だから「貧困出身の若者」は米国No.2に駆け上がった…トランプ以上の「過激派」J.D.ヴァンス副大統領の正体

2025年3月24日(月)8時15分 プレジデント社

2025年3月18日、ワシントンDCで開催されたアメリカン・ダイナミズム・サミットで講演するJ.D.ヴァンス米副大統領 - 写真=AFP/時事通信フォト

米ウクライナ首脳会談でゼレンスキー大統領と激しく対峙した米国のJ.D.ヴァンス副大統領とはどのような人物なのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「過激にも見えるヴァンス氏の言動を理解するには、彼の生い立ちから読み解く必要がある。彼のベストセラー著書『ヒルビリー・エレジー』がヒントになるだろう」という——。
写真=AFP/時事通信フォト
2025年3月18日、ワシントンDCで開催されたアメリカン・ダイナミズム・サミットで講演するJ.D.ヴァンス米副大統領 - 写真=AFP/時事通信フォト

■過激発言をくり返す「ミレニアル世代」の副大統領


トランプ米政権のJ.D.ヴァンス副大統領(40)の存在感が高まっている。


2025年2月、ヴァンス氏は副大統領就任後初の外遊としてフランス・ドイツを訪問。ミュンヘン安全保障会議に出席し、「欧州にとって最大の脅威はロシアでも中国でもなく欧州内部だ」「欧州の指導者は言論の自由を抑圧している」などと厳しい批判を展開した。



J・D・ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』(光文社未来ライブラリー)

また、ホワイトハウスで行われた米ウクライナ首脳会談では、メディアの前でウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対し、「一度でも米国に『ありがとう』と言ったことがあるのか?」と激しく迫り、会談は一時緊迫した。


2つの象徴的な出来事の背景には、何があるのか。過激にも見えるヴァンス氏の言動を分析することは、トランプ政権の今後4年間を理解する上で非常に重要だと言える。


まずは全米で300万部を超える大ベストセラーとなったヴァンス氏の著書『ヒルビリー・エレジー(田舎者の哀歌)』から彼の生い立ちと価値観を読み解きたい。


■300万部超の「大ベストセラー」に書かれた現実


ヴァンス氏は1984年、オハイオ州ミドルタウンの労働者階級の家庭に生まれた。2016年に発表した回想録『ヒルビリー・エレジー』には、彼が「ラストベルト地域(錆びた工業地帯)」で生まれ育った経験をもとに、経済的な衰退と社会的な崩壊がどれほど地域住民に影響を与えたかが書かれている。


同書には、次のような記述がある。


驚嘆すべきは、さまざまな世論調査の結果、アメリカで最も厭世的傾向にある社会集団は白人労働者階層だという点である

ヴァンス氏は、白人労働者階級に広がる絶望感と、それがどのように社会不安や薬物依存、犯罪に結びついているのかを詳細に記している。


貧困と低教育水準にとり囲まれた環境から抜け出すのは極めて困難であり、物理的、心理的な障壁は多い。ヴァンス氏自身は、家族や宗教が直面した困難を乗り越える支えになったとしている。ヴァンス氏の祖母は「自分に可能性がないと思ってはいけない」と励まし、それが彼の基盤となった。


■「アメリカンドリーム」を体現する存在だが…


ヴァンス氏にとっての転機は、高校卒業後に海兵隊へ入隊したことだ。海兵隊での経験により自信をとり戻し、潜在能力を開花させた。除隊後はオハイオ州立大学に進学し、優秀な成績で卒業。さらに、名門・イェール大学のロースクールに進み、2013年に法務博士を取得。シリコンバレーでベンチャー投資家としても活躍した。


海兵隊時代のヴァンス氏(2003年)(写真=United States Marine Corps/PD US Marines/Wikimedia Commons

まさに「アメリカンドリーム」を体現するようなヴァンス氏だが、『ヒルビリー・エレジー』には次のように書いている。


人々は、富める者と貧しい者、教育を受けた者と受けていない者、上流階層と労働者階層というように、大きくふたつのグループに分けられる。そして、実際に私たちは、属する集団によって、ますますちがう世界を生きるようになっている。一方の集団からもう一方の集団への文化的移住者である私は、ふたつのグループのちがいにいまでははっきりと気づいている。ときどき私は、エリートたちに軽蔑のまなざしを向ける

労働者階級出身でありながらエリート教育を受けた経歴は、アメリカ社会の両極を知るものとして独自の視点を持つ下地となった。ヴァンス氏の政治思想の根底には、このような「忘れられた庶民の代弁者」という自己認識と、労働者階級を無視してきたエリート層への不信感がある。


