だから任天堂は日本人のために「Switch 2」を2万円安くした…「外国人転売ヤーの撲滅」だけではない本当の理由
2025年4月9日(水)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/luza studios
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■初代の1.5倍の価格でも「安い」の声
2025年、ついに発表された任天堂の次世代ゲーム機「Nintendo Switch2」。注目の価格は、日本語版が4万9980円(税込)、そして多言語対応版はより高い価格設定(6万9980円)となっており、国や地域によって価格が異なる「二重価格」が採用されています。
初代Switchが2017年に3万2378円(税込)で発売されたことを考えると、Switch2はおよそ1.5倍の価格。かなり強気な値付けとも思えるこの価格設定に、発表直後はSNSやメディアも騒然……かと思いきや、意外にも「高すぎる!」という声はあまり見かけませんでした。
むしろ、「このスペックで5万円なら安い」「円安の中、国内価格を抑えてくれてありがたい」といった、ポジティブな声が目立ちました。
この背景には、日本語版だけ価格が抑えられているという事実や、海外価格(多言語版)が基準となって割安に見えるアンカリング効果も影響していると考えられます。
そんな話題沸騰中のSwitch2のプライシングですが、もちろん単なる「コスト増の反映」ではありません。よく見ると、任天堂らしい緻密な戦略が詰まっているのです。
本稿では、Switch2の価格設定に隠された複数の狙いを読み解きながら、プライシングの奥深さ・面白さを一緒に考察していきます。
■二重価格は任天堂にとっておいしい
今回のSwitch2で注目すべきポイントのひとつが、「日本語版」と「多言語版」で価格が異なる、いわゆる二重価格の採用です。一見すると「同じ製品なのに価格が違うなんて、不公平じゃないの?」と感じられるかもしれませんが、価格戦略の観点から見ると、これはとても合理的で、理にかなった選択です。
価格を一律にしてしまうと、「高くても払う人」からは本来得られるはずの利益を取り逃がすことになり、「この価格じゃ買えない……」という人にはそもそも販売できない(数量の機会損失)ということが起こります。
一方で、二重価格をうまく使えば、
・高く払える層には高く売ることで、利益を最大化
・価格に敏感な層には低価格で販売し、販売数量を最大化
という、収益の総取りが可能になるのです。
しかしながら、この二重価格という手法、消費者に“印象の悪さ”を与えやすいという側面もあります。「自分が損しているのでは?」という感情を持たせてしまうと、いくら理屈が正しくても支持されにくいのが現実。だからこそ、多くの企業はこの手法を“知っていてもあえて使わない”ことが多いのです。
■転売ヤーへの宣戦布告
しかし、今回任天堂はそこを巧妙に設計しました。「日本語版」と「多言語対応版」という言語仕様の違いを基準に価格を分けることで、見た目上は「仕様の違い」であり、買い手に「損をしている」と思わせにくいという、絶妙なバランスを実現しているのです。
さらに、この戦略は為替リスクの回避や転売対策としても、非常に効果的な意味を持っています。
過去のSwitch(初代モデル)では、発売直後に品薄状態となり、店頭や正規ルートではすぐに完売してしまいました。その結果、流通市場では価格が高騰し、プレミア価格での取引が発生。これに目をつけた海外の業者や個人が、日本国内でSwitchを大量に買い占め、それを海外で高値で転売するという現象が起こりました。
このような“転売ヤー”による流通の乱れは、消費者の不満を招くだけでなく、本来任天堂が得られるべき利益が第三者に流れてしまうという大きな問題でもあります。今回のSwitch2では、それを見越して多言語対応版の価格を高めに設定することで、海外ユーザーには正規ルートを通じて高価格で販売し、転売のうまみを減らす設計にしていると考えられます。
また、円安が続くなか、すべての地域で一律の価格を設定してしまうと、為替変動の影響で実質的な収益が不安定になります。日本国内向けは日本語版として価格を抑えつつ、海外向けにはより高い価格で提供することで、地域ごとの購買力や通貨状況に応じた柔軟な価格調整が可能になります。これは、任天堂がグローバル市場で収益を安定的に確保するための現実的かつ戦略的な選択といえるでしょう。
