なぜ刑務所経験のある人は「ぜんざい」が好物になるのか…市井の人たちは絶対に知らない「独特の食べ方」
2024年3月18日(月)13時15分 プレジデント社
※本稿は、黒栁桂子『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■刑務所人気ナンバーワンは「ぜんざい」
全国の刑務所どこでも、人気ナンバーワンなのが「ぜんざい」である。
とくに珍しくもないメニューがなぜ人気なのか。それは砂糖をたっぷり使ったメニューだからだ。
刑務所生活が長くなると、無性に甘いものが食べたくなるらしい。砂糖には、中毒性や常習性があるといわれる。日本人の多くが砂糖中毒だという文献もあるくらいだ。食べ物に制限のある生活をしていると誰でもそうなるらしい。
服役前はそれほど甘いものが好きではなかった受刑者も、刑務所生活に慣れてくるとすっかり甘党になる。私はそんな彼らを「スイーツ男子」と呼んでいる。酒やタバコなどの嗜好(しこう)品が一切ない生活の中では、甘味が唯一の癒しなのだろう。
明治から昭和時代の小説家、武者小路実篤の名言に「甘味は人の心を和らげる」とあるのも納得だ。
写真=iStock.com/kazoka30
刑務所人気ナンバーワンは「ぜんざい」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kazoka30
■刑務所のぜんざいはどんぶりサイズ
さて、驚くのはぜんざいだけではなくそれを含めた1食分の組み合わせと量である。
これが管理栄養士の作成したメニューなの? 非常識だ! そう言われる自信がある。
私も刑務所に勤務し始めた頃は驚いたというか、たまげたという表現のほうが合っている。当然ながら栄養バランスなんて無視した高炭水化物、高脂肪食なのだ。『変な給食』の著者である幕内秀夫氏に知られたら、即取り上げられるに違いない。それほど栄養士や管理栄養士にとって非常識なメニューだ。
まず、ぜんざいの量が問題だ。普通に甘味処でいただくぜんざいといえば、味噌汁用ぐらいの小ぶりの汁椀に盛られる。ところが刑務所では、どんぶりサイズなのだ。
■刑務所のコッペパンは給食の2個分
重量にすると400グラム近く、ずっしりした量感で、これが主菜。主食はコッペパンで、男子刑務所ではかなり大きめ。A食の場合200グラムほどあり、これは学校給食のコッペパン2個分に相当する。
写真=iStock.com/harmpeti
刑務所のコッペパンは給食の2個分(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/harmpeti
どんぶりぜんざいの食べ方を刑務所特有のテーブルマナーで解説しよう。
刑務所の食事時間は短い。10分程度で食べ終わらなければならず、ゆっくりと味わう時間などない。パンにぜんざいを挟んで食べる者、ぜんざいの中にマーガリンやちぎったパンをすべて入れて混ぜ合わせて食べる者など、正直いってお行儀がよろしくない。
しかし、彼らはいかに効率よく食べるか、いかにいろんな味変を楽しむかを追求した結果、その食べ方に落ち着いたのである。
■ぜんざい、マーガリン、牛乳は必ずセット
あるとき、ぜんざいのメニューにマーガリンをつけていなかった。
「先生、ぜんざいにマーガリンはテッパンですよ! 絶対つけてください!」
後日、受刑者たちから懇願されて以来、ぜんざい、マーガリン、牛乳は必ずセットで出すようにしている。
甘味たっぷりで幸せを感じられる、このメニューを月2回は出してほしいと要望されるが、管理栄養士としてのささやかな抵抗から、当所では月1回を基本としている。
ぜんざいに限らず、パン食の日はシチューやサラダなどと組み合わせられる惣菜パン系と、カスタードクリームなどを挟む菓子パン系の両方が楽しめるようにメニューを組み立てている。
決まった食事しか出されないため、自分たちなりに混ぜたり挟んだり、味の選択肢を増やして楽しみたいのだ。
■受刑者が発見した「口中調味」
あるとき、こんなことを言われた。
「先生! スライスチーズとブルーベリージャムを一緒に食べると、レアチーズケーキの味になるんですよ!」
「なに? それ? すごい発見じゃん! マーマレードでもイケそうじゃない?」
「いいっスね! 目をつぶって食べるといいんっス」
なるほど納得! 「口中調味」という日本独特の食べ方文化を最大限生かした、素晴らしい手法だ。
目をつぶって視覚情報を遮断することによって、味覚が研ぎ澄まされ、味わうことに集中できるのだ。
写真=iStock.com/kaorinne
「レアチーズケーキの味になるんですよ!」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kaorinne
そういえば、出張である女子刑務所を訪れたとき、素晴らしい技を見かけた。
コッペパンを片手に持ち、その側面に箸をプスプスと等間隔に突き刺して切り取り線を入れ、そこからパカッときれいに割って、サンド用のコッペパンにして具を挟んでいた。
見た目などどうでもいい男子に比べて、女子は美しく食べたいのだと感じた。
■刑務所で取り入れた「イカフライレモン風味」
刑務所で働き始め、私が初めて新しく取り入れたのがこのメニューだった。
実は前職の学校栄養士時代の給食からのパクリである。学校では材料にみりんも入れていたが、すでに説明したように刑務所では使えない。そんな事情から、刑務所用にレシピをアレンジしなければならなかった。
ちなみに学校給食でのメニュー名は、「イカフライのレモン煮」だった。
少しだけ表現を変えたのは、パクリという後ろめたさと、「煮」と言いながら実際には揚げてからタレをかけているので、「煮てないだろっ!」というつまらない反抗心から「煮」を「風味」に置き換えたのだ。