■もともとは「反トランプ論者」だった


ヴァンス氏はもともとドナルド・トランプ大統領に批判的な立場で知られていた。2016年の大統領選当時、同氏はトランプ氏を「米国のヒトラー」と呼ぶほどの反トランプ論者であった。


しかしその後、「自分が間違っていた」と態度を翻し、トランプ氏の主張するポピュリズム路線を受け入れて熱心な支持者へと転じた。2022年の上院議員選挙ではトランプ氏の強力な支持を受けてオハイオ州選出の連邦上院議員に当選し、一躍政界に進出した。


上院議員としてワシントンに入って以降は、反エリート志向の強い国粋主義的主張、例えば過度な対外関与や自由貿易への反発など「トランプ路線」を体現する言動で存在感を示してきた。また、ドナルド・トランプ・ジュニア氏とも親しく交友し、トランプ「一家」からお墨つきを得る。その結果、2024年大統領選でトランプ氏が副大統領候補を選ぶ段階で、ヴァンス氏は最有力候補のひとりになった。


「TechCrunch Disrupt SF 2018」で講演をするヴァンス氏(2018年)(写真=TechCrunch/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

■期待された「過激な代弁者」としての役割


最終的にトランプ氏は39歳と若くエネルギッシュな新人、ヴァンス上院議員を副大統領に指名した。背景には、トランプ氏が何よりもヴァンス氏の忠誠心と、みずからの支持基盤(MAGA層)へのより一層のアピールを重視したことがある。


また、トランプ氏はヴァンス氏に「ハードライナー」としての役割を期待したと考えられる。ハードライナーとは、交渉時に一番厳しい発言をする人のことを指す。ヴァンス氏は強硬な発言や姿勢をとることで、トランプ氏が言いにくいことを代わりに言う「代弁者」としての役割を果たした。特に、移民問題や社会的価値観に関してトランプ氏の立場をさらに強調し、過激な発言をくり返すことで彼の支持層の中での存在感を強めた。


ヴァンス氏は、トランプ氏の忠実な支持者であり、労働者階級の代表、新しい世代のリーダーとして、また、強硬な発言をするハードライナーとしても適任だったのだ。


そして、副大統領に選ばれた理由が、まさに冒頭で述べたような欧州やウクライナのゼレンスキー大統領に対する彼の言動に表れている。


2025年2月28日、大統領執務室での会談でウクライナのゼレンスキー大統領と衝突するトランプ米大統領とヴァンス副大統領(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

■「他国の支援より国内に目を向けるべき」という信念


副大統領となったヴァンス氏の外交・安全保障スタンスは、一貫してトランプ氏の掲げる「アメリカ第一主義」に根ざしている。その特徴は、米国が他国の問題に過度に関与することへの強い懐疑心と、自国の利益を最優先する現実主義的姿勢である。


この背景には、『ヒルビリー・エレジー』に書かれているような国内の困窮状況があるにもかかわらず他国の支援などすべきではないというヴァンス氏の信念、そして自己責任を重視し、他者依存からの脱却を求める彼の価値観があると考えられる。


ウクライナ戦争への対応が象徴的だ。それは、前述したゼレンスキー大統領との激しい対立だけではない。ヴァンス氏は上院議員時代からウクライナへの巨額支援に批判的であり、「戦争の終わりが見えず、米国にとって良い方向に進んでいない」として戦略なき支援継続に疑問を呈していた。また、「何もしないで欧州諸国に補助金を出すようなものだ」と述べ、米国が負担を背負い欧州に頼られる現状を批判している。こうした姿勢は「同盟国にももっと責任を負わせるべきだ」という信条に基づく。


■「21世紀の発言とは信じがたい」と困惑する声


また、前述のミュンヘン安全保障会議では、欧州各国の首脳を厳しい言葉で批判すると同時に、NATO加盟国には防衛費の一層の拡大を要求。欧州側の負担増によって米国は東アジア(中国を念頭に置いたインド太平洋)の課題に注力できるとの考えを示した。これは、欧州防衛のコストを欧州自身に再分担させ、米国は中国への対応に戦略資源を振り向けるという大きな方針転換を示唆するものである。


このようなヴァンス氏の主張は、同盟国に自己改革と責任分担を迫る一方で、米国の国益に沿わない国際関与は抑制するという明確なメッセージである。実際、ミュンヘン会議の聴衆はこの米副大統領の容赦ない批判に静まり返り、NATO元大使のイヴォ・ダールダー氏からは「21世紀の米副大統領の発言とは信じがたい」といった困惑の声が上がったほどだ。