画像=任天堂プレスリリースより
■5万円の強気価格は今後「値下げ」の可能性も
Switch2の価格を見て、「最初から5万円近い値付けは強気すぎるのでは?」と思った方も多いかもしれません。しかしこの価格設定は、単なるコスト反映や利益追求ではなく、「スキミング・プライシング」と呼ばれる価格戦略が背景にある可能性があります。
スキミング・プライシングとは、製品やサービスの発売初期にあえて高い価格を設定することで、まずは価格に敏感でない“熱心なファン”や“新しいもの好き”に販売し、時間の経過とともに段階的に価格を下げていく手法です。この戦略の目的は、最初にプレミアム価格を受け入れてくれる層から最大限の収益を確保し、その後価格を下げることでより広範な層にリーチするという、収益と普及のバランスをとることにあります。
今回のSwitch2にも、このスキミング戦略の意図が窺えます。
というのも、もし最初から安価に販売してしまうと、既存のSwitchユーザー、特に初代SwitchやSwitch 有機ELモデルを最近購入したばかりの人たちが、「え、もう古いの?」と感じてしまい、任天堂ブランドへの信頼感や満足感を損なうリスクがあります。
逆に、新しい製品を高価格で登場させることで、「これは“次世代のハイエンド機”なんだ」「スペックが大きく向上した、別格の製品なんだ」という印象を与えやすくなります。
つまり、最初に高価格で“特別感”を演出しつつ、時間とともに価格を下げていくことで、既存ユーザーの満足度を保ちつつ、新しいユーザー層への普及を狙う——そんな段階的な世代移行を意図した設計である可能性が高いのです。
■「製品ラインを増やす」のは任天堂の得意技
ただし、任天堂が今後価格を調整する際に、単にSwitch2の販売価格を下げるだけでなく、機能を絞った廉価モデルを投入するという手段をとる可能性もあります。これは、任天堂がこれまで何度も活用してきた戦略でもあります。
たとえば、2004年に発売されたニンテンドーDSは、その後に
・DS Lite(2006年)で軽量化・小型化
・DSi(2008年)でカメラ機能などを追加
・DSi LL(2009年)では画面を大きくして新たな層を取り込む
といったように、ハードのバリエーションを増やしながら、価格帯やユーザー層を段階的に拡張していきました。また、初代Switchにおいても、2019年には携帯モード専用のNintendo Switch Liteが登場し、通常版よりも約1万円安い価格で販売されました。これは「フル機能を求めないが、ゲーム体験はしたい」という層に向けて、設計された廉価モデルでした。
こうした事例からもわかるように、任天堂は価格を下げる際に“同じ製品を安くする”のではなく、“製品ラインを増やす”ことで価格をコントロールするのが得意です。Switch2においても、同様に将来的にはLite的な位置づけの廉価モデルが登場し、より多くのユーザーにアプローチしていく可能性は十分に考えられます。
写真=iStock.com/Wachiwit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit
■1億台の巨大資産を守りながら攻める戦略
前のパートでは、Switch2の価格設定をスキミング戦略の一環として捉えましたが、実はそれ以上に、初代Switchとの棲み分けを意識した“上位モデル”としての位置づけという見方もできるかもしれません。
というのも、Switchは2025年時点でも非常に好調な売れ行きを見せており、全世界で累計1億台を超える巨大なユーザーベースを持っています。このような規模のプラットフォームは、任天堂にとって単なるハードの販売以上の価値を持っており、特に近年ではサブスクリプション型のサービスやダウンロード販売による継続収益が大きな柱となっています。
こうした背景を踏まえると、任天堂としては無理に新型機への一斉移行を促すよりも、初代Switchのエコシステムをしばらく維持しながら、徐々に世代交代を進める方が、収益面でも、運営面でも合理的な判断と言えるでしょう。
■「初代と同じ価格」はリスクのほうが大きい
仮にSwitch2が初代Switchと同じ、もしくはそれ以下の価格で発売されたとしたらどうでしょうか?
