エルメスがキノコを使ったバッグを発表、ラグジュアリー業界の新たな生産モデルとは?

2024年4月8日(月)4時0分 JBpress

 コロナ禍で深刻なダメージを受けたのはラグジュアリー業界も例外ではない。しかし、伝統とイノベーションを結束することで復活し、LVMHをはじめとする大手ラグジュアリーグループは、コロナ前の2019年を上回る回復力を発揮した。本連載では、『世界のラグジュアリーブランドはいま何をしているのか?』(イヴ・アナニア、イザベル・ミュスニク、フィリップ・ゲヨシェ著/鈴木智子監訳/名取祥子訳/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。ラグジュアリーブランドのキーパーソン35人の証言やマネジメントに関する優良な経験値を通じ、先が見えない時代の予測と危機への対応のヒントを探る。

 第3回目は、持続可能な発展のためにラグジュアリーブランドが重視する生産モデルと、成否のカギを握る素材と製造法について解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 コロナ禍が、米・欧・中のラグジュアリー業界にもたらした変化とは?
■第2回 1000万人がヴィトンの動画を視聴、ラグジュアリー業界で進むデジタル化とは?
■第3回 エルメスがキノコを使ったバッグを発表、ラグジュアリー業界の新たな生産モデルとは? (本稿)
■第4回 LVMHはなぜ危機に強く、「業界リーダー」であり続けられるのか?
■第5回 ターゲットはデジタルネイティブ世代、DNVBのビジネスモデルとは?(4月22日公開)
■第6回 グッチ、ラルフ・ローレンが参入、ラグジュアリー業界は、なぜメタバースに注目するのか(5月13日公開)

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新しい生産モデル

 ラグジュアリー業界が持続可能な発展を長期的に続けられるかどうかは、新しい生産モデルの導入にかかっている。伝統的なものであれ、工業的なものであれ、そのカギを握るのが素材と製造法だ。

■ラグジュアリー品を支える新素材

●パッケージ

 ラグジュアリー業界にとってパッケージはラグジュアリー品の購買体験の一部を担う重要な要素である。だからこそラグジュアリーブランドは、一つ一つのパッケージのディテールにこだわり続けてきた。それは、時計ブランドが用意している宝石箱顔負けの美しさの時計ケース一つをとっても明らかだろう。しかし、今日では新たな側面に着目する必要がある。

 ラグジュアリー業界には、断固とした姿勢で素材のイノベーションに臨むことが求められている。米NGOの「アズ・ユー・ソウ(As You Sow)」が行った調査によると、1950年から2015年までに埋め立てゴミとして処理されたプラスチックの量は、なんと63億トンにものぼっている。しかし、毎年廃棄される膨大な量のプラスチックを効果的に再加工する方法はまだ存在しない。ということは、プラスチックの使用を禁止する以外の解決策はないのだ。

 ただし、この方法には大きな経済的利害が伴う。プラスチック製のパッケージは石油化学業界の主要な収入源なのである。だからこそ、ここは思い切った措置が求められる。たとえば2021年にカナダ政府は、「環境と生物多様性に即時的または長期的に有害な影響を及ぼす」としてプラスチック製品を有毒物質リストに加え、脱プラスチックの模範を示した。

 プラスチックの代替素材には、さまざまなものがある。木材チップから製造された溶解パルプは衛生用品に最適だし、藻類を原料としたバイオプラスチックはプラスチック製のレジ袋の代わりになる。植物の種入りのオーガニックなパッケージは、製品を使い終わった後に種を土に植えれば緑化運動に貢献する。

 高級シャンパンの分野では、ルイナールが「セカンドスキン」という100%リサイクル可能な紙のギフトパッケージで革新に打って出た。1772年創業の老舗シャンパーニュメゾンのヴーヴ・クリコも、フランスのレインウェアブランドの「ケーウェイ(KWAY)」とタッグを組んでカラフルな保冷ジャケットを発売した。この保冷ジャケットには、ケーウェイのトレードマークとして知られる防水性の高いファスナーが使用されており、再利用することでサステナビリティが実践できる画期的な取り組みである。

