「日米同盟」を根本的に見直すタイミングが来た…「トランプ関税」が示した日本再興のために本当に必要なこと
2025年4月15日(火)7時16分 プレジデント社
2025年2月7日、ワシントンのホワイトハウスで会談後、記者会見するドナルド・トランプ米大統領と石破茂首相 - 写真提供=Gripas Yuri/ABACA/共同通信イメージズ
写真提供=Gripas Yuri/ABACA/共同通信イメージズ
2025年2月7日、ワシントンのホワイトハウスで会談後、記者会見するドナルド・トランプ米大統領と石破茂首相 - 写真提供=Gripas Yuri/ABACA/共同通信イメージズ
■「相互関税」時代の日米関係とは
(前編から続く)
ここまで見てきたように、「相互関税」時代の日米関係において、日本政府は防戦一方の交渉に終始するのではなく、米国にとって戦略的に意味のある“能動的提案”を行う必要がある。
そして、筆者はその最有力分野が「造船業」だと考える。なぜなら、日米の造船業は、それぞれが抱える課題とポテンシャルにおいて驚くほど補完的だからである。
日本は技術力、品質、部品供給、人材訓練において圧倒的な強みを持つ一方、米国は国家的戦略意志、資金、制度変更力、安全保障需要という巨大な推進エンジンを持っている。この両者が本格的に連携すれば、単なる企業間提携を超えた「構造的な日米造船同盟」を築くことが可能となる。
では、どのような形でこの連携を設計すべきか。以下に具体的な提案を記す。
まず制度面では、「日米共同原産地制度」の整備がカギとなる。バイ・アメリカン法(BAA)と日本の防衛装備移転三原則という、両国それぞれの制度的壁を接続するためのガイドライン、共同認定制度を設計し、日米共同建造による船舶を“例外的に自国調達とみなす”スキームを制度化すべきである。
■日本=「設計・中核部品」、米国=「艤装・組み立て」
次に製造モデルにおいては、設計・中核部品の供給=日本、艤装・組み立て=米国という「分業建造モデル」がもっとも現実的かつ有効である。日本側は高精度な構造部材、エンジン、AI管制システムなどを供給し、米国側はそれを自国内で最終艤装・塗装・性能試験まで行い、国内調達要件を満たすことができる。
拠点については、米国のフィリー造船所やマリネット造船所、日本の今治、長崎、横浜などを中心に、「二大拠点ネットワーク」を構築する。このネットワークは、日米が相互に“構造を運ぶ物流と建造の基地”をシェアする形となり、商船、官公庁船、軍需船においても柔軟な応答能力を持つ体制を生む。
また人材育成については、日米混成の「造船アカデミー」の設立が必要である。ここでは技能訓練のみならず、制度設計、調達、戦略交渉までを含む“海洋産業の人材共育拠点”として機能させる。とくに日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS)制度のもとで、日本における米艦船の修理・保守を本格化させる制度運用が並行して必要となる。
このように見ていくと、日米の造船連携は単なる国際協力ではない。それは秩序をつくるという構造行為であり、同盟を制度と構造で支える“構造的同盟戦略”そのものである。この提案を日本が先んじて行うことこそ、トランプ政権との交渉においてもっとも説得力を持つ“貢献”であり、同時に“提案力のある同盟国”としての新たな日本の姿を示すものである。
■5ファクターによる「日米統合モデル」の理想形
これまでの分析を踏まえると、日米両国が造船業において戦略的に連携する意義は明白である。それは単なる経済提携やサプライチェーン補完を超え、通商、軍事、制度、人材の各層を統合した「同盟型産業構造の実装」にほかならない。ここでは、筆者が提唱する分析フレーム「5ファクターメソッド(道・天・地・将・法)」を用い、日米造船統合モデルの理想形を提案したい。
筆者作成 Copyright © Michiaki Tanaka All rights reserved.
