2020年に特許件数でアップルらを圧倒 IBMがイノベーションを実現し続けるために行う独自の中間管理職の育成法とは?

2025年5月9日(金)4時0分 JBpress

 イノベーションとは、必ずしも壮大な目標や崇高な理念の下で生まれるものではなく、選ばれし一部の人間によって成し遂げられるものでもない。課題解決方法の改善と挑戦という身近な取り組みこそが、イノベーションの実現につながる。本稿では、世界的な経営大学院INSEADの元エグゼクティブ教育学部長であり、一橋大学で経営学を学んだ知日家としても知られるベン・M・ベンサウ氏の著書『血肉化するイノベーション——革新を実現する組織を創る』(ベン・M・ベンサウ著、軽部大、山田仁一郎訳/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集。W.L.ゴア、サムスン、IBMなど世界的な大企業がどのように障害を乗り越え革新をもたらしたかについて、その実行プロセスからひもとく。

 2020年に、28年連続で特許件数最多を記録した老舗IBM。イノベーション実現の遺伝子を、企業内で新しい世代に伝えていくためのヒントを探る。


イノベーションの実現をコーチングする

■イノベーションが第2の天性になる時——中間管理職コーチはいかにしてIBMのイノベーションを促進したか?

 保険業とは異なり、ハイテク業界はイノベーションの実現に向けた挑戦が当たり前のように行われている場所である。

 ビジネスリーダーが組織をより革新的にする方法を学ぼうとする時、彼らはしばしばアップル、グーグル、フェイスブック、マイクロソフト、アマゾンといったドットコム時代に誕生した有名なテクノロジー企業に発想のきっかけを求める。

 これらの企業が、画期的なイノベーションによって巨大で成功したビジネスを築き上げたことは確かである。しかし、これらの企業やその有名な創業者、CEOにまつわる神秘性や魅力は、伝統的な業界の「普通の」企業が応用できるイノベーションの実現についての教訓を、時として曖昧にしてしまうことがある。

 テクノロジーの世界であっても、目を見張るようなイノベーションで注目を集める企業が、必ずしも他のビジネスリーダーが見習うべき企業とは限らない。例えば、米国で最も多くの特許を取得しているハイテク企業はどこかと考えた時、その答えに驚くかもしれない。

 アップルでもグーグルでもフェイスブックでもマイクロソフトでも、ドットコム時代の末裔でもない。

 実は、2020年に最も多くの技術イノベーションを記録した企業は、老舗企業であるIBMだった。1911年に設立されたIBMは当初、1880年代に開発された情報集約とコンピュータ技術を基盤としていた。そして、2020年の勝利は決して偶然ではなかった。2020年は、IBMが28年連続で特許件数において他社を凌駕した年だった。

 もちろん、特許は企業のイノベーションを測る唯一のものでも、必ずしも最良のものでもないが、そのとらえどころのなさを測る有用な代用指標であることは間違いない。IBMは、他にもさまざまな方法でそのイノベーション能力を発揮してきた。

 例えば、パンチカード式コンピュータからデジタル機器へ、そしてソフトウェア、コンピュータ・メモリ、データベース、パソコン、インターネット、そして最近ではクラウドをベースとしたコグニティブ・コンピューティングのリーダーとなることで、時代を通じて自らを繰り返し再構築する能力を発揮してきた。

 IBMが10年単位でイノベーションの実現を継続している理由を説明するのに役立つ要素は数多くある。しかし、極めて重要な要素とは、IBMの中間管理職がその育成を奨励されている、文化的ダイナミクスとイノベーション実現を推進する実践である。

 IBMのグローバル・テクノロジー・サービス部門でイノベーション・コーチを務めるクリストフ・クロックナーは、彼やその他の中間管理職がイノベーションを中心とした企業文化を育成するために行ってきた主な活動をいくつか挙げている。それは、以下のような活動である。

▶ IBMの顧客が直面する課題に対する創造的な解決策に賞金を提供する、テーマ別ハッカソン

▶ 若手実務家が「マスター発明家」や「アジャイルチャンピオン」といった憧れの称号を得る機会を提供するイノベーションコンテスト

▶ 特許だけでなく、学会発表、オープンソースへの貢献、学術誌への寄稿など、IBMの社員が業界全体の考え方と接点を持ち続けられるような取り組みに対し、チームメンバーに報酬を与える

 中間管理職のコーチによって組織され、推進されるこのような活動は、注目度の高い数多くのプログラムを含む全社的なイノベーションの枠組みによって支えられている。その1つがIBMのEBO(エマージング・ビジネス・オポチュニティ)システムで、2000年に誕生し、以来さまざまな形で進化、拡大、変容を遂げてきた。

 これは、重要な経済的・社会的トレンドが生み出す強力な事業機会を特定し、その機会に対処するための革新的な戦略を軸に、企業間の連携を生み出すためのプロセスである。

 上級経営幹部が特定のEBOプロジェクトのスポンサーを務める一方で、プロジェクトの積極的な管理は、特別なキャリア・ポテンシャルを持つと見なされる中堅レベルのマネージャーに委ねられる。具体的なEBOは、情報技術を活用した医療システムから新興経済国の新しいビジネスモデルまで、幅広い事業分野で開発されてきた。その多くは現在では、それ自体が利益を生む事業部門に成長している。

 IBMの中間管理職コーチをイノベーション推進者として支援する、より新しい全社的なプログラムが「Call for Code Global Initiative(コール・フォー・コード・グローバル・イニシアチブ)」だ。

 2018年に開始されたコール・フォー・コードというプログラムは、外部からの貢献者(スタートアップ企業、学識経験者や学生、企業のパートナー)を募り、IBMの技術リーダーとともに世界的に重要な問題に取り組むオープンソースプロジェクトである。

 2020年にコール・フォー・コードプログラムは、COVID-19のパンデミックと人種的正義の達成という、2つの課題に焦点を当てた。企業レベルでは、IBMはこのプログラムから生まれた最も優れたイノベーション・ソリューションに対して、最高20万ドルの賞金を提供している。

 社内の中間管理職レベルのリーダーは、技術リソース、ツール、情報を外部チームと共有し、社員と強力なイノベーションのアイデアを持つ世界中の人々とのマネージャーとしての役割を果たす。

 このようなプログラムは、IBMの中間管理職が強力なイノベーションのチアリーダーやコーチとして活動するのに役立っている。彼らは現場のイノベーターの成長を加速させ、組織内外のイノベーター同士のつながりを構築し、優れたアイデアの流れを素早く滞りなく維持しているのである。

 そして、イノベーションを実現することがIBMのDNAとして、とりわけ、数えきれないほどの中間管理職コーチの思考と行動に、深く刻み込まれている。そのため、イノベーション実現の習慣は、単なる流行や、新しいCEOが指名されたと同時に終わってしまう短期的な取り組みではない。

 その代わり、IBMの何千ものプロフェッショナルである人々が生涯を通じて、イノベーション実現の遺伝子を企業内の新しい世代に伝えることとなる。彼らは、IBMが今後何年にもわたって、イノベーションの頂点に近い地位を維持する可能性を高める存在である。

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筆者:ベン・M・ベンサウ,軽部 大,山田 仁一郎

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