「本当に頭がいい人」はなぜ数字に強いのか…「平凡な知能レベルの大学生」が82ケタの数字を覚えた驚きの方法

2024年3月15日(金)14時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ankrx

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成功している人は、他の人よりも才能があるのか。フォーチュン誌上級編集長のジョフ・コルヴァン氏は「私はそうは思わない。アメリカで偉業を成し遂げた著名人に取材をしてきたが、彼らの特別な能力は生まれつき備わっているわけではない」という——。

※本稿は、ジョフ・コルヴァン、米田隆訳『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。


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■あなたは数字を何桁まで記憶できるか?


1978年7月11日、ピッツバーグのカーネギーメロン大学の心理学実験室で、のちに心理学の文献でSFと呼ばれるようになる有名な実験が行われていた。ある実験のため、SFという名の一人の学部学生が任意の数字のリストを記憶しようと座っていた。有名な心理学者ウィリアム・チェース教授と博士課程を修了した研究者アンダース・エリクソンがこの学生を被験者としていた。


SFとその他を被験者に、この二人の研究者はスパン・タスクと呼ばれる標準記憶テストを実施していた。その研究では研究者が任意に並んだ数字のリストから一秒あたり一つの数字を読み上げ、20秒後被験者は自分が覚えていられるだけの桁数を復唱するというものだった。


心理学者はこの実験を何年にもわたって実施していた。興味深いのは、被験者SFはとてつもなく長い桁数の数字を覚えることができるという点だ。


このスパン・タスクでは通常の人は7桁の数字しか覚えられない。せいぜい9桁止まりでそれ以上いくことはまれだ(この20秒後というのがそれをとても難しくしている。やってみてほしい)。チェース教授とエリクソン博士の担当した被験者の一人は、9日間、毎日1時間このテストを実施したが、けっして9桁以上いくことはなかった。そして、被験者はもうこれ以上覚えることは不可能だと訴え、この実験から辞退した。


■ほとんど叫びながら、ついに22桁に到達


もっと以前に実施した同じ研究では、二人の被験者は何時間ものテストをやったのち、覚える桁数をようやく14桁まで増やすことができた。しかし、この日は特別でSFは当時新記録の22桁を記憶するように命じられていた。それはSFにとって大変つらい実験だった。


リストを読み終えるとSFは「わかった、わかった、わかった」とつぶやき、両手を3度高らかに打ち鳴らし静かになった。さらに神経を集中させているように見えた。「よしよし、413ポイント1」と叫び、深く息を吸い込んだ。


「7784」SFはほとんど叫んでいた。


「そうか、6で3だ」SFは叫んでいた。


「494……87そうか」と静かになり、「946!」また叫んだ。


あと一桁だけが残っていた。その一つが出ない。「946、ああ、946ポイント」SFは叫び声を上げていた。必死だった。ついに声を振り絞るように言った。「2だ!」ついにやり遂げた。


チェース教授とエリクソン博士は結果をチェックした。そのときドアをノックする音が聞こえた。大学内の警備員だった。実験室で誰かが叫んでいると通報があったからだ。


■平均的な知能の人間でも記憶力は鍛えられる


SFの業績はいくつかの点で重要だ。SFの22桁の記録は長くもつことはなく、SFは次々と新しい記録を塗り替え、最終的には2年間と250時間の訓練ののち、82桁の数字まで覚えることができるようになった。これがどれほど大変なことかよく理解してもらうため、次の数字を誰かに一秒に一つずつ読んでもらい覚えられるか想像すれば十分だろう。


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このリストを一度聞いただけでは正しい順番で思い出すことはどう考えてみても不可能なように思えるだろう。しかし訓練を始める前、SFの記憶力は平均的なものだった。学校の成績はよかったが、知能テストの成績は平均的だった。SFに関するどの情報にも驚異的記憶力を発揮するようなものはなかった。


