ふるさと納税で奨学金の支給を…イェール大名誉教授「日本で寄付を拡大すべき経済学的理由とは」

2024年3月29日(金)9時15分 プレジデント社

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■寄付が日本の教育を自由にする理由


新型コロナウイルスの猛威は収まりつつあっても、航空機内の密室ではウイルスとまともに出合いそうなのが怖くて、私は帰国を控えている。だからこそ、ときおり、日本からのビデオ通話を見るのが楽しみだ。


先日は、東京大学経済学部の同窓会「経友会」の企画で、「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン(UWC ISAK)」創立者で同学部同窓生の小林りんさんの講演を聴いた。


小林さんは、国連職員としてフィリピンに駐在した経験があり、そこで富裕層に有利な税制、選挙のたびに買収される貧困層を目の当たりにし、「貧困層の教育水準向上こそが、選挙を通じて国家の変革を導いていく」という考えを根底から揺さぶられたという。リーダーシップ教育の必要性を痛感し、閉鎖的な日本の教育を打ち破る高校の設立を決意する。生徒を世界各国から集め、多様性を尊重し、互いの長所を伸ばすことを目指す「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(現UWC ISAK)」を、2014年に長野県軽井沢町に開校した。


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彼女はあまり詳しく語らなかったが、古い考えから抜け出せない教育政策担当者や、県の私立校の設立委員会の人々を説得するのは大変だっただろう。日本の正当な教育機関として同校が認められるまでに、08年の創立から実に6年が経過していた。生徒の学力の目標としては、国際的に認められた高等教育プログラムである国際バカロレアを採用している。生徒たちはプログラムを通じて高い学業成績を目指し、卒業後にはイェール大学、プリンストン大学など世界的に有名な大学に進学している。


生徒に国際的で充実した教育を提供するためには、優れた施設、宿舎、教師が不可欠で、高コストは避けられない。そうしたコストを授業料に転嫁すると、高校が富裕層や特権階級のための教育機関になってしまう。すると、アジアの発展途上国を含む多様な背景を持つ生徒を募集できない。そこで小林さんは、財界や社会一般からの寄付を募り、教育機会の平等を実現しようとした。


小林さんは、4年で約100人の協力者から約10億円の資金を集めたという。現在、UWC ISAKの一人あたりの学費と寮費は、合わせると年間500万円を超えるが、軽井沢町のふるさと納税などで寄付を集め、約7割の生徒に奨学金を給付している。


■政府に依存するとなぜ不平等が残るのか


前回の連載(24年3月15日号)で日本人の助け合いの文化は、まだ成長の余地があると述べた。ひとつの理由には、社会の不平等を解消するための努力、すなわち「分配の均等化」の役割が、政府の政策にばかり任せられていることがあるだろう。


例えば、地方交付税を考えてみよう。経済的に豊かな地域から徴収した税金を、財政的に厳しい地域へ政府が再配分する制度だ。たしかに、地域間の格差を埋めることには意味があるが、どうしても税金を振り分ける総務省の権限が強くなってしまう。そして、経済的に厳しい地域の議員や首長の力量が、国からどれだけ交付金を取ってこられるかで判断されるようになる。つまり、政府による資金の再配分だけに依存している現状では、地域の経済力を根本から上げることができず、未解決の不平等が残る可能性があるのだ。


この問題に対処する手段のひとつとして「ふるさと納税」がある。ふるさと納税は、人々が好きな地域に寄付をする制度で、寄付した人には税金が還付されたり、感謝の品をもらえたりする特典がある。地方交付税ではなしえなかったが、ふるさと納税は財政資金の流れに寄付した人の意思を反映することを部分的に可能にしている。個人の意思を反映できるこうした制度が当然になれば、日本人の助け合いの文化はより広まっていくだろう。UWC ISAKはその実例といえるだろう。


■多様性を認めるだけではいけない


かつて娘が通った、ハーバード大学の隣にある幼稚園の入園式で、院長はこう言った。「一人一人の子どもはそれぞれ違った個性を持っています。これが教育の基本です」。


皆を一律で教育し、偏差値という尺度で評価し、社会に同化する能力を強調する日本と全く異なる教育観だ。ようやく日本でも、さまざまな背景を持つ人々の特性を活かす重要性が認められつつある。


写真=iStock.com/SDI Productions
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一方で、多様性をただ強調することには、わたくしは抵抗がある。たしかに、異なる視点を持つ人々が集まり議論することで、新しいアイデアは生まれやすい。しかし、それだけに留まっていてはもったいない。ただ単に、他者が自分と異なると認めるだけでなく、その差異を理解し、自分の得意分野を伸ばす中で、私たちは一人でも、社会全体でも成長していく。だからこそ、個性を伸ばすのは非常に重要なことなのだ。


UWC ISAKの創立案でも「得意なところを磨く」ことが謳われている。


■得意を伸ばす教育が日本の未来を変える


小林さんがダイバーシティを重視した教育に重きを置いているのは、高校時代にカナダに留学したことによる。日本の有名高校に在学中、ほかの科目はいい成績だったのにもかかわらず、数学の点数が悪かったため、「受験に備えて不得意科目の対策をしなさい」と言われたことへの疑問が、留学のきっかけだった。


私の場合、体操が全くダメで、母が「自分はバレーボールの得意なお転婆だったのに」と嘆いていたほどだった。転校先でのあだ名が「ニブタさん」で、跳び箱から転落したこともある。大学入学時の体力測定の結果が極端に低かったため、皆が体育の授業で野球やテニスを楽しんでいるときに、体力増強の特別クラスに入れられてボディービルの初歩のようなことを毎週やらされた。しかし私は、数学はむしろ進んだ内容を理解できる「アドバンスド・ラーナー(できすぎる子ども)」だった。


プラグマティズム(現実哲学:行動や実用性を重視する)の影響の強いアメリカでは、学習を単なる知識の蓄積ではなく、経験を通じての能動的な探求とみなし、学びの過程で得られる実践的なスキルや思考方法を重要視する。したがって、子どもの才能や得意なことをうまく褒めて伸ばそうとする。


すると、鼻持ちならない子どもが育つのではないかと言う人がいるかもしれない。しかしアメリカを見ていると、村一番の天才も、高い水準の競争に参加することで、他にも優れた者がいることを学んでいく。


情報技術のような新興分野では、世界水準より日本は遅れているといわれる。技術の進歩には、単に人口を増やすだけではなく、才能と能力のある人材の育成が不可欠だ。深い知識や特定の技能に強い関心を持つ、いわゆる「オタク」のような人たちを育てることが、技術革新と社会の進歩には重要であろう。これら学習者が、将来、日本の技術を世界水準に引き上げる鍵となるのだ。


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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012〜20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。
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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 構成=渡辺一朗)

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