青学が"ジャイアントキリング"を果たすのか…初開催「大学vs実業団」の駅伝で大学が番狂わせ起こすための条件

2025年3月15日(土)10時15分 プレジデント社

箱根駅伝最終日、優勝しポーズをとる青学大の原晋監督=2025年1月3日、東京・大手町 - 写真提供=共同通信社

駅伝版の社会人vs.大学生のバトル。今週末に初めて実施される「エキスポ駅伝」で注目なのは、やはり箱根駅伝連覇で乗っている青学大の動きだ。原晋監督は実業団チームを挑発する発言をするなどして盛り上げに躍起だが、各9チームずつの戦いの結果やいかに。スポーツライターの酒井政人さんが戦況を予想する——。
写真提供=共同通信社
箱根駅伝最終日、優勝しポーズをとる青学大の原晋監督=2025年1月3日、東京・大手町 - 写真提供=共同通信社

■青学・原晋監督「大学と実業団がガチンコ対決する画期的な駅伝」


3月16日に「大阪・関西万博開催記念 ACN EXPO EKIDEN 2025」(以下、エキスポ駅伝)が初めて開催される。実業団vs.大学、駅伝ではほとんど混じることのない両者の激突はファンにとっては“夢のカード”である。


その“戦い”はすでに始まっている。今年の箱根駅伝で連覇した殊勲のメンバーが2月以降の国内の大きなマラソン大会でも存在感を大いに見せつけた青山学院大・原晋監督の“口撃”がとまらないのだ。


スポーツ紙の報道によると、1月23日に行われた第101回箱根駅伝優勝報告会のメディア対応で、エキスポ駅伝を欠場するHondaをこう批判した。


「エキスポ駅伝は大学と実業団がガチンコ対決する画期的な駅伝です。テレビ、ラジオで生中継されるし、大阪のど真ん中の御堂筋を走ります。そんな大会になぜホンダは出ないのか? チームというよりも、ホンダの経営陣に問いたい。こんなに目立つ大会になぜ出ないのでしょうか。なぜ、駅伝チームを持っているのでしょうか」


実に原監督らしい発言である。なるほどそうだな、と思う部分と、もう少し冷静になったほうがいいかな。というのが、筆者の率直な感想だ。


エキスポ駅伝は実業団チームと大学チームが「日本一」を争う大会という趣旨で行われるが、決して大会の“権威”があるわけではない。むしろエキシビションマッチに近いといえるだろう。


大学は昨年11月に行われた「全日本大学駅伝」で入賞した國學院大、駒澤大、青学大、創価大、早稲田大、城西大、立教大、帝京大と関西学連選抜の9チーム。実業団は元日の「全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)」で上位に入った旭化成、トヨタ自動車、GMOインターネットグループ、住友電工、富士通、安川電機、Kao、ロジスティードと実業団連合選抜の9チームだ。


大学側は全日本大学駅伝のトップ8全校が集結した一方で、実業団側はニューイヤー駅伝2位のHondaだけでなく、同5位のSUBARU、同7位の三菱重工も出場要請を“固辞”したかたちになっている。


さらに直前になって、ニューイヤー駅伝王者の旭化成と、日本陸連シニアディレクター(中長距離、マラソン担当)の高岡寿成氏が監督を務めるKaoが「12人のエントリー選手において、体調不良や故障によるコンディション不良でオーダーを組めなくなったため」(大会主催者)に出場を辞退することになった。


そもそも実業団と大学は目指すべきステージにズレがある。


エキスポ駅伝は大阪万博の会場だった万博記念公園をスタートし、大阪・関西万博の会場となる夢洲周辺をゴールとする全長約55km、7区間で争われる。陸上長距離選手にとって、3月中旬はロードからトラックへの移行期間で、開催時期としては悪くない。


しかし、今年に限っては事情が少し異なる。9月に開催される東京世界陸上の代表選考会を兼ねた日本選手権10000mが4月12日に行われるからだ。また同選考会でもある大阪マラソン(2月23日)と東京マラソン(3月2日)が終わったばかりだ。


10000mとマラソンで世界大会を本気で目指している選手が多いチームはスケジュールを考えると、エキスポ駅伝に準備万端で向かうのは非常に難しいだろう。欠場を選択するチームが出てきても不思議はない。また言葉を選ばずにいえば、実業団にとっては大学と戦うメリットはほとんどないのだ。


■社会人は大学生に「勝って当たり前」の歴史


「社会人vs.大学生」で有名だったのは日本ラグビーフットボール選手権大会(1960〜2021年)だろう。ラグビーの「日本一」を決めるという名目で、長きにわたり社会人チーム1位と大学チーム1位が対戦してきた(途中から複数チームが参加するトーナメント形式になった)。社会人と大学生の対決は2016年まで延べ97試合が行われ、社会人チームの82勝14敗1引分だった。


陸上界でも実業団・学生対抗大会が1961年から開催されており、63戦して実業団の57勝6敗という成績だ。


実業団からすれば大学に勝つのは当たり前で、勝ったところで特に称賛されるわけではない。逆に負けた場合は、非難を受けることになる。リスクを考えると、実業団が大学と対戦するメリットはほとんどない。


青学大・原監督は2月27日に開催されたイベント〈adidas ADIZERO Special Talk〉後の囲み取材でも、エキスポ駅伝に出場する実業団チームに“注文”をつけている。