一方で、米国内のトランプ支持層はこうした毅然とした物言いを「アメリカの利益を代弁した」として評価している。労働者階級の代弁者を自任し、エリート批判を唱える姿勢、トランプ流の「アメリカ第一主義」を体現した外交姿勢は、過激との批判を招きつつも確実に支持者の心を捉えているのだ。


総合的に見て、J.D.ヴァンス副大統領の登場は米国政界における「保守ポピュリズム」の新たなフェーズを象徴していると言えよう。


第50代米国副大統領として宣誓をするヴァンス氏(写真=米国副大統領府/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons

■ヴァンス氏は「次の大統領」になるのか


最後に、もうひとつ見逃せないのは、ヴァンス氏が「トランプ後」を見据えた次世代リーダーとして台頭している点である。


就任時わずか39歳という若さであった副大統領は、2028年の大統領選挙の有力候補になるとの見方がすでにささやかれている。トランプ大統領自身、再任期中にヴァンス氏を副大統領として実務経験を積ませることで、将来の保守派ポピュリストの後継者として育成する意図があるとも言われる。ヴァンス氏にとっても、トランプ政権での4年間は自身の政治的力量を示し全国区の知名度と評価を確立する絶好の機会である。


ヴァンス氏が2028年を見据える上では、2つの課題が存在する。


第一に挙げられるのは「支持基盤の拡大」だ。現在のヴァンス氏は主に熱心なトランプ支持層に支えられており、これ自体は大統領選における原動力となるが、一般選挙で勝利するには無党派層や中道層へのアピールが欠かせない。副大統領就任当初、懸念された「忠誠心偏重による中間層軽視」という指摘を克服し、より幅広い有権者から信頼を得るためには、挑発的なレトリックだけでなく政策面での具体的成果を示す必要があるだろう。


■2028年への「布石」として重要なもの


例えば、インフレ抑制や雇用創出といった経済面で庶民生活を向上させる実績や不法移民の流入抑止、犯罪減少といった安全面での成果が求められる。ヴァンス氏がこれらを副大統領の立場でどこまで主導できるかは未知数だが、2028年への布石として重要な意味を持つ。


第二に、「トランプ大統領との関係維持」もカギとなる。歴代政権を見ると、しばしば副大統領は次期大統領選の有力候補となる一方、現職大統領との距離感が難しい問題になる。現時点でヴァンス氏はトランプ路線に全面的に忠実であり、政策的な不一致も表面化していないが、トランプ氏はみずからの影響力を保ち続けることに長けた人物であり、ヴァンス氏が将来ひとり立ちする際に、その支持基盤をどこまで引き継げるかは不透明だ。


トランプ大統領の右腕としての4年間で、ヴァンス氏がどこまで実績を残し求心力を高められるか。それが2028年以降の米国政治、そして世界の行方を占う上で極めて重要になることは間違いないだろう。


2024年ニューヨーク市9.11追悼式典に出席したトランプ氏とヴァンス氏(写真=アメリカ合衆国国土安全保障省/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

■米国にとって「リスク」となる可能性も


ただし、ヴァンス氏の「反エリート主義への偏り」「自己責任論の過度な強調」「国際問題に対する孤立主義的アプローチ」といった方針は、米国にとってリスクにもなり得るものだ。


国家のリーダーである以上、本来であれば、さまざまな価値観が違う人たちや集団の調整を図るために壮大なビジョンを提示することが必要だ。しかし、ヴァンス氏には自分たちと異なる価値観の人々を巻き込むつもりはほとんどない。


経営学などの多くの理論や実践において、多様性がある集団のほうがより高いパフォーマンスを発揮できるということが実証的に示されている。こうした中で、自分たちの価値観だけを重視して他を排除するというやり方、つまり「競争の回避」は、長期的に見て米国の国際的競争力を低下させかねないのではないだろうか。


また、発足からの数カ月で、トランプ政権の政策の「ボラティリティ(変動率)」が一段と高くなっているように感じる。例えば、実業家のイーロン・マスク氏が率いる「政府効率化省(DOGE)」のように、成功すれば米国全体に対して大きな価値をもたらす可能性があるが、失敗すれば世界規模の混乱が生じかねない。


トランプ大統領とJ.D.ヴァンス副大統領の政権運営は、メリットとデメリットの両面から注意深く見ていく必要があり、今後も目が離せない状況だ。


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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=プレジデントオンライン編集部)

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