■学校給食で人気ダントツ1位
ちなみにレモンだって業務用のレモン果汁を使っているため、果汁はわずか10パーセントの「なんちゃってレモン」である。
レモンといいながら実はあまりレモンではないという意味で、「レモン風味」という表現がちょうどよい。
写真=iStock.com/vikif
果汁はわずか10パーセントの「なんちゃってレモン」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/vikif
さて、この「イカフライのレモン煮」は西尾市の学校給食が始まりで、愛知県内では何度もテレビで取材されているほど有名。同市内の学校給食でダントツ1位の人気を誇る。これが出る日は出席率がよい、と噂されるほど生徒を引き寄せるのだ。
なんでも過去には、給食時間の前に不良グループが配膳室に忍び込み、盗み食いした事件が発生したらしい。それ以来、配膳室は施錠されるようになったと聞いている(刑務所と同じやんか……)。
まぁ、それほどまでに人気ということなのだ。地元にはお惣菜として売る店があったり、居酒屋メニューにもなったりしている。
■「給食食べにおいでよ」
当時、中学2年生の学年主任だった田岡先生は、スリムなのに給食はいつも男子顔負けに大盛ご飯を食べるのが印象的だった。
問題生徒が教室外でたむろしていると連絡を受けると、
「行くよ!」
と、複数の男性教師を引き連れて職員室を颯爽(さっそう)と出ていく姿は、頼れる姉御という感じだった。
給食にイカフライのレモン煮が出た日は、不登校だったアイコちゃんに電話をかけ、
「今日はあんたの好きなイカフライのレモン煮だよ。給食食べにおいでよ」
と声をかけていた。
■「家にいても食べるものもないのよ」
田岡先生曰く、
「あの子たち、家にいても食べるものもないのよ。給食だけでも食べに来てくれたらいいのに」
なんて言っていた。
その頃の私は、「家に食べるものがない」ということが理解できなかった。虐待とかネグレクトといった家庭の存在など、自分の身近にあるとは思っていなかったからだ。
私にしてみたら、不登校で給食費も払っていない生徒らがきまぐれで教室に来て給食を食べるたびに、欠席者のいるクラスを探して1食分を用意したり、給食費をカウントして請求したりといった余計な仕事が増えるだけで、ウンザリだった。結局、私はアイコちゃんとは一度も会う機会がないまま小学校に異動となり、さらに刑務所に転職してしまった。
写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
「家にいても食べるものもないのよ」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
■亡くなったのは、あのアイコちゃんだった
刑務所に勤務して数年経ったある日、たまたま自宅でテレビを見ていたら、交通事故死のニュースが流れた。亡くなったのは、あのアイコちゃんだった。
20歳くらいだっただろうか。それ以来、炊場でイカフライレモン風味を見るたびに、田岡先生と会ったこともないアイコちゃんを思い出す。
ある受刑者は、イカフライレモン風味が一番好きだと言っていた。
「僕だけじゃないですよ。娑婆に出たら自分で作れるようにって、レシピを覚えて書き留める人もいるくらいですから」
■分量や手順を暗記した
彼らは炊場のレシピを持ち帰ったり書き留めたりすることができない。それはルール違反になる。
だから、分量や手順を暗記し、部屋に帰ってからの自由時間にノートに書き留めるのだろう。
そこまでして作りたいと思ってくれるなんて栄養士冥利(みょうり)に尽きるじゃないか! と、パクリメニューでもうれしかった。
■娑婆にはもっとおいしいものがある
彼の仮釈放が近いことは髪の伸び具合でわかった。卒業が近くなると、髪を伸ばすことができるからだ。
それに、炊場から外され、卒業に向けてのカリキュラムが始まるため、彼と会える機会はもう少ないことを示していた。
「もうすぐ『イカフライレモン風味』が出るかなあ……」
とつぶやくと、彼はこう言ってほほ笑んだ。
黒栁桂子『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)
「マジっすか? ちょっとしたクリスマスプレゼントですね」
季節は12月に入った頃だったと思う。その程度で喜んでくれるなんて、私もうれしくなってつられて笑ってしまった。
娑婆にはもっとおいしいものがある。ここを出たらいくらでも自由に食べられる。
刑務所での生活なんて彼らにとっては黒歴史だろうし、ましてやムショメシなんて思い出したくもないだろう。そう思っていたけど、違うのかも……。刑務所生活の中でも数少ないよい思い出として、彼らの印象に残るような給食を出したいと思った。
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黒栁 桂子(くろやなぎ・けいこ)
管理栄養士
愛知県生まれ。管理栄養士、法務技官。老人施設や病院勤務を経て、病気の予防に興味をもつ。出産育児を機に料理教室や講演等の食育活動をスタート。10年間開催した「男の料理教室」ではのべ1000人の高齢男性に指導。初心者男性が料理を覚えて家族に喜ばれることにやりがいを感じる。刑務所の管理栄養士採用試験では30倍の狭き門を突破し、採用される。刑務所では制限が多いながらも「ワクワクする給食」をめざし、受刑者たちの「ウマかったっス」を聞くため、彼らとともに日々研究を重ねている。著書に『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)。
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(管理栄養士 黒栁 桂子)