82桁で訓練はやめたが、訓練の進行状況をみるかぎりSFが能力の限界に達したという証拠は、その時点では一切みられなかった。SFの友人の一人がチェース教授とエリクソン博士の被験者となるが、その被験者は実に102桁まで記録を伸ばした。この場合もまたその時点で彼の記憶力が限界に達したという証拠はみられなかった。これを受け、チェース教授とエリクソン博士は次のように結論づけている。


「練習を積めば、記憶技術の改善に限界はないように思える」


■訓練で能力が驚異的に向上する典型例


それがSFの実験における一つの重要な発見だ。つまり一般的能力でみれば、平均的な人が想像もできないくらいのレベルにまでその記憶力を高めることができるのだ。SFがどうしてできるようになったかが決定的に重要だが、それはのちに述べることにしよう。


2番目に重要なのは、この実験がエリクソンの心の中に一つの種を植えつけたという点だ。エリクソンはそののち偉業研究の分野で傑出した研究者になっていく。エリクソンは、SFのケースは「普通の成人が目を見張るばかりの潜在能力を発揮したり、訓練で能力が驚異的に向上したりする典型的な例だ」と言っている。これこそがエリクソンのこれまで40年間の研究テーマとなっている。


エリクソンは記憶の研究分野をはるかに超えて偉業研究を行ってきた。しかし、すべてはSFから始まったことを述べておくのは大切だろう。なぜならば、記憶力は、知能同様、偉大な業績を生み出すカギとなる力をもっていると世間では広くみなされているからだ。


■「頭がいい」とはどういうことか


頭がよいということは、とくにビジネスで必要となる。たとえば、ゼネラル・エレクトリック(GE)の元会長ジャック・ウェルチは、世界でもっとも巨大かつ複雑な企業組織のすみずみまでを覚えているようにみえることで有名だ。事業評価の最中、ウェルチは財務諸表の26行目にある数字の矛盾をその場で見つけ出すような男で、その場に居合わせた者を啞然(あぜん)とさせる。


写真=iStock.com/Ca-ssis
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こうした逸話は傑出した経営者にはよくあることだ。一世代前のITTの会長ハロルド・ジェニーンも同様の能力をもつ人間として伝説的だ。


高い能力の実業家は格別な記憶力に加えて、とてつもない知能をも持ち合わせているようにみえる。ウォーレン・バフェットが複雑な数学を暗算でやってのけることはよく知られている。バフェットは計算機を持っていないと主張しており、正直者で知られるバフェットの主張だからそれが真実であることには疑いの余地はない。


ワーナー・コミュニケーションズ帝国を築き、タイム社に売却したスティーブ・ロスも、複雑な企業取引を頭の中だけで分析することで知られていた。ロスは自分の能力が競争優位の源泉であるとみなしていた。


■ゴールドマン、マッキンゼー、マイクロソフトにグーグルも


「私は計算機が嫌いだ。計算機のせいで私と他の人との能力の差がなくなってしまう」とロスは言っていた。インテルの偉大な元会長アンディ・グローブは、みなぎる知性を周囲にふりまき、自分についてこられない部下には容赦ないことで有名だった。テレビ、映画、インターネットの世界で傑出したキャリアを築き上げたバリー・ディラーの場合にも同じことが当てはまる。


ビジネスのために特殊な才能をもって生まれてきた人がいるという考え方に疑問をもつようになったとしても、ビジネスで名をなした人はいずれも、とてつもない一般的能力、とくに知能と記憶力があると世間ではみなされている。たしかにウェルチ、バフェットなどこの点を証明するような多くの人を目にし、また多くの例にも出合う。


ゴールドマン・サックスは、ウォール街で同業者にもっとも高く評価されている会社だが、優秀な大学のもっとも優秀な卒業生だけを採用することでも知られている。


コンサルティング業界の頂点に立つ企業マッキンゼーが採用するのは、ハーバードビジネススクールの中でも成績優秀な学生のみ表彰され与えられるベイカースカラーをもつ卒業生(上位5%の学生)が大部分であることが知られている。


