「俺は自由だ」ワルの愛車ハーレーダビッドソンは、ユーザーの自己肯定感をどう高め、新旧ファンを虜にするのか
2025年4月9日(水)4時0分 JBpress
SNSの普及で人々の承認欲求が肥大化する中、「他者よりも優れた自分を演出したい」という欲望が、今や消費行動の大きな源泉になった。「モノ」や「コト」の枠を超え、どうすれば優越感に浸れる「マウンティングエクスペリエンス(MX)」を提供できるのか。『「マウント消費」の経済学』(勝木健太著/小学館)から内容の一部を抜粋・再編集し、実例を挙げながら「マウント消費」のメカニズムに迫る。
オートバイの老舗ブランド・ハーレーダビッドソンと、古着をリメイクした「再構築デニム」が話題のメゾンマルジェラは、独自の世界観によって、どのようにMXを実現しているのか。
Harley-Davidson:単なる「移動手段」を超え、「自由を象徴するライフスタイル」としての地位を築き上げたオートバイメーカー
ハーレーダビッドソンといえば、多くの人がまず思い浮かべるのは、自由、冒険、そして反骨のスピリットだろう。
一方で、ハーレーのオーナーではない人々の中には、「結局、数あるバイクのうちの一つに過ぎないのでは?」と冷静に見る向きもあるかもしれない。しかし、ハーレーの魅力は、こうした単純な機能性の議論を軽々と凌駕している。移動手段というカテゴリーの遥か上を行く圧倒的なブランド力こそが、ハーレーダビッドソンの真髄である。
その象徴的なフォルムは、見る者を圧倒する存在感を放つ。武骨でワイルド、そして男らしさを感じさせるシルエットは、まるで「俺は自由だ」と無言で語りかけてくるようだ。そして忘れてはならないのが、「ドッドッドッ」という唯一無二のエンジン音。
一般的なバイクの軽快な「トトトト」とは異なる重低音のリズムは、音だけで「ハーレー」とわからせる力を持つ。その響きは胸の奥深くにまで到達し、少年たちが思わず「お、ハーレーだ!」と振り返るのも自然なこと。この音とデザインが生み出す圧倒的な存在感によって、ハーレーは単なるバイクではなく、「生きたアイコン」として地位を確立している。
ハーレーの魅力は、フォルムや音にとどまらない。そのブランドイメージには、かつての反抗的なギャング文化の影が色濃く漂う。悪名高いアウトローたちの愛車として知られた歴史は、今やその象徴の一部となっている。
しかし現代では、この「ワル」の雰囲気が安全にファッションとして楽しめるという魅力を生み出している。レザージャケットを羽織り、ハーレーにまたがれば、日々のデスクワークに追われるビジネスマンでさえ、自由と反骨を体現するヒーローへと早変わりする。その瞬間、彼らは日常では得られないアイデンティティを手に入れ、ハーレーが提供する独自の世界観に浸るのだ。
近年では、この無骨さにスポーティーさを融合させたスタイリッシュなモデルも登場している。これによって、従来の「荒々しい男の乗り物」という固定観念を打ち破り、より幅広い嗜好(しこう)やスタイルに応える柔軟なブランドへと進化を遂げつつある。
クラシックなワイルド感を愛する従来のファンから洗練されたデザインを求める新世代まで、多様な層を魅了している。この普遍的な魅力と一貫したブランドの力こそが、比類のない存在たらしめている最大の理由である。
この自己肯定感をさらに強固なものにしているのが、「H.O.G.(Harley Owners Group)」と呼ばれるオーナーコミュニティの存在だ。ハーレーを愛するファンたちが集うこのグループでは、ツーリングイベントやミーティングを通じて交流を深めている。
愛車の自慢話に花を咲かせ、ツーリングの思い出を共有する時間は他では得られないエモーショナルな一体感を生む。「コミュニティの一員」としてのオンリーワンの体験をもたらすのである。この共有感がハーレーの魅力をさらに高め、オーナー同士の絆をより一層深めているのだ。
さらに、他のブランドとの違いとして挙げられるのが、「最初から改造車のように見える完成車」を提供している点だ。これによって、改造に馴染みのない新規ファン層にも訴求しつつ、従来のカスタム愛好者にも受け入れられる絶妙なバランスを実現している。“俺だけのバイク”を簡単に手に入れることができるこの戦略は、常に新しいファン層を取り込むための主要な原動力となっている。
こうした一連の取り組みによって、ハーレーダビッドソンは「移動手段」を超越した「自由を象徴する体験」としての地位を確立することに成功した。
