なぜ「刑務所でバナナを出すのはNG」なのか…バナナの皮で作れてしまう「不正な嗜好品」の正体

2024年3月14日(木)13時15分 プレジデント社

給食にバナナを出すのは好ましくない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Marat Musabirov

写真を拡大

刑務所ではどんな食事が出るのだろうか。刑務所栄養士の黒栁桂子さんは「食費は1日520円。お菓子は月に数回しか食べられない。ほか、鋭利なものなど出してはいけないものがある」という——。

※本稿は、黒栁桂子『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。


■学校や病院給食でもよく使われる


「そんなバナナ!」


いかにも昭和のオヤジが言いそうなギャグが口から出そうになった。


バナナといえば、日本人の果物消費量ランキングでぶっちぎりトップの果物だ。旬を問わず一年中安価で購入でき、手軽に食べられる。そのため、学校や病院給食でもよく使われる果物だ。


けれどもここ刑務所でバナナが出るとなると、刑務官たちはざわつくらしい。


■「手間がかからず衛生的に出せる」のに…


「給食にバナナを出すのは好ましくない」


それを聞いたのは、拝命して間もない頃だったと記憶している。


バナナは皮をむく必要がないため、手間がかからず衛生的に出せるのも栄養士としてはうれしい。テーブルにそのまま置くこともできて、食器もいらないから、ますますありがたい存在だ。


そのありがたいバナナ様に「好ましくない」とはどういうことなのか。


「バナナの皮でね……」


はいはいはい、まさか滑って転ぶとでも? などと思っていたのだが、なんのなんの、さらに斜め上をいく答えが返ってきた。


写真=iStock.com/Marat Musabirov
給食にバナナを出すのは好ましくない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Marat Musabirov

■不正に嗜好品を作る輩がいる


「バナナの皮で、タバコができるんだよ」


え? え? どういうことですか? 上司の言うことが理解できずに面食らった。


スマホで「バナナ タバコ」で検索してみたところ、出たよ、出たよ。バナナタバコの作り方が……。


刑務所ではタバコなんて吸うことができない。だから、受刑者らの中には給食に出たバナナの皮を使って、不正に嗜好品(しこうひん)を製作しようとする輩がいるらしいのだ。


そのため、バナナタバコは別名「刑務所タバコ」と呼ばれているらしい。


写真=iStock.com/Khanchit Khirisutchalual
別名「刑務所タバコ」と呼ばれている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Khanchit Khirisutchalual

■アルミ箔包装の食品もご法度


「そんなバナナ?」と突っ込みたくもなりますよね。フルーティーでヘルシーなイメージさえもってしまう。タバコが高い今、作ったら売れるんじゃないかとさえ思ってしまう。しかし、タバコを作ったって火がなければ吸えないじゃないか。


ここでまた、新たな問題が生じる。タバコができたら、今度は何とかして火を得ようとする。これまた、室内にあるコンセントを使って火花を出す方法があるらしい。


それに必要なアルミ箔(はく)包装の食品も給食で出すにはご法度なのだ。


だから、炊場にはアルミホイルがない。食品でいうと、セロハンで包まれたスライスチーズなら出せるが、学校給食でよく出されるひと口サイズのアルミ包装のチーズは出せない。火なんて出されたら火災の危険性もあるわけで、大事件になってしまう。


そんな刑務所生活の楽しみ方は、長い刑務所の歴史の中で脈々と受け継がれているというから驚きだ。


使ってはいけない食品はまだまだある。


■盗み飲みされることがある


アルコールを含む調味料「みりん」は、ここでは単に甘いお酒という認識だ。そのため盗み飲みされることがあるそうだ。


手指消毒用のアルコールでさえ、飲もうとする輩がいるため、施錠された場所に保管されている。


みりんを使ったレシピを刑務所用にアレンジする場合は、少量の砂糖で代用することにしている。もちろん、料理酒やワインなんてもってのほか。


■危険物として扱われるものもダメ


あとは、食品以外に危険物として扱われるものだ。


例えば、串カツの串やつまようじなど、鋭利なものは危険物指定だ。他人を傷つける可能性もあるし、自傷行為に使われる可能性もある。そのため、基本的に「食べられないもの」は禁止される。


写真=iStock.com/kaipong
串カツの串やつまようじなど、鋭利なものは危険物指定(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kaipong

ほかに、当たり付きの駄菓子も困る。もし当たりが出てしまったら対応に困ること必至だ。でも、出してみたい気持ちにも駆られる。


とにかく、食べられないものや余分なものは、極力塀の中には入れない。


スーパーのお惣菜コーナーにあるような業務用食材に、小売りパッケージ用のシールが入っていることがある。


「たこやき」とか「大学いも」とかイラスト入りのシールも炊場には入れないように言われている。


なぜかと聞くと、「遊ぶから」とのこと……。


初めて聞いたときは「大の大人がシールで遊ぶ?」と、驚いたが、今なら容易に想像できてしまう。娑婆感のあるシールは、彼らの生活に刺激を与えるものなのだ。


例えば、「肉」と書かれたシールがあったとしたら、間違いなくおでこに貼って「キン肉マン」ごっこをするだろう。


そんなことを想像すると、また笑ってしまうのだ。


■お菓子は月に数回しか食べられない


祝日が近づくと、受刑者たちはそわそわする。


通常の給食とは別に予算があり、どこの施設でも「祝日菜(しゅくじつさい)」といってお菓子が配られるからだ。


彼らにとって、お菓子は月に数回しか食べられないため、特別な嗜好品的な存在だ。そのお菓子を選ぶのも、食料担当のS山刑務官と私。しかしながらその予算は1人分たったの税込み60円(令和5年度から68円)。


