だから社員が経営者以上に「会社の利益」を考える…"平均年収2000万円"キーエンスの「スゴい報酬戦略」

2024年3月28日(木)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/10255185_880

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高利益と高給与を実現する組織は何をしているか。平均年収2000万円といわれるキーエンス出身のコンサルタントである田尻望さんは「キーエンスは、営業利益の一定割合を、一定期間ごとに全社員へ給与として分配する『全社業績連動型報酬』を導入している。これにより、社長や上司からの指示やノルマではなく、場合によっては経営者よりも社員のほうが、『組織全体が生み出す付加価値を最大化しよう』という強い気持ちを持ち、常に最大の付加価値を創出し続ける仕組みとなっている」という——。

※本稿は、田尻望『高賃金化』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。


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■「最小の人と資本」で、「最大の付加価値」を生み出す


高利益化と高給与化を同時実現するために、キーエンスが最も大切にしている次の考え方を、念頭においておく必要があります。


「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」


ここでいう「付加価値」とは、「お客様の感動」であり、お客様の感動=「利益」すなわち「お金」です。


まず大前提として、もしあなたが「大事なのはお金(利益)じゃない」「お金を儲けること=悪である」と思っているとしたら(たとえ潜在的にでも)、その考え方から脱却し、「より多くの価値をつくり、お金(=利益と給与)を得ることは善である」という考え方に切り替えることが大切です。


ここで、「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」とはどういうことか、具体的な数字で考えてみましょう。


資本(原価)と売上の差分から、粗利益が生まれます。このとき、最小の資本と人で最大の付加価値を生み出すと、利益が最大化します。「付加価値=利益」なのです。


たとえば、売上が「5億円」で「1億円」の利益を出している会社と、売上が「3億円」で、同じく「1億円」の利益を出している会社、どちらがいい会社でしょうか?


売上だけを見ると前者のほうがいいと思うかもしれませんが、「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」という考え方のもとでは、後者のほうがいい会社になるのです。後者のほうが、「同じ利益(付加価値)を生み出すためにかかった資本(工場・設備・材料など)と人(人の命の時間)が少ない」からです。


これは銀行からはあまり良い評価を受けなかったようですが、最近ではこの考え方を理解してくれる銀行も増えているようです。


この「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」という考え方を最も重要な経営理念にするとすれば、「仕入れ値」はとても厳しく管理する必要があります。


たとえば、原材料や部品などを仕入れる際には「必ず相見積もりをとる」ということや、特定の1社のみから仕入れるということをしないということです。


常に複数社から同じものを仕入れられる体制にし、「この原材料・部品を100万円で仕入れるのか、90万円で仕入れるのか」などと、慎重に吟味・検討して冷静に判断するのです。もちろんこれは、仕入れが滞り、商品を製造できず、お客様への価値提供が止まらないようにするという面でも重要です。


■いかに少ない資本と時間で「最大のお客様の喜び」をつくれるか


また、商品の販売価格(売値)設定をするときは、「この商品の仕入れ値はいくらだから、これくらい上乗せしてこの売値にしよう」という発想ではなく、「この商品を買ったお客様は、これくらい喜んでくれるはずだから、この売値にしよう」と考えていくことも重要です。


付加価値ベースの価格設定、これを考えることが有効なのです。原価はさておき、「この商品が持つ価値を、いくらでお客様は買いたいというだろうか?」という発想です。


最大の付加価値を生むためには、いかに少ない資本と時間で「最大のお客様の喜び」「最大限お客様に役立つこと」をつくれるかが鍵となります。それが結果として「最大の利益」となります。


そして、その利益の分配方法を先に決めておけば、会社に残るお金と、社員に給与として出せるお金の額が順番に、自動的に決まっていきます。最大の付加価値を生み出せば、最大の利益と最大の給与を自動的に生み出せるのです。


この流れ、構造をつくれたら、お客様は付加価値を得てwin、会社も利益を得てwin、そして社員も高給与を得られてwin、という「win‒win‒winの状態」が成立するのです。


■「社員の価値」を最大化すれば、経営者の予想を超えた成果が生まれる


ここまでの説明で、「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」という考え方における、「最小の資本」で、という部分については理解できたと思います。


では、もう一つの要素「人」についてはどのように考えればいいのでしょうか。


「付加価値を生み出すために投入している時間」を今よりも短くすれば、1人1時間あたりの付加価値生産量が高まり、会社としてはその付加価値に対して高給与を払う余裕が生まれる。


