時価総額20分の1だったアップルになぜ大逆転を許したのか ゲイツとジョブズ、2大巨頭の共通点と真逆の経営哲学とは
2025年3月14日(金)4時0分 JBpress
小さなガレージで生まれたパソコンメーカーのアップルを世界的ブランドに育てたスティーブ・ジョブズ。1985年に社内対立で退職したあとNeXTやピクサーを成功に導き、1997年にアップルへ戻るとiMac、iPod、iPhoneなど革新的な製品を次々と世に送り出した。本連載では『アップルはジョブズの「いたずら」から始まった』(井口耕二著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集し、周囲も驚く強烈な個性と奇抜な発想、揺るぎない情熱で世界を変えていったイノベーターの実像に迫る。
今回は、アップルに復帰したジョブズがiPodやiPhoneを連続してヒットさせ、時価総額でマイクロソフトを大逆転するまでの過程を紹介する。
奇跡の大逆転を演じたアップル
時価総額20倍のマイクロソフトを追い抜く
2000年前後、マイクロソフトはパーソナルコンピューターの世界に君臨する王だった。対してアップルは、スティーブ・ジョブズが復帰した1997年ごろにはいつ倒産してもおかしくないほど低迷していた。
だから、ジョブズは、宿敵マイクロソフトに提携と投資を持ちかけた。マイクロソフトの支援なしにアップルが生きのびることはできなかったからだ。
それが2010年5月には時価総額でアップルがマイクロソフトを上回った。10年あまりの間に、なにが起きたのだろうか。
■ iPodの対抗製品が大失敗
アップル復帰後のジョブズはヒットを連発していて、そのすべてが逆転に寄与したのはまちがいない。ただ、最初のきっかけはiPodだろう。ビル・ゲイツをして「これはすごい…Macintosh専用なのかい?」と言わしめた製品だ。
続けて、iTunesストアで音楽業界を根本から変える。大手音楽会社を1社ずつ口説き落とし、20万曲もの楽曲をダウンロード購入できるようにしたのだ。
このときは、マイクロソフト役員が「やられた」「我々が本当にやられるのは、アップルがコレをウィンドウズに持ってきたときだろう(持ってこない失敗はしないだろう)」と大騒ぎする事態になった。
自分たちも似たものを提供しなければならない、もっと上手にできると証明しなければならないとマイクロソフトもがんばるのだが、その結果生まれたのは、2006年のZuneだ。iPodに似ているが不細工で使いづらく、結局、5%も市場シェアを獲得できずに消えてしまう。
■ iPhone、iPadを過小評価
こんな前例があってなお、マイクロソフトはiPhoneの価値を正しく評価できなかった。当時のCEO、スティーブ・バルマーは「高いしキーボードがないしで、売れるはずがない」と語っている。わずか3年で、世界の携帯電話市場で利益の半分を占めるほどの大人気となる製品なのに、だ。
2010年のiPadでも、ビル・ゲイツが「音声、ペン、キーボードという組み合わせ——つまりネットブック——が主流になるといまでも思っています。iPadはなにかを読むにはすてきですが『これをマイクロソフトで作れていれば』と言いたくなる点はありません」と語っている。
それから10年あまりたったいま、キーボードはソフトウェアが中心だし、スタイラスペンは文字やイラストに使うものでふつうの操作は指でするのが当たり前になっている。
■ ごく真っ当だったMSの判断
2000年当時、アップルの時価総額はマイクロソフトのわずかに20分の1だった。それが、iPad発売翌年の2011年9月にはマイクロソフトの1.7倍にまで膨れ上がった。iPod、iPhone、iPadの三連続ホームランが奇跡の大逆転を生んだのだ。
なぜ、マイクロソフトはアップルの逆転を許したのか。ビル・ゲイツやスティーブ・バルマーの判断ミスだとするのは少し酷かもしれない。
iPhoneが登場したころ、人気を博していたのはBlackBerryなどキーボード付きの製品だ。それもあって世間的な評価は「iPhoneはアップル信者しか買わない」だった。指を使ったマルチタッチ操作の真価が世の中で認められるまで、なんだかんだ2〜3年もかかっているのだ。さらに、iPadが発売されたころ大流行していたのはネットブックだったし、iPadそのものは世間的に酷評の嵐だった。