マイクロソフトとグーグルは、入社面接で志願者の多くが悲鳴を上げて立ち去るような厳しい質問をすることで有名だ。成功している企業は統一学力試験(SAT)で満点をとるような人間で満ち満ちているようにみえる。


■成功者は、生まれつき才能を持っているのではない


そうした背景を鑑みれば偉業に関する研究の成果から、「高い業績を生み出すには、SFの記憶力のように開発された一般能力はもちろん、生まれつきの著しく高い一般能力さえ必要ではない」ということを知れば最初はどうしても驚くだろう。


事実、ビジネスを含む多くの分野で一般知能と特定な能力との関連性はほとんどなく、いくつかの場合は明らかに無関係だ。記憶に関していうなら、大変すぐれた記憶力という概念を説明するには明らかに無理がある。なぜなら記憶力は生まれつきというよりは身につけるものだからだ。


ビジネスや他の分野で成功しているほとんどの人が、何か特別なものをもっているのは一目瞭然だ。しかし、それはいったい何だろう。原価計算を行うこと、ソフトウエアを考えること、カカオ先物取引を行うことといった分野で、生まれつきの才能があるとは思えない。そして、特別に思える専門能力も、実は一般的な認知能力を超えるものではないという事実はもっと信じられないことだろう。


しかし、それが偉業研究の成果が示していることなのだ。だが、その事実があまりにも直感的には、理にかなっていないのでさらなる説明を求めたくなる。


■SFはどうやって22桁もの数字を覚えたのか


フランシス・ゴルトンは、高い記憶力は著名な人の大きな特徴の一つであって、記憶力は遺伝によって受け継がれる天賦の才の一つだと確信していた。



ジョフ・コルヴァン、米田隆訳『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版)

たとえば、学者リチャード・ポーソンは記憶力にかけては驚異的能力の持ち主で、一族から受け継いだ遺伝的なものだとゴルトンは主張している。しかし最近の多くの研究によれば記憶力は後天的なものであり、ほとんど誰でも身につけることのできる能力であることが判明している。


前述のSFの場合、スタート時は通常のIQと通常の記憶力だったにもかかわらず、最終的には驚異的に記憶力を伸ばしている。実は、記憶を助けるシステムを競走ランナーとしての自分の経験に基づいてつくり上げていたのだった。


たとえば、22桁目の数字を思い出そうと懸命になっていたとき、彼が言いつづけていた言葉を思い出してほしい。「946、ああ、946ポイント」。なぜSFはポイントと言っていたのだろう。


その数字の少し前のほうでは、同じように「413ポイント1」と言っていた。9462という数字を、9分46秒という時間に読み換え、2マイル走った際の素晴らしい記録とみなしていたのだ。同様に、4131と聞くと、それは1マイル4分13秒と考えていたのだ。


これは研究者が記憶検索システムと呼ぶものだ。このことは本書の中でのちに、とくに重要性をもつものとして記述するつもりだ。記憶検索システムを自ら生み出すか研究者に教えられることで、膨大な記憶力を手にできることをSFや他の多くの調査研究が示している。


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ジョフ・コルヴァン
フォーチュン誌上級編集長
アメリカでもっとも尊敬を集めるジャーナリストの一人として広く講演・評論活動を行っており、経済会議「フォーチュン・グローバル・フォーラム」のレギュラー司会者も務める。PBS(アメリカ公共放送)の人気番組「ウォール・ストリート・ウィーク」でアンカーを3年間務めた。ハーバード大学卒業(最優秀学生)。ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスでMBA取得。アメリカ、コネチカット州フェアフィールド在住。『究極の鍛錬』はビジネスウィーク誌のベストセラーに選ばれている。
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(フォーチュン誌上級編集長 ジョフ・コルヴァン)

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