「大学チームはどんどん留学生を使っても良いけど、実業団チームはしょうもない施策で留学生を使うようなとぼけた政策、絶対するなよ! 実業団はハンディのなかで逆に使うなよ、と。それくらいの気構えでやってほしい」


大阪・関西万博開催記念 ACN EXPO EKIDEN 2025(エキスポ駅伝2025)オフィシャルサイトより

エントリーリストを見ると、大学チームに留学生の登録はなし。一方、実業団は9チーム中6チームが外国人選手を登録している。


エキスポ駅伝で外国人競技者を起用できるのは4区(5.4km)もしくは6区(4.7km)になる。大半のチームは4区での起用が濃厚で、日本人選手は30〜50秒近い差をつけられることが予想される。レースの行方は外国人選手を擁する実業団チームが優勢といえるだろう。


そもそも外国人選手を雇っているチームからすれば、コストをかけているわけなので、起用しないわけにはいかない。そんな状況で、原監督の“声”は実業団チームに届くのか。


■青学大とHondaはどちらが強いのか?


では日本人選手だけでガチンコ対決したらどうなるのか。エキスポ駅伝は1区8.9km、2区5.1km、3区12.5km、4区5.4km、5区10.1km、6区4.7㎞、7区7.8㎞。青学大と名指しで原監督が批判したホンダ(今大会は不出場)の戦いをシミュレーションしてみたい。


※青学大はエキスポ駅伝のエントリーに関係なく在学中の選手で構成。
※名前横のタイムは5000m or 10000mの自己ベスト。


青学大/Honda
1区 鶴川正也(13分18秒51)/森凪也(13分16秒76、中央大卒)
2区 宇田川瞬矢(13分37秒77)/青木涼真(13分21秒81、法政大卒)
3区 黒田朝日(27分49秒60)/伊藤達彦(27分25秒73、東京国際大卒)
4区 野村昭夢(13分33秒88)/小袖英人(13分22秒01、明治大卒)
5区 太田蒼生(28分20秒63)/小山直城(27分55秒16、東京農業大卒)
6区 折田壮太(13分28秒78) /中野翔太(13分24秒11、中央大卒)


7区 若林宏樹(27分59秒53)/川瀬翔矢(27分55秒97、皇學館大卒)


1区は僅差の戦いになると予想するが、2区以降は、数字上はホンダのほうが明らかに強い。青学大は箱根駅伝に滅法強いが、出雲駅伝や全日本大学駅伝ではなかなか勝つことができていない。この距離の駅伝ではホンダのスピードに完敗するだろう。


駅伝というかたちではないが、昨年の日本選手権5000mで両者はガチンコ対決している。


ホンダは伊藤達彦が13分13秒56の大会新で制して、森凪也が13分16秒76で2位に入り、ワン・ツーを達成。小袖英人が7位(13分22秒01)、中野翔太が14位(13分36秒46)に入っている。一方の青学大は鶴川正也の4位(13分18秒51)が唯一の入賞で、黒田朝日が19位(13分40秒18)、折田壮太が28位(14分15秒00)だった。


5000mで日本一を決める舞台でもホンダが青学大勢に圧勝している。正直なところ、青学だけでなく、大学×実業団の実力差は明らかだが、駅伝は何が起こるかわからない。


持ちタイムとしては敗色濃厚であることは原監督自身も熟知しているはず。それでも「陸上界を盛り上げよう」との思いで、いわばヒール役を買って出ている。気になるのは、その原監督の言葉に実業団チームが沈黙を貫いていることだ。原監督ほどメディア露出が多くないこともあるが、誰かバチンと言い返してもいいのではないだろうか。バトルの様相になればネットなどで話題になり絶対に大会が盛り上がるからだ。そうした話題作りが下手クソであることが陸上という競技が地味に見えてしまう要因とも言える。


筆者は、実業団チームの監督で今回とは別の案件で取材を申し込んだ際、「練習に集中したい」という理由で断られたことが何度かある。総じて実業団の監督はメディア露出よりも、ニューイヤー駅伝で結果を残すことと、世界大会に出場することに注力している、といった印象だ。


原監督は、「日本の長距離の強化の柱は駅伝でしょう。もし『世界を目指す』というのなら、世界で結果を残していますか、と問いたい」とも話しているが、世界大会で結果を残すのは、箱根駅伝で勝つより難しい。


箱根駅伝は夏の甲子園と同じで、たとえその年の全体的レベルが低くても優勝校が必ず誕生して、ヒーローも毎年のように登場する。しかし、世界大会は毎年あるわけではなく、“日本新記録レベル”のパフォーマンスを発揮しても上位に食い込めるとは限らないからだ。


と、立場によって思惑や目標は異なる者たちが集まって実施されるエキスポ駅伝。もし盛り上がったら、実業団チームは、同駅伝を自身の知名度を駆使してPRしてきた原監督に感謝しないといけないだろう。


なお、レースは3月16日の午前8時30分からテレビ朝日系列で全国生中継される。


データ上は不利な青学が“ジャイアントキリング”を起こすのか、他の伏兵大学が格上の実業団に一矢報いるのか。一方の実業団は先輩のメンツを保つのか、それとも勝って当たり前の重圧に屈するのか、学生相手に油断して足元をすくわれるのか。


選手のコンディションや、沿道のファンの後押し次第では、学生が卒業間際の4年生中心に若者らしい「バカ力」で大番狂わせを見せる可能性もゼロでないはずだ。


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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)

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