iPhoneやiPadの過小評価はマイクロソフトが見誤ったのではなく、その時代のメインストリームと同じ見方をしただけとも言える。そしてそれは、主流指向、シェア指向のマイクロソフトにとって当然のことだったのではないだろうか。
■ジョブズの評価は不動のものに
マイクロソフトがアップルの逆転を許したのは、やはり、ジョブズがすごかったからだろう。ジョブズには製品を使うユーザーの姿が見えていたと思う。いつも、「なにができるのか」ではなく、「こういうことができたらいいな」を起点に考えていた。それはMacintoshを開発した時代から変わらない一貫した姿勢だ。だから、時代のメインストリームと違う発想ができた。彼が天才と言われるゆえんだろう。
宿敵マイクロソフトを追い抜き、アップルを世界最大のテクノロジー企業に押し上げたジョブズはその名声を不動のものにした。評伝『スティーブ・ジョブズ』の著者ウォルター・アイザックソンは「スティーブ・ジョブズは、まずまちがいなく100年後まで記憶に残る経営者となった。エジソンやフォードに並ぶ人物として歴史にその名が残るはずだ」と述べている。この評価に異を唱える人はいないだろう。
オープンVSクローズド戦略が真逆のジョブズとゲイツ
スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツはパソコン界の2大巨頭と言える。同い年で大学は中退など共通点も多いのだが、その経営哲学は、真逆と言えるほどに違う。
特に大きく違う点としてよく指摘されるのが、オペレーティングシステム(OS)のライセンス供与に対する姿勢である。
■ 統合アプローチこそ「正義」
ユーザー体験を完全にコントロールしたいジョブズは、端麗な作品を他人にゆだねるなど身の毛もよだつと他社へのOSライセンスをかたくなに拒んだ。対してゲイツは、どこに対してもOSのライセンスを与え、その結果、ウィンドウズが業界の標準になった。
この違いはどこからきているのだろうか。
ジョブズは統合こそが正義だと考えた。
「ほかの連中のように、ガラクタを作るのではなく、すごい製品を作りたいからだ。ユーザーのことを考え、体験全体に責任を持ちたいからそうするんだ」
そして、ユーザーの体験をすっきりシンプルにするには、ハードウェアとソフトウェア、さらにはコンテンツや販売員にいたるまで、すべてを統合できる本物の創造性が必要だと考えたのだ。
対してゲイツは、互換性が正義だと考えた。どの会社が作るハードウェアも標準的なOS(マイクロソフトのウィンドウズ)が走り、同じアプリケーション(ワードやエクセルなど)が使える世界が理想というわけだ。だから積極的にOSのライセンスを提供した。
最終的な使い勝手は統合アプローチの勝ちだが、他人のマシンや会社のマシンでもだいたい同じように使えるという意味では互換性重視にもメリットがある。
ゲイツ自身、ジョブズがネクスト時代に新しいコンピューターを発表したとき、こう皮肉っている。
「彼(ジョブズ)の製品には、非互換性というおもしろい機能が搭載されているのです。既存のソフトウェアはどれも使えません。でもとってもすてきなコンピューターなんです。互換性のないコンピューターを私が設計するとして、あれほどのものが作れるとはちょっと思えません」
<連載ラインアップ>
■第1回「シンプルにしろ」iPodの開発会議で、スティーブ・ジョブズが思わず「それだ!」叫び、採用を即決したアイデアとは?
■第2回 「共食い上等、食われる前に食う」iPodを葬ってまでiPhoneを発売したスティーブ・ジョブズの計算とは?
■第3回形だけまねると“イタいプレゼン”に スティーブ・ジョブズ流の高度な説得術とそれを象徴する「有名な一言」とは?
■第4回時価総額20分の1だったアップルになぜ大逆転を許したのか ゲイツとジョブズ、2大巨頭の共通点と真逆の経営哲学とは(本稿)
■第5回 「飼い犬に手をかまれた」スティーブ・ジョブズがグーグルのアンドロイドに激怒した理由とは?
■第6回 マスクはジョブズの再来か? あり得ないレベルで物事を突きつめ、無茶苦茶なのに成果を上げる二人の共通点とは(3月26日公開)
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筆者:井口 耕二