すべてトランプ氏の「シナリオ通り」に進んでいる…「ケンカ別れ」から一転、ウクライナが停戦を受け入れた理由

2025年3月14日(金)17時15分 プレジデント社

2025年2月28日、米ワシントンのホワイトハウスで会談を前にウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領に挨拶するドナルド・トランプ米大統領。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

前代未聞の形で決裂したトランプ大統領とゼレンスキー大統領の首脳会談から一転、ウクライナは米国が提案した「30日間の停戦」を受け入れた。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「トランプ氏は『感情で怒る』のではなく、時として『計算で怒る』人物だ。彼の交渉戦略は単なる強硬姿勢ではなく、『決裂すらも交渉の一部とする高度な戦略的判断』に基づいている」という——。
写真=SPUTNIK/時事通信フォト
2025年2月28日、米ワシントンのホワイトハウスで会談を前にウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領に挨拶するドナルド・トランプ米大統領。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

■「感情で怒る」のではなく「計算で怒る」


ロシアによるウクライナ侵攻開始から3年となる2025年2月、アメリカのトランプ大統領が停戦に向けて動いた。いきなりウクライナの頭越しにロシアのプーチン大統領と電話会談を行ったかと思えば、ウクライナのゼレンスキー大統領を「選挙をしない独裁者だ」と批判。ホワイトハウスで行われたゼレンスキー氏との首脳会談は、テレビカメラの前で激しい口論を繰り広げた末に、物別れに終わった。


しかし、常識外れにも見えるトランプ氏の言動は、時として計算に基づいた「ディール(取引)」の一環である。


こうしたトランプ氏の言動を読み解くには、まず彼の「戦略目標」を理解する必要がある。


それは、停戦をまとめること。そして、それは必ずしも日本や欧州が望んでいるようなウクライナに優位な条件というわけではない。トランプ大統領はこのために、ゼレンスキー大統領の信用を失わせ、より現実的な路線となることを狙っている。


首脳会談における交渉決裂も、それが目的だと考えられる。トランプ氏は「感情で怒る」のではなく、「計算で怒る」。一見、怒りに見えるが、実は相手を揺さぶるための演出である。ゼレンスキー氏の譲歩を促すために「交渉の場を荒らす」のは彼の常套手段の一つだ。


結果として、3月2日に行われたロンドンでのサミットでは、参加国の危機感は高まり、ゼレンスキー氏がトランプ氏と関係修復しなければならないこと、自分たちも相応の負担をしなければならないとの認識が一気に高まった。


今回は、トランプ氏の生来の資質と不動産王としての経験を踏まえて、「トランプ流の交渉戦略」を分析する。


■トランプ大統領が持つ「6つの資質」を分析する


筆者は以前、ギャラップ社の「ストレングス・ファインダー」によってトランプ氏の資質を詳細に分析した(〈プロファイリングで探る! トランプの「資質」は大統領に適するか〉)。


トランプ氏の「ストレングス・ファインダー」における上位6つの資質が「活発性」「コミュニケーション」「最上思考」「自我」「競争性」「戦略性」であると仮定すると、彼が2025年3月現在でロシアに有利な発言をし、ウクライナに厳しい態度をとったこと、さらにはゼレンスキー氏との停戦交渉を一度決裂させた後、最終的にアメリカにより都合のいい条件でウクライナに停戦を受け入れさせたことは、以下のように分析される。


1.活発性(Activator)


「動かしてこそ交渉」という信条に基づき、停戦交渉を迅速に成立させることを最優先とした。
停戦交渉の早期決着を図るため、交渉の流れをみずからコントロールし、結果を急いだ。
決裂という劇的な演出も、交渉を一気に前進させるための手法と見ることができる。




2.コミュニケーション(Communication)

「交渉は言葉の戦い」と捉え、ロシア寄りの発言やウクライナへの厳しい態度を意図的に演出した。
交渉がゼレンスキー氏の思惑通りに進まないことを明確に示し、心理的圧力をかけた。
自身のメッセージを最大限に活用し、ウクライナ側が「妥協せざるを得ない」と思うような世論環境を作った。



3.最上思考(Maximizer)

「ただの停戦ではなく、最高の停戦条件を引き出す」ことを目標とした。
ウクライナにとって最も受け入れがたい条件を最初に提示し、それを少し緩和する形で「譲歩した」と見せることで、アメリカに最も有利な結果を導いた。
交渉決裂というリスクを負ってでも、妥協のない最高の結果を求めた。



4.自我(Significance)

「交渉の勝者は自分でなければならない」という信念が交渉の進め方に大きく影響した。
「トランプだからこそ停戦を実現できた」という実績を残すために、他の交渉者とは異なるアプローチをとった。
停戦の成立そのものよりも、「誰が主導して停戦を実現したのか」を重視し、最終的に自身の手柄となる形を作った。