●テキスタイルと革

 近年の研究により、顔料生成にバクテリアを用いる「バクテリア染色」という染色手法によって一部の化学薬品の使用が抑えられることが証明されている。

■サステナブルレザーの実現に向けて

 ラグジュアリー業界は、革の使用について不当な批判にさらされ続けてきた。たとえば牛革は、食肉加工過程の「副産物」である。動物は、革目的で処理されるわけではないのだ。そのうえ、ラグジュアリーブランドが定める厳しい品質基準をクリアするには、動物は誕生からその命を終えるまで、大切に扱われなければならない。

 実際、ファッションブランドやレザーグッズを扱うブランドは、さまざまな専門機関と協力しながら動物の苦しみを削減しようとしている。その一つが、ミンクやキツネなどを飼育する欧州の毛皮工場のアニマルウェルフェア(動物福祉)への取り組みをチェックするプログラム、「ウェルファー(WelFur)」である。

 また、スポーツウェアの分野では、「マイセリウム」というキノコの菌糸体からつくられた代替レザー素材が使用されている。デザイナーのステラ・マッカートニーは米バイオテクノロジー企業のボルトスレッズと連携し、サステナブルな素材を使ったアパレルラインを開発した。これはきわめて大胆な決断といえる。マッカートニーのブランドは創設当初からコレクションにおける動物の皮革と毛皮の使用を禁止し、リサイクルポリエステルや代替ファー素材などを使用してきた。グッチは、革に代わるサステナブルな新素材として開発された「デメトラ」を開発した。デメトラは、植物由来の原料から製造される100%ヴィーガンな素材である。

 エルメスは、2021-22年秋冬向けの展示会でキノコの菌糸体を使ったバッグ「ヴィクトリア」を発表した。キノコの菌糸体で実験を行ったH&Mは、紡いだ菌糸体が服地になることを証明している。菌糸体の他にも、藻類でコーティングしたテキスタイルという選択肢もある。なんとこのテキスタイルは藻類と同じように光合成を行うため、大気中のCO₂を吸収して酸素を放出するのだ。さらにデザイナーのフィリップ・リムは、2022年春夏コレクションとして藻類からつくられたライトグリーンのスパンコールのドレスを発表した。この素材は防水性にも優れているため、レインコートなどにも適している。

 イッセイ ミヤケは、2010年から再生PETを原料とするポリエステル繊維を使った洋服づくりに取り組んでいる。これによって、素材をゼロからつくるのと比べて80%のCO₂排出量を削減した。

 原料の皮を素材の革にするための「なめし」という工程も環境負荷が大きい。この問題に取り組むため、ラグジュアリーブランドの多くは、「レザーワーキンググループ(LWG)」という世界的な環境保護団体が定める認証制度に参加している。2005年に設立されたLWGは、皮革製造業者を対象とした監査プロトコルを確立し、環境保護と両立可能な物理的・化学的手法の導入の促進をめざしている。なめしの工程に用いられる重金属系の薬品クロムの使用もいずれは禁止されなければならない。2018年にLVMHは、傘下メゾンの革の48%がLWGの認証制度を獲得したなめし工場から調達されたものであると発表した。

 生物圏への影響の削減は、ファッションとラグジュアリー業界が取り組むべき重要な課題である。素材の再利用は、これを解決するためのカギでもある。上記のようにサーキュラリティ(循環性)の実現を掲げた意義ある取り組みは多いが、今後はさらに踏み込んだ取り組みが必要になるだろう。これは、ラグジュアリー品全体の未来につながる唯一の道でもある。ジュエリー業界では、石や貴金属の再利用は決して珍しいことではない。ファッション業界でも貴重なテキスタイル、毛皮、革、そしてプラスチックの再利用がようやく広がりつつある。多くのデザイナーがサステナビリティという道を歩み始めている。

<連載ラインアップ>
■第1回 コロナ禍が、米・欧・中のラグジュアリー業界にもたらした変化とは?
■第2回 1000万人がヴィトンの動画を視聴、ラグジュアリー業界で進むデジタル化とは?
■第3回 エルメスがキノコを使ったバッグを発表、ラグジュアリー業界の新たな生産モデルとは? (本稿)
■第4回 LVMHはなぜ危機に強く、「業界リーダー」であり続けられるのか?
■第5回 ターゲットはデジタルネイティブ世代、DNVBのビジネスモデルとは?(4月22日公開)
■第6回 グッチ、ラルフ・ローレンが参入、ラグジュアリー業界は、なぜメタバースに注目するのか(5月13日公開)

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筆者:イヴ・アナニア,イザベル・ミュスニク,フィリップ・ゲヨシェ

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