これが、なぜ「最小の人で、最大の付加価値を上げる」ことで、給与が上がるのか? という問いに対する回答です。社員のみなさんが給与を上げたければ、常にこのことを頭において仕事ができるのです。


では、経営者は「最小の人で、最大の付加価値を上げる」という課題に対して、どのような姿勢で取り組めばいいのでしょうか。


答えはシンプルです。それは、「社員が生み出す価値」「社員自身の価値」の最大化を第一に考えるのです。


すべての社員が「1人1時間あたりの付加価値創造額」を最大化してくれれば、会社の利益も社員の給与も上がります。したがって経営者は常に、「どうすれば社員の価値最大化ができるか」を考え続けていくことに集中できるのです。


ここで重要なのが、一人でも多くの社員が「経営者が期待する以上の価値(成果)を出してくれる状態」になることです。


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■「社員が発想したものは、だいたい役に立たない」理由


社員に対して「うちの社員たちは、われわれの予想以上に成果を出してくれる」という期待をもって会社の運営ができればどうなるでしょうか? 社長や幹部たちが予想する、「どんなに頑張っても、これくらいの成果しか出せないだろうな」と考えるレベルを、多くの社員が超えてくるのです。


これは営業の売上だけでなく、新商品企画においても同様です。


「社員から出てくるアイデアや新商品企画は、これくらいのレベルだろうな」と考えるラインを超えて、「すごい! こんな企画があるのか」「こんな発想もあるんだ」という画期的なアイデアや企画がどんどん生まれてくるのです。


多くの経営者は、「社員の意見や発想を大切にしたい」「社員からの提案やアイデアを、どんどん取り入れていきたい」と口では言っても、本音の部分では「社員たちに自由に考えさせても、なかなか新しいものは生まれない」「社員が発想したものは、だいたい役に立たない」と思っています。


厳しい状況かと思いますが、この期待を超える仕組みにできている会社は少ないと思います。


実際に多くの会社では、経営者や経営企画の人間が考え、生み出した価値のほうが高く、社員は経営者らを上回る価値、期待以上の価値を生み出せていません。


それは当然です。多くの会社では、まず経営者らが新たな市場をつくり出し、そこに人を投入していく形で事業展開します。社員に「社長の予測・期待よりも高い価値を生み出せ」と言っても、じっくりマーケットを見すえて、考え続けた経営者を超えることなどできていないのです。


■社員が「絶対やりとげる」という意欲をもてるか


しかし、キーエンスでは「この市場でそんなことができるのか」「お客様は、こんな付加価値を求めていたのか!」というアイデアや企画が次々と出てきていました。「最小の人で、最大の付加価値を上げる」ためには、社員が経営者の予測・期待を上回る成果を出し続けることが重要なのです。


では、なぜキーエンスではそんなことが実現できているのでしょうか?


その秘密の大きな要因のひとつに「報酬戦略」があると考えられます。


報酬制度、評価制度を活用することによって、社長や上司からの指示やノルマではなく、社員たちが自ら進んで高い目標を掲げる仕組みをつくることは可能なのです。そして、上層部が「まあ、これくらいの成果は出してくれるだろう」と思った成果・業績よりも、さらに高い成果・業績が出てくることもあるのです。


社長や上司が、「そんな高い目標を掲げて、本当に達成できるのか?」と思っていても、社員は「絶対やりとげる!(なぜなら自分のためだから)」という意欲があり、本当に達成してしまう、そのような流れを組み上げることは可能なのです。


写真=iStock.com/SunnyVMD
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こういう流れ、仕組みができると、場合によっては経営者よりも社員のほうが、「組織全体が生み出す付加価値を最大化しよう」という強い気持ちを持つようになります。キーエンスはそうした構造をつくることで、常に最大の付加価値を創出し続けているのだと思います。


■社員の価値最大化を実現するキーエンスの報酬戦略


ここからは、「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」ための、「報酬戦略」とはどのようなものか? その制度や仕組みについて具体的に見ていくことにします。優れた報酬戦略の考え方を学び、それをヒントにあなたの会社でも新たな報酬・評価制度を構築すれば、きっと「社員の価値最大化」を実現できるはずです。