道:ミッション、理念
日米が造船において共有すべき理念は、「海洋秩序を同盟で守り、その秩序を運ぶ船をともに造る」というものである。日本が培ってきた高度な設計力・品質力と、米国が担う国家戦略・安全保障力を結合することで、造船は軍事、外交、通商の複合軸を支える国家構造の核となる。造船は「製造業」から「秩序創出産業」へと進化する。その価値を、両国が同時に認識する必要がある。
■「共建・共納・共規格」の体制を実現する
天:時流・政策環境
現在の世界は、「脱炭素化の潮流」「通商対立の加速」「安全保障の多極化」という三重の時流が交差している。日本はGX(グリーントランスフォーメーション)対応船の先行技術を持ち、米国は関税、通貨、制度誘導という強力な政策レバレッジを持つ。
トランプ大統領は反気候変動・反脱炭素なので、交渉上は表現を工夫してトランプ氏を刺激しないようにする必要があるが、両国の制度支援を組み合わせれば、スマート造船、共同補修、合同調達などを含む政策統合が実現可能となる。日米の産業政策をリンクさせる“制度の接合点”こそが、造船業における同盟強化の中枢となる。
地:構造、サプライチェーン、立地
製造構造において、日米は極めて補完的である。日本は今治、長崎、横浜などに、設計、エンジン、AI管制、モジュール製造に特化した技術供給拠点を持つ。一方、米国にはフィリー、インガルスなど大規模艤装ドックや広大な造船スペースが存在し、組み立て、納入、現地雇用が可能だ。両国で設計・中核部品=日本、艤装・組み立て=米国という分業体制を築けば、「共建・共納・共規格」の体制が実現する。これは二国間にとどまらず、ASEAN、豪州、欧州との三国連携にも展開可能なモデルである。
■同盟構造そのものの「再構築」
将:人材、司令塔
構想を実行に移すには、戦略と現場を横断できる「ハイブリッド司令塔」の設計が必要である。日米合同で「造船アカデミー」を設立し、技能者、経営人材、制度人材をともに育成する。とくに、米国が制度と資金を出し、日本が人材と技術を出すことで、技能移転と制度調和を並行的に進める枠組みが生まれる。日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS)などを活用し、既存の補修、修理、供給枠を拡大していくことが中核になる。
法:制度、ルール
バイ・アメリカン法(BAA)と防衛装備移転三原則という日米両国の法制度の“壁”を、“橋”に変えることができれば、構造的な同盟の実装は現実のものとなる。具体的には、「共同原産地制度」「合同調達制度」「共同規格認証制度」などを設計し、制度そのものを連携の土台に変換していく必要がある。これにより、軍民両用技術、合同補修、国際共同建造が可能となる“制度共創型の造船インフラ”が完成する。
以上5つのファクターに基づいて日米の造船統合モデルを描けば、それは単なる経済連携ではなく、「同盟構造そのものの再構築」である。日本が持つ“つくる力”と、アメリカが持つ“守る力”を、船という国家構造に変換していくこと——そこに21世紀の日米同盟の新たな意義がある。
■必要なのは「提案する同盟国」としての自覚と構想力
いま私たちが直面しているのは、単なる関税や通貨政策の問題ではない。それは、「国家とは何か」「同盟とは何か」という根源的な問いである。
トランプ政権が掲げる相互関税とドル安誘導の背後には、「自国でつくる力を取り戻す」という明確な国家再建の意志がある。関税、通貨、財政、そして軍事。これらを同時に連動させ、戦略産業を再構築するというトランプ政権の大戦略に対し、日本はどう応答すべきか——その問いに正面から向き合うときが来ている。
筆者作成 Copyright © Michiaki Tanaka All rights reserved.