なんと昭和の時代から変わらず、3パーセントの消費税が導入されても変わらず、消費税が上がってからも変わらないという伝統を守り継いでいる。


おかげでやり繰りは年々大変だ。60円なんて今どき、子ども用の小袋菓子しか買えない(涙)。よって、給食費の懐事情は厳しい。


■予算は1人1日あたり「約520円」


地域や規模によるが、通常の食事は1人1日あたり約520円の予算だ。内訳は当所の場合、副食が1人あたり423円でここ10年ほどほとんど変わっていない。


それに主食が1人あたり平均すると100円程度。これは前述しているが、大事なことだから2回書く。1人1日あたり約520円だ。1食あたり520円ではない!


予算は1人1日あたり「約520円」(※写真はイメージです)

なぜわざわざ2回書くのかというと、以前刑務所給食に関する掲示板サイトで「1日520円」と書いてあるのに、一部の「1食520円」と読み違えた人たちが「贅沢しすぎ!」とか「俺より金かけてる!」なんてコメントしたがために、1食520円がひとり歩きしているのを見て残念に思ったことがあるからだ。


通常の食事のほかに、正月用や行事用の予算は別にあるが、年間に片手くらいの回数で終わってしまう程度だ。


その懐事情は収容人員が多い刑務所ほど余裕がある。1000人いる刑務所と、100人程度の刑務所とでは扱う金額が異なるのはもちろん、大手であれば入札に参加する業者数が増えて、その分食材も安価に購入できる。


■「うまい棒」が定番だった


一方、小規模の当所では同様のものを買うにしても割高になるため、より予算が厳しいのだ。


それゆえ、当所ではきっちり60円分のお菓子を出していた。小袋のスナック菓子と、予算合わせの「うまい棒」というのが定番スタイルだった。


年末年始や行事のときしかレギュラーサイズのお菓子を出すことができず、彼らにとってレギュラーサイズのお菓子は憧れだった。しかし、これが大手刑務所さんだと簡単にクリアできている。


そのため、大手刑務所から移送(転勤)されてきた受刑者は、


「○○刑務所のほうがお菓子がよかった」


などと平気で言うから、「腹が立つ!」「人の苦労も知らんくせに!」と暴れたい気持ちになるのだ。


■「ほかの刑務所よりおいしいです」


なぜ、彼らの声が耳に入るのかというと、刑務所では、年に1回、嗜好調査として給食アンケートを実施しているからだ。


回収したアンケートには、「まずい」だの「○○刑務所のほうがよかった」だの、ここぞとばかりに苦情を言いたい放題のものもあれば、「ほかの刑務所よりもおいしいです」といったものもあるし、感謝の言葉で埋められたものもある。


アンケートは無記名だが、工場名と称呼番号から個人が特定できてしまう。とくに印象深かった回答がある。「早いものでこのアンケートに答えるようになって4年目になります。思えば……」と切々と綴(つづ)られた、私に対する手紙のようなスタイルになっていた。後日、彼は「先生、僕のラブレター、読んでくれました?」なんて言ってくる。可愛い奴だ。



黒栁桂子『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)

このアンケート結果は、年末年始の献立やお菓子の選定の参考にしている。そのため、ぜひ自分たちの意見を採用してもらおうと、かなり真剣に書き込む人も多い。


個人がそれぞれ別のお菓子をリクエストしてしまうと票が割れてしまい、結果的に採用される可能性が低くなってしまう。そのため、炊事工場、洗濯工場など、同じ刑務作業に従事している仲間同士で一致団結して同じ菓子名を書き、組織票を稼ぐ作戦に持ち込む。


アンケート回収までの2日間に、どうしたら栄養士にうまくアピールできるのか、どうしたらリクエストのお菓子が採用される確率が高くなるのか、大の男たちが真剣に相談している姿を思い浮かべるだけでおもしろい。


----------
黒栁 桂子(くろやなぎ・けいこ)
管理栄養士
愛知県生まれ。管理栄養士、法務技官。老人施設や病院勤務を経て、病気の予防に興味をもつ。出産育児を機に料理教室や講演等の食育活動をスタート。10年間開催した「男の料理教室」ではのべ1000人の高齢男性に指導。初心者男性が料理を覚えて家族に喜ばれることにやりがいを感じる。刑務所の管理栄養士採用試験では30倍の狭き門を突破し、採用される。刑務所では制限が多いながらも「ワクワクする給食」をめざし、受刑者たちの「ウマかったっス」を聞くため、彼らとともに日々研究を重ねている。著書に『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)。
----------


(管理栄養士 黒栁 桂子)

プレジデント社

「バナナ」をもっと詳しく

「バナナ」のニュース

「バナナ」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