、適切に取捨選択し、解釈する能力が必要です。特に「サイズを小さくせず、現行品と同じで良い」と見切るためには、それなりの根拠を示す必要があるでしょう。
そのためキーエンスでは「顧客ニーズは簡単に捉えることができない」という性弱説の視点に立ち、ニーズを構造化して捉えられる商品企画担当者の育成を行っています。具体的には、顧客の意見や主観に惑わされることなく、事実に基づいたニーズを把握するために、顧客ニーズを「誰が」「今どういった方法を採用し」「何が問題で」「どれくらい困っているか」という4要素に分解する考え方を徹底指導しています。
──著書ではキーエンスの人材育成について、顧客との商談前に上司に対して「事前報告」を行うことにも触れています。そこにはどのような狙いがあるのでしょうか。
高杉 キーエンスが事前報告を求める目的は、顧客との商談の質を向上させることにあります。商談において、顧客から頂く貴重な1時間を有益だと感じてもらえるか、無駄だと捉えられてしまうかによって、その後の成果は大きく異なります。
事前報告の際には「営業担当者がどの程度、商談の準備をできているか」を確認し、上長は担当者に対して、重要な情報をヒアリングするように具体的な指示を出します。この事前報告で上司が営業担当者をしっかりと指導することで、営業担当者は十分に準備をした状態で顧客との商談に臨むことができます。
──事前報告などの取り組みも、性弱説に基づいて行われているのでしょうか。
高杉 その通りです。性弱説の視点から顧客との面談を分析すると、次の3つの制約からうまくいかない可能性があります。
1つ目は、「時間の制約」です。商談時間には限りがあるため、ヒアリングできる情報量には限りがあり、綿密な準備が求められます。2つ目は、「スキルの制約」です。例えば、経験の浅い営業担当者が自社商品の説明に終始し、顧客の情報を収集できないケースが想定されるため、事前の対策が必要です。そして最後は「コミュニケーションの流れによる制約」です。担当者のスキルが十分で、かつ事前に時間配分や話の展開を組み立てていたとしても、当日その通りに進むとは限らないため、あらかじめさまざまなケースを想定した準備が必要です。
このように、性弱説を踏まえると「営業担当者本人の自主的な努力や工夫だけではうまくいかないかもしれない」という考え方になります。だからこそ、事後報告だけでなく事前報告でさまざまな状況を想定した上で準備します。これにより商談の精度を高め、かつ上司と現場とのすれ違いも減らすことができます。
「頑張った人が損をしない」環境をいかにつくるか
──著書では、キーエンスの営業担当者が顧客を訪問後、担当者の上司が電話をかけて顧客フォローをする取り組みを紹介しています。
高杉 「ハッピーコール」という仕組みですね。営業担当者が商談をした顧客に対して担当者の上司がランダムに電話をかけて、取引のお礼をお伝えすると共に「当社の担当者はしっかりと対応させていただいておりますでしょうか」とフォローします。
顧客満足度向上のための取り組みでもありますが、このハッピーコールにはもう一つの目的があります。それが「組織内の仕組みを形骸化させない」ことです。
あくまで私の解釈になりますが、キーエンスの高収益に最も強く貢献しているのは「仕事の密度を高める仕組み」だと考えています。これは「1分単位で仕事を管理する仕組み」を指します。
しかしながら、この仕組みが功を奏するのは仕組みがしっかりと機能してこそです。つまり、ハッピーコールのもう1つの目的は、営業担当者が日報に「商談をした」と書いたことが本当かどうか、真偽を確認することなのです。「そんな細かいことまで管理するのか」と驚かれるかもしれませんが、これは企業文化を醸成する上で非常に重要な取り組みだと思います。
キーエンスでは、営業担当者の面談件数がKPIとして集計され、一人一人の評価につながります。最終的には人事評価につながり、その人の出世を左右する大切な要素になります。だからこそ、うそをつく人が得をするのではなく、真面目に頑張る人が報われる公正公平な環境づくりに力を入れているのです。
──成果に至るまでの行動もしっかりと管理しているのですね。そうしたマイクロマネジメントに対して、現場からの不平不満は出ないのでしょうか。
高杉 不平不満を耳にすることはまずありません。それはマイクロマネジメントによって保たれている企業文化や評価、報酬に対して「社員の納得度が高いから」ではないでしょうか。キーエンスには「結果は行動の延長線上にある」という考えがあり、行動管理を大切にする考えが根付いています。
社外からは「成果主義」「社員が高給与」といった点が注目されがちです。しかし、キーエンスは決して「最終的な結果のみ」を重視する企業ではありません。全てを構造的に捉え、成果に至るメカニズムや、原因の究明を徹底的に行うことが同社の特徴です。だからこそ、成果が生まれるまでのプロセスに対する評価や、パフォーマンスを最大化する仕組みが存在します。
これからの日本企業にとって「生産性向上」は重要なかぎを握ります。私がこれまで20年にわたり数多くの企業を支援してきた中で見えてきたのは、日本を代表する高収益企業キーエンスと他社との最大の違いは、表面的な取り組みではなく、それらの取り組みの根底に「性弱説の視点」があるかどうかです。生産性を高めるためにも、コストダウンではなく、性弱説をベースにして「いかにして付加価値を高めるか」を考えることが極めて重要なのです。
筆者:三上 佳大