日本はこれまで、貿易交渉の場面で「守ること」に徹してきた。しかし、いま必要なのは“提案する同盟国”としての自覚と構想力である。米国が本気で造船業を復活させようとしているこのタイミングで、日本がパートナーに名乗りを上げることには、計り知れない戦略的意味がある。同じく米国と同盟関係にある韓国も造船業に強みを持っており、機先を制する必要があるだろう。
■トランプ大統領の「方針転換」の背景
トランプ大統領は9日午後、同日発動したばかりの相互関税の上乗せ部分について、一部の国・地域に90日間の一時停止を許可すると発表した。この方針転換の背景には、米国債急落・米金利急上昇という米国への信任の揺らぎがあったと指摘されている。第二の保有国である中国が「地政学上の盾」である米国債を売却したのではないかとの懸念が拡大したことも見逃せない。
一方で、中国が米国債を本格的に売却すれば、市場価格が下落、残りの保有債券の価値も下がる。みずからの売却で自分の資産価値を棄損する自爆的結果となる。さらに国家の金融資産を政治的に動かす国だと認識されれば、他国の政府・投資家も中国リスクを回避し、中国への投資や人民元建て資産を敬遠する動きが広がる。中国は米国債を金融的報復のカードとして温存しているが、大量売却は自国にも大きな損失を招く諸刃の剣である。
したがって実際の行動は慎重にしつつ、観測を意図的に流すことで「売るぞ」と市場に圧力をかける外交戦略が最もあり得るシナリオだろう。中国側はカードとしてちらつかせるだけでも交渉上影響力を行使し得るのが現況と分析される。
■「提案する同盟国」が財源も提案する
そんななかで、日本は米国債最大の保有国であり、本来であれば大きな交渉力を米国に対して持っていてもおかしくない状況にある。日本が米国債を1兆ドル以上保有する「最大の対米債権国」であるという立場を外交カードとして活用し、トランプ大統領の関税政策に対して交渉を仕掛ける場合、敵対ではなく「協調的な提案型の交渉カード」として活用する戦略が有効だろう。
2月7日、石破首相はワシントンでトランプ米大統領と首脳会談を行い、続いて日米首脳ワーキングランチに出席(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
例えば、日本が保有する米国債の一部を、米国内造船業インフラ投資に充当される“インフラ債”や“地方債”への投資に切り替える等の提案を行うのだ。
表向きは米国経済への“長期安定的支援”であり、実質は関税緩和・政治的ディール材料。より具体的には、米国政府が発行する米国インフラ復興債(仮称)のような新型債券と既存債転換との組み合わせに、日本の公的および民間資金が参加。または、州政府・市政府の地方債を「日米協調枠組み」のもとで購入。米国が求める「インフラ再建・雇用創出」を目的とするインフラ債・PFI債(官民連携債券)・地方債などに戦略的にリバランス投資することを、「善意と実利を両立したパートナー提案」として打ち出す。
対立を“共同投資”に転換する次世代型通商交渉を財源問題にも適用していくわけだ。
■「船をつくる国家」が秩序をつくる
造船業は、単なるモノづくりではない。それは海洋秩序、国際物流、安全保障、同盟関係、すべてを支える“構造のインフラ”である。中国がそれを理解し、国策として30年かけて海洋覇権を築いてきたのに対し、米国はその力を失いかけている。
だからこそ、日本の“つくる力”が今、求められている。ここで日本が掲げるべきは、技術を提供するという単純な支援ではなく、「ともに秩序をつくる」という産業的提案である。それが、設計=日本、組み立て=米国という戦略的分業体制の提案であり、制度、人材、調達、補修を含めた“造船同盟”の提案である。
そして、この提案を実行することは、同時に日本自身の産業戦略を再構築することにもつながる。造船業は今後、エネルギー、安全保障、気候、通商という複数の戦略軸の交差点に位置することになる。そこにおいて日本は、みずからの技術と制度を土台に、国際的な「構造外交」の担い手として再び立ち上がるべきなのだ。
写真=iStock.com/sigemin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sigemin
「船をつくる国家は、秩序をつくる国家である」
それが、いま筆者が提案したい未来の同盟像である。そして、この提案こそが、日本が相互関税時代を越え、世界秩序の再構築に参加するための“最も力強い対話の入り口”となるはずである。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)