「タワマンは将来の廃棄物」なのに…貴重な現存天守の眼前に高層マンションが次々建つ日本の地方の残念な未来

2025年3月8日(土)15時15分 プレジデント社

松江城前に建つマンションのパンフレット。 - 筆者撮影

日本各地にあるお城が危機に瀕している。歴史評論家の香原斗志さんは「お城の近くに高層マンションが建設されている。これはかけがえのない歴史遺産の価値を毀損することに他ならない」という——。

■歴史的景観をみすみす手放す松江市の愚


攻城戦こそ行われなくなって久しいが、日本の城はいまも攻められ続けている。このところ多いのはタワーマンションによる城攻めで、これが近くに建ってしまうと取り返しがつかないダメージを受ける。


先日もプレジデントオンラインに、松江城(島根県松江市)の近くで進んでいる高層マンション建設について記事を書き、大きな反響があった(「国宝・松江城天守が泣いている…城より高いマンション建設で歴史的価値をみすみす手放す地元自治体の残念さ」)。日本の主要な城下町のなかでは例外的に、太平洋戦争時の大規模な空襲に遭わず、城下町の面影が保たれていた松江だが、このところ急速に変貌を遂げている。


宍道湖と中海をつなぎ、松江城の堀の起点でもある大橋川に、次々と高層マンションが建ち、ついには松江城の中核である亀田山に至近の地に、19階建て高さ57.03メートルのマンションが計画され、市の認可を経て建設中なのである。このマンションは亀田山上にそびえ国宝に指定されている天守の高さを、約3メートル上回ってしまう。


筆者撮影
松江城前に建つマンションのパンフレット。 - 筆者撮影

手元に松江市がマンション建設を認可した際の資料がある。そこには次のように書かれている。


〈【景観の基準】松江市景観計画における「主要な展望地」の景観形成基準/松江城からの展望基準/天守から見える東西南北の山の稜線の眺望を妨げない⇒今回の事業について、天守から見て山の稜線の眺望を妨げていないと思われる〉。


マンションが建つのは藩政の中枢の御殿が建っていた旧三の丸から至近の地で、そこにタワーマンションが建つなど、ヨーロッパの歴史都市ではおよそありえない。だが、上記の資料からは、城下町の景観が損なわれることに対する市の危機感が微塵も感じられず、恐ろしさすら覚える。上定昭仁市長はいまさらながら、事業主体である京阪電鉄不動産に、高さの引き下げを求めたようだが、採算を理由に断られている。


■日本屈指の海城の真ん前にタワマン


こうした事例は松江にかぎらず、全国で起きている。たとえば高松市。瀬戸内海に面したこの香川県の県庁所在地も城下町で、かつて高松城は北面が海に接し、海水が石垣を洗う日本屈指の海城だった。


高松城(玉藻公園)の艮櫓、香川県高松市(写真=663highland/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons

残念ながら、城のすぐ前の海は埋め立てられているが、海辺がさほど遠くなったわけではない。本丸、二の丸、三の丸などは石垣や水堀もよく残り、その水堀にはいまも海水が引き込まれ、泳いでいるのはコイかと思えばタイやボラである。2棟の三重櫓も現存して、国の重要文化財に指定されている。また、明治時代に取り壊された天守は複数の古写真が残るなど資料が多い。近年、傷んでいた天守台の石垣の整備も終わり、天守の復元計画が進められている。


もちろん、日本城郭協会の「日本100名城」にも選ばれている。城跡は国の史跡指定も受けており、「玉藻公園」の別称があって、公園としては「日本の歴史公園100選」にも選定されている。


そんな高松城の真ん前にも、20階建てのタワーマンションが建設されてしまった。三菱地所レジデンスとセントラル総合開発という東京の企業による共同事業「ザ・レジデンス高松 パークフロントタワー」がそれである。


写真=iStock.com/JiaWei Kuo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JiaWei Kuo

■一部の富裕層のためだけの眺望


総戸数は54戸で、もっとも高い物件は1億2900万円におよんだが、完売したという。「美景を望み、未来を臨む、タワー邸宅」が売り文句だった。


実際、眼下に高松城址の「美景」を一望できる立地で、物件のホームページにも「上層階からは、この公園のほぼ全景を見渡し」などと書かれていた。このマンションの上層階に部屋を購入した、ごくかぎられた人たちにとっては、特別な眺望を独占できて満足かもしれない。


しかし、考えてみてほしい。「上層階からは、この公園のほぼ全景を見渡」せるということはすなわち、高松城址のどこにいてもこのマンションが視界に入ってしまう、ということとイコールである。ごく一部の人が特別な眺望を得るのは、高松城址という歴史的なエリアを訪れたすべての人から、マンションがなければ愛でることができた景観を奪うことにほかならない。