5.競争性(Competition)

「交渉とは勝ち負けである」という姿勢を貫き、単なる妥協を拒否した。
ロシアとウクライナの双方に対して、「交渉で負けない」ための駆け引きを徹底し、譲歩しない姿勢を見せつつ、最終的にウクライナが受け入れざるを得ない条件を提示した。
停戦交渉の勝者として「トランプのやり方こそ正しい」と証明するため、交渉の各局面で「どちらが主導権を握るか」を重視した。



6.戦略性(Strategic)

「交渉決裂すらも計算のうち」という高度な戦略を採用した。
最初から交渉決裂を恐れず、一度破談させることで、ウクライナ側に「トランプなしでは停戦が実現しない」と思わせる環境を作った。
長期的な視点で、最終的にウクライナが交渉テーブルに戻り、より不利な条件を受け入れるように仕向けた。


以上の分析により、トランプ氏の交渉戦略は、単なる強硬姿勢ではなく、「決裂すらも交渉の一部とする高度な戦略的判断」に基づいていたと考えられる。


交渉を支配し、結果をコントロールするために、ロシアに有利な発言を繰り返し、ゼレンスキー大統領との交渉を意図的に破談させた。


しかし、最終的にはトランプにとって最も都合の良い形でウクライナに停戦を受け入れさせ、「交渉の勝者はトランプである」という結果を残したと分析できる。


■交渉戦略は「不動産業界での成功」に基づく


トランプ氏の交渉戦略は、不動産業界での成功に基づくものが多い。最初に大胆な主張をし、相手を揺さぶりながら最終的に自分に有利な着地点へと誘導するのが特徴だ。


マンハッタンの開発プロジェクトに携わっていた若き日のトランプ氏(1985年)(写真=Bernard Gotfryd/PD-Gotfryd/Wikimedia Commons

たとえば、「アンカリング」という手法がある。最初の交渉で、「100億円のビルを50億円で買う」という極端な要求を提示する。不利なオファーをのむよりは少し譲るほうがマシだと、相手が少し譲歩したところで「では60億円なら」と調整するというものだ。最初に提案された価格に最も大きな影響を受けるという心理は誰にも経験があるだろう。余談だが、DOGE=「政府効率化省」を率いる実業家のイーロン・マスク氏もこのような交渉術を多用している。


また、「不確実性を利用した駆け引き」を得意とする。相手に「取引が成立するかどうかわからない」と思わせ、焦りを生じさせるのだ。たとえば「この価格では無理なら、他の案件に移る」「○○社とも話を進めている」と競争心理を煽ることで、相手が譲歩しやすい状況を意図的に作り、より有利な条件を引き出す。


「撤退を辞さない姿勢(ウォークアウェイ・ポジション)」を示すことも多い。「この条件がのめないなら、こちらから折れる理由はない」と強気に出ることで、相手に妥協を促すのだ。相手が「取引を失いたくない」と感じると、譲歩を引き出しやすくなる。


■「最も高く買い、最も高く売る」


トランプ氏が行っていたような大型不動産取引においては、「安く買って高く売る」という単純な戦略は現実には通用しない。売り手は、最も高く買ってくれる相手にしか売らないからだ。つまり、最後に勝つのは、「最も高く買い、最も高く売る」ことができる者だけだ。


実際、千代田区の一等地を独占しているのは財閥系の大手デベロッパーがほとんどだ。彼らはそのブランド力によって「最も高く売る」ことができるから、「最も高く買う」ことができるのである。


今回は、「最も高く買う」=「ロシアに最も有利な立場を示した」ということであり、交渉の初期段階でトランプ大統領はロシア寄りの発言を繰り返し、ウクライナに厳しい態度を取った。これは、交渉市場において「ロシアの立場を最大限に評価している」というメッセージを送り、ロシア側に「トランプとの交渉なら有利に進む」と思わせるための手法である。つまり、最初に「最も高く買う」ことで、ロシアを安心させ、交渉に引き込むことに成功した。


一方で、「最も高く売る」=「ウクライナに譲歩を強要し、米国主導の停戦を成立させた」ということであり、一度交渉を決裂させることで、ウクライナに「このままでは交渉の場がなくなる」という危機感を抱かせた。その後、ロシア寄りの発言を修正し、ウクライナにとって「最も悪い条件を回避する」形で停戦を提示した。


ここで重要なのは、「最も高く買った後(ロシアに寄り添った後)、最も高く売る(ウクライナに譲歩を迫る)」ことで、トランプ側に最も都合のいい条件を引き出したことである。


