「あらゆる事業に応用できる」USJ、ジャングリア沖縄…巨額投資を続ける刀CEO森岡毅氏を支える「ある理論」
2025年3月7日(金)6時0分 JBpress
テーマパーク再生の旗手、希代のマーケターとして知られる森岡毅氏。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のV字回復をはじめ、ネスタリゾート神戸(旧グリーンピア三木)や丸亀製麺の業績回復、西武ゆうえんちのリニューアルなど業界問わず成果を上げ、常にメディアの注目の的となっている。その森岡氏を2012年から追いかけ続けているのが、日経ビジネス記者の中山玲子氏だ。2024年12月に『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(日経BP)を出版した中山氏に、森岡氏が率いる異能集団「刀」が結果を出し続ける秘訣(ひけつ)について聞いた。
森岡氏は「やる」と言ったことを本当に実現
──著書『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』では、日本を代表するマーケターの森岡氏率いる刀が手掛けるプロジェクトや同氏の組織論、リーダー論など、さまざまなテーマに触れています。今回なぜ森岡氏に着目したのでしょうか。
中山玲子氏(以下敬称略) 15年以上にわたる記者生活の中でずっと考えてきたことがあります。それは「失われた30年」といわれる日本経済をどうすれば復活させられるのか、ということです。せっかく取材をするなら、その停滞の突破に役立つ記事を世の中に出したい、という思いを持ち続けてきました。そうした記事のテーマとしてぴったりだと思ったのが、森岡氏と刀の皆さんでした。
最初に森岡氏を取材したのは、私が新聞記者時代の2012年です。東日本大震災の翌年で、今以上に経済が停滞し、日本中に閉塞(へいそく)感が漂っていました。
そんな中で、当時入場客数が大幅に低迷していたUSJの運営会社ユー・エス・ジェイのCMO(最高マーケティング責任者)だった森岡氏は、日本のゲームやアニメのコンテンツも起用して入場客数を伸ばそうと奮闘していました。しかし、映画専門のテーマパークからの脱却を狙うその戦略に新聞各紙は批判的でした。
ところが、USJは入場客数を右肩上がりで増やし続けます。「ハリー・ポッター」エリア開業前の2013年度には、2001年度の開業以来12年ぶりに来場客数1000万人の大台を突破しました。450億円もの巨額を投じて2014年にオープンしたハリー・ポッターエリアも大成功してV字回復を果たしたのです。本当に驚きました。
──中山さんをそこまで驚かせたポイントは何だったのでしょうか。
中山 森岡氏の「やる」と言ったら本当に実現する馬力です。長年の取材生活で大企業から中小企業、スタートアップまで数百人ほどの経営者の方に会ってきましたが、森岡氏の実行力を目の当たりにして「並みのビジネスパーソンではない」と思ったのです。非常に論理的で、聞く側のイメージを喚起するような説明をする点も印象的でした。
私が日経ビジネスに移った後には「刀の事例が多くのビジネスパーソンの参考になるのではないか」と考え、日経ビジネスの巻頭特集で同社を取り上げました。そこから4倍ほど加筆して出来上がったのが本書です。森岡氏を含め、刀の役員、社員、取引先まで100人近くを取材しました。
「誤差1%」需要予測を支える刀の数学マーケティング
──森岡氏は2017年に刀を創業して以降、外食・食品・医療と業種を問わずマーケティングを武器に成果を出し続けています。著書ではその背景にある「独自の需要予測ノウハウ」についても触れていますが、従来型のマーケティング手法とは何が違うのでしょうか。
中山 背景にあるのは、森岡氏自身が構築した「数学マーケティング」です。確率論をベースに独自の数式を開発し、正確な予測値を導き出すことに成功しています。
例えば、ハウステンボスの2023年10月の月間入場客数を約3カ月前の予測値と照合すると、たった1%しか誤差がありません。これはかなりの高精度です。
また、森岡氏が在籍していた頃のUSJの需要予測の精度は約97%と驚異的でした。しかも、USJのEBITDAマージン*1は約50%と、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドより10ポイント以上高かったと森岡氏は振り返っています。USJがオリエンタルランドに比べて高い利益率を出せたのは、需要予測の精度が高かったからにほかなりません。
この数学マーケティングに基づく需要予測ノウハウがあれば、需要に合わせて費用をとことん最小化できます。費用を最小化できれば、余計な人件費や在庫を抱えることもなく、利益を高めることにつながります。この数学マーケティングが森岡氏と刀の最大の強みです。
──2025年7月には総事業費700億円のテーマパーク「ジャングリア沖縄」が開業予定です。森岡氏の手掛けるプロジェクトでは投資額の巨額さに目を奪われがちですが、需要予測を踏まえた投資の最適化を得意としているのですね。
中山 USJのV字回復について取り上げると、ハリー・ポッターを活用したUSJの復活劇にスポットが当たりがちです。しかし、注目すべきは「そこに至るまでの期間」だと考えています。
「十分な予算がない中、いかにして入場者数を増やすか」という課題に挑む中、森岡氏の力がいかんなく発揮されていました。ハリー・ポッターエリアが出来上がる前から、森岡氏は既存の経営資源を最大限に活用して、入場客数を伸ばしてきたのです。
森岡氏の「最大、最悪の敵は投資」という言葉が表しているように、森岡氏は数学マーケティングによって導き出した需要予測を投資額と照らし合わせ、需要を最大化し、投資を最小化しています。森岡氏はインタビューの中で「必要なことのみにできるだけ限定して投資を抑える。そうすると成功確率は上がる」と語っています。こうした考え方は、あらゆる事業に応用できるのではないでしょうか。
*1EBITDAマージン:企業の本業の収益性を示す指標で、EBITDA(税引前利益+支払利息+減価償却費)を売上高で割った割合。
「リアルな体験に勝るものはない」と役者300人を採用
──森岡氏と刀は東京・お台場のテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」も、2022年3月まで営業していたショッピングモール「ヴィーナス・フォート」の建物をうまく活用し、新しいテーマパークとして生まれ変わらせていますね。
中山 イマーシブ・フォート東京は、アニメやドラマ、映画の世界にゲストが傍観者ではなく「当事者」となって完全没入できる新形態のテーマパークです。
例えば、アニメ「東京リベンジャーズ」のアトラクションでは、作中に出てくる不良勢力「東京卍會」のメンバーたちと共闘して謎を解いていきます。美しい花魁が登場する「江戸花魁奇譚」という名のアトラクションは、肌が触れ合うのでは、と思うほどの近さでした。森岡氏はよく「本能に刺されば当たる」という表現を使いますが、まさに本能に刺さる体験を提供するようなテーマパークになっていたと思います。
──イマーシブ・フォート東京では役者300人を採用したとのことですが、その狙いは何だったのでしょうか。
中山 VRを活用したエンターテインメントが脚光を浴びる時代ですが、森岡氏は「人間は生身の生き物なので、リアルな体験に勝るものはない」という考えを持っています。
テーマパークというと、ライド系のアトラクションが一般的です。1950年代に米国で初めてディズニーランドが誕生して以来、テーマパークの形はほとんど変わっていません。
しかし、イマーシブ・フォート東京は、森岡氏が「次世代のテーマパークとは何か」を問うプロジェクトであり、「テーマパークの歴史に革新を起こすもの」と位置付けているようです。イマーシブ・フォート東京が刀の自社事業であることは、その覚悟の現れなのだと思います。
筆者:三上 佳大