施主は法を犯しているわけではない。しかし、歴史的に重要で、市および市民の財産でもある高松城周辺エリアの景観を、高松市はどうして守ろうとしないのか、私には不思議でならない。


■松山城、高知城前にも


高松市は天守の復元には前向きだと聞く。それは高松城址の価値を高めるためではないのだろうか。ところが、近接してタワーマンションが建てば、歴史的景観は顕著に損なわれ、ひいては城址の価値も低減してしまう。天守の復元に前のめりでありながら、なぜその価値を相殺するようなことを許すのだろうか。なぜ周囲の建築物の高さを規制するなどして、歴史的な景観を守ろうとしないのだろうか。


高松城の景観はマンションのかぎられた住人のものではなく、高松市民はもとより日本人、さらには外国人をふくめた人類の財産として、広く共有されるべきものだろう。建前でそう言っているのではない。景観が守られてこそ、国内外から人を呼べる観光資源としての価値が高まり、ひいては市および市民が潤うことにつながる。


ところが、東京の事業者に利益を上げさせるために、高松市は長期にわたって市民に利益をおよぼしうるかけがえがない財産を手放している。かぎられた土地から最大の収益を上げるには、高層ビルを建てるのが手っ取り早い。しかし、私企業が一時的に利潤を得るために、これまで維持されてきた環境が、こうも簡単に破壊されていいはずがない。


ちなみに、三菱地所レジデンスとセントラル総合開発の2社は、天守が現存する松山城(愛媛県松山市)と高知城(高知県高知市)の城下にも、それぞれ「クレアホームズ 松山ランドマークタワー」(地上15階建)、「クレアホームズ高知本町 ザ・パークフロント」(地上20階建)という高層マンションを建てている。こうした問題については拙著『お城の値打ち』(新潮新書)に詳しい。


■出生率が減る中でタワマンを建てる謎


現在、石破茂内閣のもとで地方創生が進められているが、実際、いま多くの地方が疲弊しており、地方創生が急務であることは論をまたない。原因のひとつは東京圏への人口の集中だが、さらに深刻なのは、予想をはるかに超えるスピードで少子化が進行するなか、人が地方に定着しなくなっていることである。


2月27日、厚生労働省は2024年の人口動態統計の速報値を発表。それによれば国内の出生数は、統計を取りはじめた1899年以降で最小の72万988人だったという。70万人割れが確実といわれていたから、それよりはマシだったが、それでも減少の度合いは想像を絶する。はじめて100万人の大台を割って深刻に受け止められたのが2016年だが、それから8年で3割近くも減ってしまった。


国立社会保障・人口問題研究所が2017年に予測した「日本の将来推計人口」では、出生数が2033年に80万人を割り、46年に70万人を割ると「悲観的に」予測をしていた。だが、70万人割れは予測よりも20年前後は早く訪れそうだ。


資料=旧内閣統計局推計、総務省統計局「国勢調査」「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」[出生中位(死亡中位)推計]、出典=国立社会保障・人口問題研究所ホームページ

話を戻そう。そもそも高層ビルは、人口が増加する局面で、かぎられた土地を有効に活用するためのものだったはずだ。ところが、人口減が止まらず、これからも歯止めがかかりそうにないいま、なぜタワーマンシンが建ち続けるのだろうか。


■歴史遺産を守れば「金のなる木」になる


人口が激しく減少するなかタワーマンションを建て続ければ、それらは将来、確実に負の遺産になるだろう。神戸市の久元喜造市長は、市の中心部に20階建て以上のマンションを新築できないように決め、その理由として「人口が減るのがわかっていながら住宅を建て続けることは、将来の廃棄物をつくることに等しい。タワマンはその典型」と語っていた。正論だというほかない。


マンションの事業主にとっては、それが将来、私たちの子々孫々にとっての負の遺産になろうと、その責任は問われない。だったら、いま利益を上げることを優先するのが、資本主義下の企業である。だが、その結果として、周囲の住人が、もっと広く言えば国民が、ツケを払う可能性が高いのであれば、それを避けるように調整するのが行政の役割だろう。


これほどの速度で少子化が進んでいる以上、高松市にしても、松江市にしても、就労人口が減って税収が減っていくことは避けられない。そんななかでタワーマンションは、いずれ処理するのも困難な「廃棄物」になりかねない。


しかも、そんなものを建てるのを許して、市が世界に誇るべきかけがえのない歴史遺産の価値を毀損しているのである。歴史遺産は周囲の環境をふくめて守れば、将来にわたって国内外から人を集め、真の「地方創生」をもたらす資産、いわば「金のなる木」にもなりうるというのに。


日本の地方自治体がいま、真剣に考えるべき問題である。


----------
香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
----------


(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

プレジデント社

「高層マンション」をもっと詳しく

「高層マンション」のニュース

「高層マンション」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