本書で紹介する報酬戦略には、主要な柱となる次の3つの報酬・評価制度があります。


・全社業績連動型報酬
・クラス別評価制度
・相対評価

この3つ、全社業績連動型報酬×クラス別評価制度×相対評価という仕組みが歯車のようにかみ合って回転することで、どこよりも最大の付加価値を生み出し、高利益化、高給与化を実現していくのです。


まず「全社業績連動型報酬」から、その具体的内容を説明していくことにします。


キーエンスでは、営業利益の一定割合を、一定期間ごとに全社員へ給与として分配しています。たとえば営業利益が500億円出たら、その10%、つまり50億円を全社員へ分配するのです。これが全社業績連動型報酬の基本的な仕組みです。


※キーエンスの公開されている平均給与と業績から逆算するとおおよそ10%程度になるのではないかと想定しています。


写真=iStock.com/Andrii Yalanskyi
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■インセンティブ制度は成功ノウハウがたまりにくい


この話をすると、よく「キーエンスさんでは、インセンティブ制度を導入しているんですね」と言われますが、これはインセンティブ制度ではありません。


インセンティブ制度というのは、個人の仕事の成果に対して報酬を与える制度です。保険会社やM&A会社などの業種で多く導入されており、たとえば「営業のAさんが1億円の利益を上げたとき、10%の1000万円をインセンティブとしてAさんに支給する」というものです。


全社業績連動型報酬の制度では、個人の業績ではなく、全社や部署・チームの業績が上がれば、それに連動して全体の給与(給与+賞与)も上がるというシステムなので、インセンティブ制度とは根本的に異なります。


また、個人が上げた利益をその人に分配するインセンティブは、社員のモチベーション向上には貢献しますが、逆に個人が自分が上げた成果のノウハウを隠してしまうため、会社に「利益向上のノウハウ」がたまらないという弊害があります。


多くの場合、利益を上げられたのは、個人の力によるものであって、ほかのメンバーのおかげでもなければ、組織に組み込まれた優れた仕組みによるものでもありません。また、自分一人が頑張って大きな利益を上げたとき、その成功のノウハウを、社内のほかの人にも教えるでしょうか? よほどいい人でなければそんなことはしないでしょう。


そのため、保険会社などインセンティブ制度を導入している会社では、月に1億円稼ぐ人もいれば、500万円も稼げない人もいるという状態になるのです。


もちろんインセンティブ制度が悪いというわけではありません。新たに会社を立ち上げて、「よし、一気に業績を伸ばしていこう」「会社側が細かい指示をしなくても、自分の頭で考えて頑張って欲しい」という状態のときに、この制度は有効です。しかし残念ながら、前述したように、組織に「成功のノウハウ」がたまりにくいのです。


■全体の利益の10%をみんなで山分けする


全社業績連動型報酬は、個人プレーではなくチームプレーを基本とし、個人責任ではなく連帯責任という考え方が基本となります。みんなで成果を出せば、みんなの給与も上がり、みんなで頑張っても成果が出なければ、みんなの給与も下がるのです。つまり全社業績連動型報酬は、「チームで戦うことに対しての報酬」なのです。


たとえばあなたが月1億円の利益を上げている営業だとします。あなたの会社にいるほかの営業メンバー10人は、一人500万円の利益しか上げていません。あなたとほかのメンバー合わせて、部署全体の月間利益は1億5000万円です。


もし会社が全社業績連動型報酬の制度を導入している場合、そのままでは、あなた一人だけが頑張っていても、あなたの給与もメンバーの給与も上がりません。


そこで、あなたは1億円の利益を上げる仕事のやり方を、社内のほかのメンバーにも教えてあげる必要があります。その結果ほかのメンバーも、一人1億円とまではいかなくても、一人5000万円の利益を出せるようになると、あなたが出している1億円の利益に加えて5億円の利益が出て、会社全体の利益が6億円となります。


ここで全体の利益の10%をみんなで山分けする場合、全体のパイが1億5000万円の場合と6億円の場合では、どちらのほうが給与が高くなるのかと考えると、当然後者のほうです。


■さぼることが許されない全社業績連動型報酬


ここで注目すべきポイントは、ほかの人に利益を上げる仕事のやり方を「構造化し、横展開する」ということです。成功の秘訣(ひけつ)を教えることで組織全体の利益が増え、みんなの給与が増え、会社としても利益向上のノウハウがたまります。