多くのユーザーが一斉に新型機へと流れ込み、結果として
・既存機(Switch1)の需要が急激に冷え込む
・サードパーティのソフト開発が分断・混乱する
・任天堂自身の供給体制にも負担がかかる
といった、プラットフォーム全体の混乱が起きかねません。
任天堂はこうしたリスクを避けるため、Switch2をあえて高価格で登場させることで、既存ユーザーの満足度を損なわず、新製品を“上位モデル”として位置づけ、徐々に市場の移行を促すという、段階的な世代交代の戦略を描いている可能性があります。
Switch2は、決して“全員に買い替えてもらう”ための製品ではなく、まずはスペックや体験にこだわるユーザー向けの「プレミアムモデル」として展開し、その後、状況を見ながらより広い層へと徐々に広げていく。そうした慎重かつ戦略的なアプローチが、この価格設定には込められているのかもしれません。
写真=iStock.com/Trygve Finkelsen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Trygve Finkelsen
■任天堂は“本体をバラまく時代”を終えた
Switch2の価格が高めに設定されている背景には、任天堂自身のビジネスモデルの変化も大きく関係していそうです。かつてのゲームビジネスといえば、「ハード(本体)は赤字でもいいから、できるだけ多く普及させて、ソフトで稼ぐ」というのが主流でした。いわゆる「普及台数=勝敗を分ける指標」とされていた時代です。しかし、2017年にSwitchが登場して以降、任天堂はその収益構造を大きく進化させました。
Switchでは、ダウンロード販売比率の増加に加え、
・Nintendo Switch Online(サブスクリプション)
・追加パックやDLC(ダウンロードコンテンツ)
・クラウドセーブ・特典などのデジタル価値提供
といった、継続的な収益源が確立されました。さらに、ダウンロードソフトはパッケージに比べて流通コストが抑えられ、利益率も高くなっています。
■強気でも通用する収益構造をすでに築いている
その結果、今や任天堂は「本体をできるだけ多く普及させなければ利益が出ない」わけではなくなっています。むしろ、「適正価格で売れる本体を出し、そこから継続的に収益を生み出す」という方向へ、ビジネスモデルが完全にシフトしているのです。
この新しいビジネスモデルの下では、本体価格を無理に安く設定してシェアを一気に取りに行く必要が薄れていると言えます。本体を高めに売っても、それを購入してくれるユーザーが一定数いれば、そこからのサブスクやDL販売で着実に利益が積み上がっていく。それならば、収益性の低い価格設定で大量販売を狙うよりも、価格を保ちつつ、長期的に収益を伸ばすほうが、リスクも少なく、持続的な経営に適しているわけです。
Switch2の価格設定を見て「任天堂、強気すぎない?」と思うかもしれませんが、それは裏を返せば、強気でも通用する収益構造をすでに築いているという証拠でもあるのです。
Switch2の「4万9980円」は、単なる高価格ではありません。為替・転売・既存ユーザーとの関係・収益モデルの進化。あらゆる要素を踏まえた、任天堂らしい緻密な価格戦略の結果です。価格は、企業のメッセージであり、戦略そのもの。今回のSwitch2を通して、プライシングの奥深さと面白さを、改めて感じてもらえたのではないでしょうか。
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高橋 嘉尋(たかはし・よしひろ)
プライシングスタジオ代表取締役CEO
2019年、慶應義塾大学総合政策学部在学中に「価格1%の見直しが、企業の営業利益を約20%改善させる」ということを知り、その影響力に魅力を感じ、同社を設立。30以上の業界、100以上のサービスの値付けを支援している。著書に『値決めの教科書 勘と経験に頼らないプライシングの新常識』(日経BP)
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(プライシングスタジオ代表取締役CEO 高橋 嘉尋)