その中核には、ただの高性能バイクではなく、「ハーレーに乗る自分」という自己像を提供するMXが存在する。どの道を走るにせよ、その背後には常に「俺は自由だ」という揺るぎない哲学が存在する。ハーレーを手にするということは、単なるバイクの所有ではなく、人生そのものを所有する行為なのである。
Maison Margiela:古着のリメイクにとどまらず、「選ばれた者だけが理解できる特別なアイテム」としての地位を確立したハイブランド
メゾンマルジェラの再構築デニムは、流行の「サステナビリティ」に便乗した一過性の取り組みではない。その本質は、古着のデニムを一度解体し、別の形へと再生させるという徹底したプロセスにある。
この過程で元のブランドタグやパッチをあえて取り去り、そこに「無名の純粋な美」を宿らせる。このアプローチは、過去への敬意を込めた「再生」という哲学そのものであり、従来の消費社会に対する鋭いアンチテーゼでもある。古い素材に新鮮な命を吹き込むこの試みは、エコロジーとファッションを高度に融合させ、マルジェラをサステナブルムーブメントの最前線へと押し上げている。
しかし、再構築デニムが真にユニークなのは、環境意識以上にその美しさにある。再構築の手法によって生み出されたシルエットは、穿(は)く者の脚を引き締め、スタイル全体を劇的に変化させる。その完成度は衣服というより、まさに芸術と呼ぶにふさわしい。
SNSでは「マルジェラの再構築デニム最高だから見て」といった投稿が数多く見られるが、その裏には「私のセンスの良さを見てほしい」という巧妙な自己表現が隠されている。この「再構築マウント」とも言えるさりげない優越感が、ファッション愛好者を惹きつけ、マルジェラのデニムを特異なアイテムへと変容させている。
さらに、他のハイブランドが手掛ける「ダメージ加工デニム」との違いも際立っている。多くのブランドが新品のデニムを人工的に傷つけ、「ヴィンテージ風」の外観を演出する中、マルジェラは実際に使い込まれた古着を丹念に解体し、その素材が持つ風合いや歴史を最大限に活かして再構築する。
このプロセスは、他の加工技術とは異なる、素材に刻まれた時間の痕跡(こんせき)を尊重しながら新しい価値を吹き込む試みである。洋服そのものへの深いリスペクトが込められたこのアプローチは、エコロジーと美学を高度に融合させ、マルジェラの再構築デニムを他とは一味も二味も違う存在へと引き上げている。
このデニムは、ファッションの既成概念そのものにも果敢に挑戦している。「新品こそが美しい」とされてきた常識を覆し、古い素材を違う形に生まれ変わらせることで、「再生された美」という価値観を提示しているのだ。この革新的なアプローチは、ファッションアイテムの枠に収まらない、現代社会におけるサステナビリティの象徴として、多くのファッション愛好者の共感を呼び起こし、絶大な支持を集め続けている。
こうした背景を持つマルジェラの再構築デニムは、「選ばれた者だけが知るアイテム」として異彩を放っている。このプレミアム感こそが、MXの真髄であり、マルジェラがファッション界で揺るぎない地位を築き続ける最大の要因でもある。この商品を手にすることは、「これこそが本物の再構築だ」という価値観を静かに証明するという行為そのものなのだ。
その所有がもたらすのは、「自分は本物を知る人間だ」という特権的な優越感である。このような感覚は、周囲へのそれとないアピールを可能にし、ファッションの最前線を生きる者だけが得られる体験を提供する。数多くのファッション愛好者を虜(とりこ)にし続けているのは、この「知る人ぞ知る特別感」こそである。
<連載ラインアップ>
■第1回 なぜロレックスでなくアップルウォッチを選び、インスタで“匂わせる”のか?「マウント回避」と「特別感」の正体
■第2回一度乗ると価値観が変わる? 高級車同士の「優越感争い」を超えたテスラの「環境マウンティング」とは
■第3回「俺は自由だ」ワルの愛車ハーレーダビッドソンは、ユーザーの自己肯定感をどう高め、新旧ファンを虜にするのか(本稿)
■第4回他の同窓会とは一味違う「慶應三田会」 圧倒的な結束力と社会に張り巡らされたネットワークが持つ影響力とは?
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筆者:勝木 健太