最初にトランプ氏が親ロシア的姿勢を示したことは、最終的な取引をより有利に運ぶための布石だと考えられる。ロシアは「この交渉ならば自分たちに有利になるかもしれない」と期待し、交渉のテーブルにつきやすくなる。一方で、ウクライナ側は「最悪の状況を避けるためには、妥協も視野に入れざるを得ない」と考えたわけだ。


■「ゼレンスキー批判」の意図と戦術


ゼレンスキー氏を独裁者呼ばわりし、「彼の支持率は4%しかない」というフェイクニュースを流したのも、単なる挑発ではなく、交渉の場を自分にとって有利にするための準備である。これは典型的な「相手の立場を崩す戦略(Undermining Opponent’s Position)」であり、ゼレンスキー氏の立場が弱くなれば、強硬路線を続けにくくなり、停戦交渉に柔軟な姿勢を示さざるを得なくなる。もちろん、従来の米国大統領であれば採用してはならない禁断の手法である。


バイデン政権下と違い、「アメリカが無条件でウクライナを支援するわけではない」というメッセージを発信するのは、交渉の選択肢を増やす「BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement)」と呼ばれる戦略にあたる。ウクライナ支援は当たり前ではないという圧力をかけられ、ゼレンスキー氏は戦争継続の道だけでなく、停戦という選択肢についても考えざるを得なくなる。


また、「ウクライナ支援はアメリカの国益にならない」と主張するのは、「支援疲れ」を感じているアメリカ国内の世論を誘導することにもつながる。これは交渉戦略として「世論を交渉のツールとして使う手法」であり、「アメリカ国民の支持がなければ、ウクライナは戦争を続けられない」という圧力になる。もちろん、コア支持者層がそれを望んでいることも見逃せない点だ。


これは同時に、ロシアに対して「トランプなら有利な取引ができる」と示唆することでもある。ロシア側が「交渉相手としてトランプのほうがバイデンよりも都合が良い」と思い、交渉に前向きになれば狙い通りだ。


もちろん、トランプ氏が目指しているのは、ロシアの要求を全面的に受け入れることではない。交渉をコントロールし、ロシア・ウクライナの両方に影響を与えられる立場を作ることが本当の目的と考えられる。


2025年2月28日に大統領執務室で行われた会談中にトランプ大統領とJ.D.ヴァンス副大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領と激しい口論になった(写真=The White House/PD US Government/Wikimedia Commons

■ここまでは、トランプ氏の狙い通りに進んでいる


2月にゼレンスキー氏との会談が物別れに終わった後、アメリカはウクライナへの軍事支援を停止していたが、3月11日にサウジアラビアでアメリカとウクライナの高官協議が行われ、アメリカが提案した30日間の一時停戦をロシアが同時に実施することを条件に、ウクライナが受け入れたと発表された。また、アメリカは機密情報共有の一時停止を解除し、ウクライナに対する軍事支援を再開する方針を示した。


11日にまとめられた共同声明では、ウクライナが従来の姿勢を転換し、アメリカが主張する全面的な停戦案を丸のみする形となった。それにより、アメリカとウクライナがそろって停戦を主張する構図ができあがり、交渉は新たな局面へと進んだ。


12日、トランプ氏は記者団から停戦実現の見通しについて問われ、「ロシア次第だ」と述べた。トランプ氏は側近のウィトコフ中東担当特使をモスクワに派遣し、停戦案を受け入れるよう働きかける。


ここまでの流れを見ると、トランプ氏の狙い通りに進んでいるように見える。このまま「トランプ流の交渉戦略」が成功すれば、彼は「戦争を終わらせたリーダー」として評価されるが、失敗すれば「ロシア寄りの政治家」として批判を受けるリスクもある。


トランプ流の交渉方法には、信用の喪失、交渉相手の反発、長期的な不安定化という3つの大きなリスクがある。まず、ロシア・ウクライナ双方から信用を失いかねない。次に、ウクライナのように譲歩を強要された側が「受け入れざるを得ない」と感じても、強引な手法への反発が残るため、合意後の関係悪化や再交渉のリスクが高まる。また、この手法は短期的には成功しても、長期的に、今後の交渉がより困難になる危険性がある。結果的に、強硬な交渉姿勢がさらなる対立を生み、和平の持続性を損なうリスクがあると言える。


そして、これからはいよいよ本格的にプーチン大統領との直接交渉にもなってくるだろう。すでに米国とウクライナが合意した30日間の即時停戦案について、停戦は支持するが、議論すべき問題が残ると注文をつけたとも伝えられている。禁断の交渉術ではトランプ氏を凌駕するプーチン氏に対してどのような直接交渉を展開していくのか、私たちは、トランプ氏の戦略目標と言動の背景を理解したうえで、この先の展開を冷静に見ていく必要があるだろう。


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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=瀬戸友子)

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