このような仕組みにすることで、「頑張っている人がもっと成果を出せるよう、サポートしてあげよう」「成果が出ない人がいたら、助けてあげよう」、そして「全体でプールされる分を増やしていこう」という社員のモチベーションが喚起されていきます。社員が自分のことだけを考えるのではなく、社員同士がお互いに手を取り合って助け合うようになるのです。


写真=iStock.com/chachamal
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反対に、もし周りに手を抜いて仕事をしている人がいたら、その人に対して不満や怒りが湧いてくるかもしれません。「彼が利益を上げないせいで、自分たちの給与が上がらないじゃないか」「彼はあまり頑張っていないのに、なぜ彼にもあんなに報酬が与えられるのか?」と思うのです。


たとえば戦場で一人だけ士気の低い兵隊がいたら、部隊全体が巻き添えになって、仲間が命を落としてしまうかもしれず、場合によっては部隊が全滅してしまうかもしれません。


部隊の兵たちは、「もっと命がけで頑張ってくれよ!」と思うでしょう。このように、互いに助け合うという働きが生まれ、反対に「さぼることが許されない」という状態になるのが、全社業績連動型報酬の特徴なのです。


■離職率を下げるには「報酬の分配タイミング」を早めよ!


キーエンスの全社業績連動型報酬には、さらに、他社とは異なる特徴がありました。それは、「全社利益の社員への分配タイミングが早い」という点です。



田尻望『高賃金化』(クロスメディア・パブリッシング)

多くの上場企業で導入されている「従業員持株制度」も全社業績連動型報酬の一種です。社員は持株会に加入していれば、拠出額に応じた割合で配当金などを受け取れます。


しかし持株制度の場合、どれくらいの金額が手元に戻ってくるのかがわかりませんし、多くの場合すぐには利益を得られません。一方、全社業績連動型報酬では、どれだけの利益を享受できるのかが事前にわかり、しかも数カ月という短期間で報酬を得ることができます。


人は、「長期的なビジョンや目標が大事」とはわかっていても、「短期的な報酬」のほうが明確で頑張りやすい傾向があります。人間も、ずっと先に大金をもらうよりも、額は少なくても、すぐにお金をもらうほうを望みます。


もしみなさんの会社が全社業績連動型報酬の制度を導入するなら、全社利益の社員への分配タイミングをできるだけ早める仕組みを構築していくことも重要なのです。


また同社では、毎月の給与にも全社利益が振り分けられていました。そのため、毎月のように給与額が変動しました。社員たち(私も含め)は支給額が上がれば「よし、もっと稼ごう!」と思い、もし少しでも前の月より下がれば「来月はもっと頑張らなければ」という気持ちになったのです。


これがもし「全社利益の給与への反映は1年後です」などと言われていたら、自分の頑張りが報酬反映されるのが遠く、途中でモチベーションは下がり、へたをしたら、そんな報酬制度があったことなど忘れてしまう人も出てくるかもしれません。


全社業績連動型報酬は、支給できるタイミングをできるだけ早めに調整して、小分けに支給することによって、社員の仕事に対するモチベーションが維持できます。


と同時に、社員の離職率を下げるという効果もあります。この制度を導入する場合は、ぜひ報酬の分配方法に気をつけて制度設計を行ってみてください。


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田尻 望(たじり・のぞむ)
戦略コンサルタント
株式会社キーエンスにてコンサルティングエンジニアとして、技術支援、重要顧客を担当。大手システム会社の業務システム構築支援をはじめ、年30社に及ぶシステム制作サポートを手掛けた経験が、「最小の人の命の時間と資本で、最大の付加価値を生み出す」という経営哲学、世界初のイノベーションを生む商品企画、ニーズの裏のニーズ®までを突き詰めるコンサルティングセールス、構造に特化した高収益化コンサルティングの基礎となっている。その後、企業向け研修会社の立ち上げに参画し、独立。年商10億円〜4000億円規模の経営戦略コンサルティングなどを行い、月1億円、年10億円超の利益改善などを達成した企業を次々と輩出。企業が社会変化に適応し、中長期発展するための仕組みを提供している。著書に『構造が成果を創る』(中央経済社)、『キーエンス思考×ChatGPT時代の付加価値仕事術』(日経BP)、発刊10万部を突破した『付加価値のつくりかた』(かんき出版)がある。
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(戦略コンサルタント 田尻 望)

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